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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第十三章 ハッピー・エンド♪
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Fight! (4)



早瀬の家に行くとお母さんがいて、


「まあ、ぴい子ちゃん、久しぶり!」


と、ふくよかな腕で吉野先輩を抱きしめた。

それを見て、早瀬が吉野先輩に人前でも平気で抱きついていたことに、なんとなく納得した。


早瀬のお母さんは色白のぽっちゃりした美人で、カールした長い髪を上品に結んで肩にたらしている。

奥の方から音楽が聞こえるのは、お父さんがチェロの練習中とのことだった。

お母さんはマリンバ奏者だと聞き、音楽家の両親を持つ早瀬が、自分とは別世界の人みたいに思えてくる。


「親の職業は、俺には関係ないよ。」


気後れしているあたしを早瀬は笑った。



吉野先輩が言ったとおり、手作りのチェリーパイはとても美味しくて、上品なティーカップに淹れてもらった紅茶と楽しいおしゃべりで、あっという間に1時間が過ぎる。

結局、勉強はしないまま、吉野先輩も一緒に帰ることに。


早瀬のお母さんが吉野先輩のことを「ぴい子ちゃん」と呼ぶことを何気なく早瀬に言ったら、早瀬は笑いながら説明してくれた。


「もともとは、真悟と俺が『ぴい子』って呼び始めたんだ。陽菜子が小学校に上がる前、俺たちのいたずらで、しょっちゅうぴーぴー泣いていたから。『ぴい子』っていうのは泣き虫っていう意味なんだよ。」


「やだ、響希、黙っててよ。」


吉野先輩が早瀬をにらむ。


「あれ? 鳥のヒナとは関係ないのか?」


あ、お兄ちゃんはそういう解釈をしてたんだ・・・。


「そっちはあとから陽菜子がこじつけたんだろう? 小学校に上がったあと、陽菜子の友達が、俺たちが『ぴい子』って呼んでるのを聞いて、 “ちゃん” をつけたりして変わっていったみたいだよ。そういえば、吹奏楽部の高橋先輩が、陽菜子のことを『ぴい子』って言ってたけど?」


「あれは偶然。べつに泣き虫だからじゃないもん。」


吉野先輩がつんと澄まして答える。

それから、ため息をついて。


「あたしの名前って、3月3日生まれだから『ひなこ』なんだよ。字は当て字でね。名前もあだ名も、適当なんだよ。藤野くんや茜ちゃんや響希がうらやましい。」


「でも、先輩。どっちも可愛いですよ。雰囲気が先輩に似合ってて。」


あたしの言葉にお兄ちゃんもうなずく。


吉野先輩は「そうかな?」と首をかしげてから、「まあ、いいや。」と笑った。


お兄ちゃんが吉野先輩を駅まで送って行き、あたしは途中で別れてひとりで家へ。

最後の角を曲がると、家の前で笹本先輩が待っていた・・・。




はっきり言って、忘れてた。


早瀬の家で美味しいおやつをご馳走になって、楽しいおしゃべりですっかりいい気分になっていたから。

そのいい気分のおかげで、笹本先輩の前に立っても落ち着いていられる。


そんなあたしとは反対に、笹本先輩は落ち着かない様子。

あたしが笑顔を見せないせいもあるけど、まだ機嫌が悪いと思ってるよね?


「あ・・・、あの、茜ちゃん。」


自転車を降りたあたしに、笹本先輩が話しかける。

いつもは余裕の微笑みを見せている先輩が、今は困り切った様子で、チラチラとあたしを見るだけ。


「はい。なんでしょう?」


本当は笑い出しそう。


でも、ここが頑張りどころだ!

吉野先輩の目つきを思い浮かべながら、あたしは冷たい(と見えるつもりの)目を向ける。


「あの・・・、ごめん!!」


そう言って、先輩が深々と頭を下げる。


あらら・・・・。

こんなことされたら、怒ってなんかいられない。 ・・・もともと忘れてたし。


でも、まだダメ。


「何がですか?」


あたしの質問に、先輩は体を起して、情けなさそうな顔をする。


「あの、今日の・・・、」


「茜。」


ママ?!


家の方を振り返ったら、玄関からママが出てきたところ。


「家に入ってもらったら? 30分も待ってくれてたんだから。あたしはこれから一時間くらい買い物に行ってくるから、留守番お願いね。」


30分?!


「すみません!」


今度はあたしが頭を下げる。


「あれから早瀬の家に行ってて。」


「え? 早瀬くんの家・・・?」


先輩がますます情けない顔をしたのを見て、そういえば奈々が・・・と思い出す。

まあ、いいか。


「あら、茜、早瀬くんの家に行ってたの?」


「あ、うん。早瀬のお母さんとおしゃべりしてきたよ。」


「ちゃんとごあいさつできたの?」


「大丈夫だよ。」


もう高校生なんだよ?


「きのうはすぐに帰っちゃったけど、また遊びに来るように言っておいてね。じゃあ、行って来ます。」


ママの言葉を聞いて、笹本先輩が一層ショックを受けた顔をしたのを見て、あたしは心の中で拍手喝采。

ママ、ナイスタイミング!


ママを見送って、先輩を家に案内する。

あたしの部屋に通すのは気詰まりな気がして、一時間あれば話は済むかな、と思いながら、先輩にリビングのソファを勧める。

先輩はソファに浅く腰かけて、緊張した様子で下を向いたまま。

さっきのあたしの視線、けっこう効果があったのかも♪



コーヒーを出そうとカップを用意したところで、ふと思いなおして冷蔵庫を開ける。


あった。

100%りんごジュース。


「どうぞ。」


コースターにグラスを乗せて先輩の前に置くと、先輩はやっとあたしを見たけど、その顔にはいつもの自信はまったく見当たらなくて・・・ちょっとかわいいかも。


向かい合って座るのはなんとなく堅苦しく思えて、テーブルの横、先輩と90度の位置で床に座る。


「あのう・・・。」


「はい。」


「早瀬くんとは・・・仲良しなの?」


あら。最初にこの話題?

もしかして、先輩・・・かなり気になってる?


「ええと、仲良しっていうか、まあ・・・。」


早瀬が仲良しなのはお兄ちゃんだけど、まだ教えてあげない!


「気軽に家を行ったり来たりする間柄なんだよね・・・?」


「あの、先輩? それを確認するために30分も?」


早く用件を言わないと、一時間はすぐに過ぎちゃいますよ!


「あ、いや、そういうわけじゃ・・。」


笹本先輩は顔を上げて軽く息を吸うと、あたしを真っ直ぐに見た。


「茜ちゃん。」


「はい。」


「今日は大人げないことしちゃって、ごめん。」


「はい。」


「それから・・・、その・・・。」


頑張れ、先輩!


「俺、茜ちゃんに・・・、あの、言いたいことが・・・。」


先輩は目元を赤く染めて、あたしから視線をはずしてしまった。


やっぱり、言ってくれないのかな?

電機屋さんでもそうだったし、吉野先輩も言ってたけど、これほど恥ずかしがり屋さんだなんて・・・。


少しの間、組み合わせた手を見つめていた先輩が、ちらりとテーブルのグラスに視線を向けてから、決心した様子でソファから降りて、あたしと斜めに向かい合う。

その勢いで、あたしの両手を取って。


鼓動が一気に速くなる。


「茜ちゃん。俺、茜ちゃんのことが好きで・・・。」


カチャ。


「ただいまー・・・。うわ! ごめん!」


バタン!


急いで階段を上る音。



・・・お兄ちゃん。

帰ってくること、忘れてた。

玄関の音も気付かなかったよ・・・。



「あの、ええと、どうしたら・・・?」


笹本先輩が半分腰を浮かせて、おろおろと部屋を見回している。

本当に恥ずかしかったのね・・・。


「先輩。落ち着いてください。お兄ちゃんは出て行きました。大丈夫です。」


ひと言ずつ区切っていうと、先輩はようやく腰をおろして、あたしを見てくれた。


「あの・・・?」


まだ目がぼんやりしているみたい。

顔だけじゃなくて、耳も、首も真っ赤になったまま、下を向いてしまった。


「もう一回、言わなくちゃダメかな・・・?」


その表情が、その仕草が・・・なんてかわいいの!


思わず先輩の首に抱きついた。まるで、吉野先輩に抱きつく早瀬みたいに。


そして、言わなくちゃ。


「あたしも先輩のことが好きです!」






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