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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第十三章 ハッピー・エンド♪
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Fight! (5)



「断られるんじゃないかと覚悟してたんだよ。」


うちのリビングのソファに、笹本先輩と並んで座ってる。隣り合った手をつないで。

笹本先輩の頬はまだ赤くて、あたしとはあんまり目を合わせられない。


「図書室であんなことしちゃったし、さっきの早瀬くんの話も聞いて。でも、」


先輩がテーブルの上のグラスを見る。


「茜ちゃんがコーヒーじゃなくて、りんごジュースを出してくれたから、なんとか勇気を出して・・・。」


あたしは思わず微笑んだ。

りんごジュースは先輩とあたしの思い出の品だから。

部の買い物で電機屋さんに行ったとき、店員さんに夫婦と間違えられてうろたえていた先輩は、落ち着いてもらおうとあたしが差し出したコーヒーとりんごジュースを見て、りんごジュースを取ったのだ。


「本当はね、日曜日に言おうと思ってたんだよ。だけど、なかなか言い出せなくて。そのうちに、言わなくても分かってくれてるんじゃないかって、都合よく考えちゃって、そのまま・・・。」


日曜日・・・。

あの日はあたしも舞い上がってて、同じような感じだったな・・・。


「それで、近藤くんが現れても、変な自信持っちゃって、あんな・・・。」


「健ちゃんに見せつけるような態度を取ったわけですね。」


ちょっと咎める口調で言うと、先輩はまた下を向いて、小さく「うん。」と答えた。



まったくもう、子どもだな。

その挑発に乗る健ちゃんも。



「あの、早瀬くんとは・・・?」


先輩、そんなに早瀬のことが気になるの?

なんだか、自分がやきもちを妬かれる側になるなんて・・・ちょっとくすぐったい気分!


「早瀬が仲がいいのはお兄ちゃんです。」


「え? じゃあ、きのうは・・・。」


「お兄ちゃんのところに来てたんです。」


「今日は?」


「招待されたのは吉野先輩で、そこにお兄ちゃんとあたしが一緒にくっついて。」


「なんだー! てっきり、茜ちゃん一人で行ったのかと思った!」


あ、そうか。

あたしが一人で帰って来たから。


でも、嬉しいなー。こんなふうに心配されるなんて。


笹本先輩はほうっと安心したようにため息をついて、ソファに寄りかかった。

ようやく戻った先輩の笑顔を見たら、いたずら心が湧いてきた。もうちょっとだけ、困らせてやりたい。


「先輩。訊いてもいいですか?」


「なに?」


「いつからかなー、と思って。」


「え?」


「あのう・・・、いつからあたしのこと?」


先輩がまた真っ赤になる。


「えっ? あ・・・、ええと、知りたいの?」


「はい!」


先輩はあたしから目をそらして・・・っていうか、向こうを向いてしまった。

でも、手は離さずに。


「・・・一週間、くらい・・・かな。」


小さい声。


「一週間? 一週間前、ですか?」


「いや、あの、そうじゃなくて、茜ちゃんが、その、入部してから・・・・・。」


入部してからから一週間?!

それって・・・、え?!


「そんなに前から・・・ですか?」


びっくり。

それじゃあ、最初から今まで、先輩の態度が変わらないのは当然・・・なの?

あれって、あたしには特別だったってこと?


「だって。」


先輩がこっちに向き直る。

まだ赤いけど、真剣な顔で。


「茜ちゃんが天文部に来たとき、びっくりしたよ。ちょうどその日に、藤野にぴいちゃんのことを・・・俺の妹みたいなものだから、よろしくって話したばっかりで。そうしたら、茜ちゃんが来て。まるで、送り出した妹のかわりに、藤野の妹が来たみたいな気がして・・・。」


あら、そんなタイミングだったんだ・・・。


「一目見て、すぐにわかったよ。2年前よりずっと女の子らしくて綺麗になっていたけど。」


綺麗?

あたしが?


「中学生のころのことを一気に思い出して・・・。茜ちゃんと直接話したことはほとんどなかったけど・・・。」


「そうですよね? あたし、名前で呼ばれた記憶もないんです。」


「あの・・・呼んだこと、なかったから。」


「え?」


「前に話した・・・その、茜ちゃんに泣いてすがりつかれちゃったとき・・・、」


ああ、それも覚えてなくてすみません・・・。


「あのときから、心の中では『茜ちゃん』って呼んでいたんだよ。かわいくて、守ってあげたくて。口には出せなかったけど。中学を卒業してからは、もう会うことはないと思って忘れていたのに、茜ちゃんを見た途端に自然に口に・・・。」


なんだか・・・感動してしまった。

あたしのことをそんなふうに思ってくれてた人がいたなんて。


先輩は話し始めたら勇気が出たらしい。

そのまま次々と話してくれる。


「天文部にすぐに馴染んで楽しそうにしている茜ちゃんを見ているのは、僕も楽しかったよ。天文部の活動中も、まーちゃんや窪田さんと雑談しているときも、笑ったり、驚いたり、いつも表情豊かで。」


そんなに見られてた・・・?

吉野先輩ではなく、あたしが?


「茜ちゃんに近付きたくていろいろ試してみても、茜ちゃんは全然こっちを向いてくれなくて。」


あ。

アイスのお誘いとか、名刺とか・・・のことかな?


「それなのに、ぴいちゃんと俺のことは気になるみたいな態度で・・・。」


あらら。

『守る会』のあたしたちの行動が、結果的に先輩をじらす効果があったわけか。


「そんなふうに見えましたか?」


「見えたよ!」


わ!


「ぴいちゃんと俺のことを誤解してしてるのは間違いないと思ってた。で、もしかしたら、やきもちを妬いてくれてるのかもしれない、なんて思ったりしたから。」


「それは・・・だいたい正解です。」


先輩はあたしの顔を見て微笑んだ。


「希望を持ってもいいのかもしれないって思っても、茜ちゃんは一定以上は近付いて来なくて、諦めた方がいいんじゃないかと何度も考えたよ。茜ちゃんの態度一つで、嬉しかったり、落ち込んだりして。」


ふふふ。

なんだか嬉しい。

こんなに想ってくれてたなんて。


「たとえば、どんなときですか?」


知りたい! 教えて!


「え? あの・・・たとえば・・・プラネタリウムに行った日・・・。」


うんうん。


「勇気を出して手をつないだとき、茜ちゃんの態度が・・・その、ちょっと期待したのに、」


ああ・・・、あれは恥ずかしかった〜!


「そのあと、まるっきり何でもないみたいにお礼を言われて。」


だって・・・!

あのときは先輩が吉野先輩を好きなんだと思ってたから・・・。


「電機屋で店員に・・・、誤解されて、俺がどうしようもなく困っちゃったとき、茜ちゃんはそんな俺に呆れないで、そばについててくれて。」


「ああ。はい。」


あのときの先輩はかわいかったですよ。


「でも、帰ってから送ったメールには、そっけない返事しか来なくて。」


「だって! 先輩のメールには、それらしいことは何も。」


「あのときにはあれが精一杯だったんだよ。仲良くなれたなんて勝手に勘違いして、次の日から避けられたりしたらどうしたらいいのかわからなかったから・・・。」


・・・あたしも、先輩の気持ちを酌んであげなくちゃいけなかったのかな?

でも、あれじゃあ、わからないよ!


「先輩はいつも自信がありそうな、落ち着いた態度でしたよ。」


「それは・・・、自分の身を守る(すべ)、みたいなものだから。」


「身を守る術?」


「昔から、人前で自分の本当の気持ちを表現するのが恥ずかしくて、落ち着いた態度を演じてるっていうか・・・、ちょっと変かもしれないけど、そうやって自分に “大丈夫” って言い聞かせてる部分もあって・・・。」


ああ。

誰にでも少しはそういうところってある。

だけど・・・、笹本先輩の場合、ずいぶん極端な気がするけど・・・。


「ええと、その、こんな、自信のない俺は・・・ダメかな?」


先輩・・・、そんなことを今さら言うんですか?

今、ここで、手をつないでいるあたしに?


自信のない先輩を見ていたら楽しくなって、もう少し困らせてみたくなる。

今日は図書室であんな思いをしたんだから、あとちょっとくらい、いいよね?


「先輩。」


「ん?」


「先輩って、かわいい。」


「え?! え? あの。なに?」


「そうやって恥ずかしがってるところ、すごくかわいいです♪」


「や、やだな。あの、そんなこと言わないで・・・。」


先輩がまた真っ赤になって、下を向く。


「あのね、もう一回言ってください。」


「え? もう一回・・・?」


「はい。やっぱり、さっき、よく聞こえなかったので。」


「ええ?! さっきって・・・、さっきって・・・。」


「はい。お兄ちゃんが帰って来て、よく・・・。」


「・・・・・。」


赤い顔のまま呆然として、先輩はあたしの顔を見ている。

その困った表情に、あたしは無邪気に微笑んでみせる。


「先輩?」


お・ね・が・い!

言って!


先輩が大きく深呼吸。


「あ、あの。茜ちゃん。」


はい。


「俺は茜ちゃんのことが好き・・・」


「やった!」

「ぎゃ!」


あたしに飛びつかれて驚いた先輩は、結局、また途中までしか言えなかった。







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