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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第十三章 ハッピー・エンド♪
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ブランコの真実



金曜日に中間テストが始まり、その翌日の土曜日、再び笹本先輩の家でお勉強会。


前回の約束どおり徒歩で迎えに来てくれた先輩と、のんびりと並んで歩く。

手をつなぐのは、地元すぎて、先輩が恥ずかしがって無理。

でも、二人で並んで歩いてて、しかもお互いの家から家へっていうことだけで、みんなに分かっちゃうと思うけど。


今日の先輩は紺のポロシャツにブルージーンズとスニーカー。

ラフな普段着に真面目っぽい黒いフレームのメガネが不思議に似合ってる。


・・・もしかすると。

あたしは、どのメガネをかけた先輩も好きなのかも。

だって、似合わないって思ったことがないもの。


あたしは、七分丈の細身のパンツに、細かい花柄のワンピース。持っている中で、数少ない女の子らしい服。

今日は先輩のお母さんがいらっしゃるそうだから。



少し緊張しながら先輩の家に上がる。

先輩に案内されながら、前回、お勉強をしたリビングへ。

ガラスのはまったドアを開けると・・・Tシャツとジャージ姿で髪を無造作に束ねた女の人が、テレビの画面に合わせて運動中?


「母さん! 着替えといてって言ったのに!」


先輩が大きな声で慌ててる。


「あら、彰? もう戻って来たの?」


首にかけたタオルで汗を拭きながら、先輩のお母さんが振り返る。


・・・若い!

うちのママと同じくらいの年のはずだよね?!

体型もそうだけど、お化粧をほとんどしてないみたいなのに、ママより全然・・・。


「いらっしゃい。ごめんなさい、こんな格好で。」


「あ、あの、初めまして。藤野茜です。この間はお昼をご馳走に・・・。」


「え? 藤野茜ちゃん?」


お母さんは驚いた顔で、じっとあたしの顔を見る。


「え? あ、はい。」


先輩、あたしの名前は教えていなかったんだ。


「もしかして、藤野青くんの妹さん?」


「はい。」


何秒かの沈黙のあと、お母さんがいきなり満面の笑顔で走り寄って来た。

そして、あたしの腕に手をかけて。


「まあ〜〜〜〜っ!! 久しぶりねえ! こんなに大きくなって!」


え?

初対面ではないのでしょうか?


笹本先輩を見ると、先輩もまったく状況を理解できていない様子。


「やだもう、彰ったら! 茜ちゃんだなんて!」


なんでしょう?

あたし、何か変なこと・・・?


わけがわからないあたしたち二人の前で、お母さんは一人で大はしゃぎ。


「母さん! 全然意味がわからないけど!」


先輩が怒ったように少し大きな声を出すと、お母さんはようやく笑うのをやめた。


「彰、全然覚えてないの? 子どもの頃のこと。」


お母さんがいたずらっぽく目を輝かせて先輩を見る。


「何を? 中学のときのこと?」


「違うわよ! 幼稚園のときのこと。」


「幼稚園? さあ・・・。」


「ああ、小さかったもんね。あたしもすっかり忘れてたし。」


先輩のお母さんはうなずいて、楽しそうに話を続ける。


「茜ちゃんは、彰の初恋の相手よ!」


えええええぇ?!


先輩とあたしは、言葉もなく、ただ見つめ合うだけだった。




お母さんが着替えてくるあいだ、笹本先輩がダイニングで紅茶を淹れてくれた。

ガラスのティーポットには切ったりんごやオレンジ、レモンなどがたくさん入っていて、赤い紅茶と果物の色がきれい。

ティーポットとお揃いのガラスのカップに注いでもらった紅茶は、少し甘いさわやかな香り。


「さっきはごめんなさいね、あんな格好で。」


うふふ、と笑いながら、着替えから戻って先輩と交代したお母さんは、やっぱり若くて、それにお洒落だった。

どうしてこんなに、うちの母親と違うんだろう?


「彰は本当に覚えてないの?」


シュークリームを渡してくれながら、お母さんが先輩に尋ねる。


「全然。」


「そう。茜ちゃんは・・・覚えてないわよね、3才くらいのことだから。」


「はい。でも・・・。」


お母さんが、 “なあに?” と言うように首をかしげる。


「うちの母が、笹本先輩と兄は同じ幼稚園に通っていたって言っていました。」


「そうよ。」


まるで、雑誌に載っている上品な奥様みたいににっこりと微笑むお母さん。


「幼稚園の送り迎えに、藤野さんはいつも茜ちゃんを連れてきていたのよ。」


そうか!


そうだよね。

だって、小さいあたしを一人で留守番させておくはずがないもの。


「お迎えに行ったお母さんたちがおしゃべりしている間、茜ちゃんはよく青くんと園庭を走りまわっていて、彰はあたしにくっついたまま、それを見ていたの。『一緒に遊んできたら?』って言っても、首を横に振ってばかりで。」


先輩、その頃から恥ずかしがり屋さんだったのか・・・。


「でも、たまに青くんと離れて茜ちゃんが一人でいるときに、ちょっと遊んだりしたこともあったのよ。そういうときは、彰がまあ、甲斐甲斐しくて。その辺に咲いてるお花を摘んであげたり、幼稚園で習った手遊びを教えてあげたり、楽しそうだったわ。」


お母さんは懐かしそうに、ちょっと遠い目をした。


あたしの頭の中には、やさしい光の中で楽しそうに遊んでいる小さい男の子と女の子の風景がほのぼのと浮かぶ。

それが、先輩とあたしが出会ったとき・・・。


「そういえば、母からは、先輩と兄がブランコを取り合っていたという話を聞きました。」


「ああ! ブランコね! そうよ、それも茜ちゃんのためだったのよ。」


あたしのため?


「あたしもね、どうしてそんなに一つのブランコにこだわるのか分からなかったの。いくら訊いても、彰はなかなか理由を話してくれなくて。卒園してから聞いたのよ。あれは、茜ちゃんのブランコだったんだって。」


「あたしの、ですか?」


「そうよ。」


そう言って、楽しそうにちらりと先輩を見る。

つられてあたしも。


先輩は・・・下を向いて、ひたすら紅茶をかき回している。


「一度、茜ちゃんをブランコに乗せてあげたことがあったらしいの。どうやら雨のあとだったみたいで、ほかの3つの足元には水たまりがあったんですって。その一つだけが水たまりができないブランコで、また次もこのブランコで遊ぼうねって約束してあったんですって。」


―― 小さい子の約束。


あたしはすぐに忘れてしまったかもしれない。

でも、先輩は、少なくともしばらくの間は覚えててくれて、しかも、お兄ちゃんと取り合ってまで・・・。


お兄ちゃんは?

・・・きっと、自分が使いたかっただけだね。

でなければ、先輩への嫌がらせか。


「卒園式の日に一緒に写真を撮らせてもらおうと思ったのに、彰が恥ずかしがっちゃって、『いい。』って言って。だから、思い出の写真はないの。」


残念だけど、それもいい。

それも先輩らしいから。


「本当に懐かしいわねえ・・・。二人とも、こんなに大きくなっちゃうなんて・・・。」


お母さんは並んで座る先輩とあたしをしみじみと見て、少しさびしそうにため息をついた。




お勉強のあとに家まで送ってくれながら、先輩は手をつないでくれた。

そのまま、真っ直ぐに前を向いて、やさしい口調で話し出す。


「母さんの話を聞いて、思ったよ。俺は、茜ちゃんに会うたびに、茜ちゃんに惹かれていたんだなあって。」


ハッとして先輩を見たら、あんなに恥ずかしがり屋の先輩が、いつもと同じ穏やかな表情をしている。

それを見たら、胸の中が一杯になった。


「たぶん、あたしもです。」


静かに言ったら、先輩が微笑みかけてくれた。


「もしかしたら、生まれたときから決まっていたのかも。」


「先輩・・・、けっこうロマンティストですね。」


「えっ? そ、そう?」


あれれ?


どうやら触れちゃいけない部分だったらしい。

急に真っ赤になってしまった先輩が、つないでいた手を離そうとする。

その先輩の手を、大急ぎで握りなおして。


「次も大丈夫っていう保証がないから、絶対に離しません!」


あたしが笑いながら言うと、先輩は少し傷ついたような顔であたしの顔を見つめて・・・くすくすと笑い出した。


「よろしく頼むよ。」


「はい!」


先輩とあたし、小さいころの思い出は残っていなかったけれど、これからたくさんの思い出を作ろう。







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