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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第二章 藤野 青
9/95

ぴいちゃんの彼氏は俺なんだけど・・・。(1)

少し日にちが戻ります。



4月6日、金曜日。

おとといの始業式から、俺たちは3年生。

今年は高校最後の年だ。


昨日は入学式で俺たちは休みで、今日が新学期2日目になる。

3年生の教室は3階で、朝の登校が格段に楽になった。




「藤野。お前のクラス、どんな感じ?」


野球部の朝練が終わって部室から昇降口に向かいながら、2年のときに同じクラスだった岡田が話しかけてくる。


「そうだなあ・・・。まだわからないけど、なんとなく、寄せ集めって感じかな。」


新しいクラスは8組。

どうやら国公立受験の生徒が中心で集まっているらしくて、理系と文系が入り混じっている。選択科目がバラバラで教室の移動が多そう。


「ふうん。まあ、藤野にとってはどんなクラスだっていいよな! ぴいちゃんと一緒なんだから。俺なんか、男ばっかりだぜ。」


「岡田は女子には危険ってことで、特別にそこに入れられたんじゃないのか?」


「何言ってんだよ。俺は小暮ひとすじで、超安全なのに。あ、あとぴいちゃんね。」


「全然ひとすじじゃないじゃないか!」


周りの部員が笑う。


去年、岡田と俺は、ぴいちゃんをはさんでライバル関係だった。俺たちが隠していなかったから、部員はみんな、それを知っている。(ぴいちゃん本人だけは、まったく気付いていなかったけど。)

岡田と争うのはけっこう楽しかったし、今では遠慮のいらない仲だ。

それに、岡田には今は、小暮っていう美人の彼女がいる。

小暮はぴいちゃんの仲良しで、岡田が小暮と仲良くなったのはぴいちゃんのおかげだ。人の縁って、不思議なものだ。




同じクラスの根岸と教室に行くと、ぴいちゃんと長谷川は廊下で女子2人と話していた。


ぴいちゃんが俺に気付いて、さっと視線とかすかな微笑みを送って来る。

それに応えて、俺はちょっとうなずく。

朝のあいさつはこれでおしまい。


ぴいちゃんが俺の彼女に落ち着いて1か月ちょっと。

もともと人見知りで、特に男と話すことが苦手だった彼女は、俺が “彼氏” という存在になったとき、俺となら「これからは人前で話しても平気!」と思ったらしい。


ところが、それが全然無理だった。

今度は人前で “彼氏” と話すっていうことが恥ずかしいんだ。

周りに人がいないとか、仲良しの誰かと一緒なら大丈夫なんだけど。

結局、ほかの生徒の前では2人では話さないという状態は、それまでとまったく変わらなかった。


でも、彼女が恥ずかしいと思う気持ちは俺も少しわかる。

俺が、学校では彼女のことを名字で呼ぶのも同じような理由だから。



教室に入り、友人たちとあいさつを交わしながら自分の席へ。

窓側から2列目のうしろから2番目。

後ろに座ってる間宮に冗談を言いながら席に着く。

俺の前は、ぴいちゃんの親友の長谷川万紀 ―― ぴいちゃんは「まーちゃん」と呼んでいる ―― の席。


おととい、初めて席に着くときに、長谷川は俺に向かってものすごく嫌そうな顔をした。

俺は長谷川とは今まで接点がなかったから、いきなりそんな態度をとられてもわけがわからない。

たぶん、それが顔に出ていたんだろう。帰りに長谷川が後ろを振り向いて、


「覚えてないの?」


と言い出した。


「え? ごめん、ちょっと・・・。」


そんなに嫌がられるようなことは何も。


首をかしげる俺にあきれた顔をして、長谷川が言った。


「去年の夏休みの合宿で、いきなり怒鳴ったじゃん!」


合宿って・・・ああ! あのとき。


去年、ぴいちゃんの天文部と俺の野球部の校内合宿がかさなった夜、大勢の男の中に女子がたった2人という状況に、俺はぴいちゃんの身が心配になってメールを出した。

ところがいくら待っても返事が来なくて、不安になっていたところに、野球部の1年生がトイレの近くで幽霊の声を聞いたと駈け込んで来たのだ。

その1年生は天文部の1年生から怪談話を聞いたと言ったけど、俺たちは前の年も、そんな話は聞いたことがない。

もしかしてと思いながら映司と一緒に現場を見に行って声をかけたら・・・ぴいちゃんと長谷川が出て来た。

俺はそれまでの心配と不安と、そんな暗がりに女子2人だけでいるっていう無謀さに腹が立って、思わず


「何やってんだよ!」


と怒鳴ってしまったのだ。



「ごめん・・・。」


今はそれ以外、何も言いようがない。

あんな言い方しなくてもよかったはずだから。

でも、あのときは本当に心配で・・・。


どん!


長谷川が拳でおれの机をたたいた。

それから・・・赤いフレームのメガネの奥から俺を睨んでいた目の光がおだやかに変化した。


「もういいよ。」


小さくため息ひとつ。


「今は、ぴいちゃんのことが心配だったってことがわかってるから。ただ、あれには腹が立ったって、ひとこと言いたかっただけ。」


長谷川は淡々とそう言って、それからあとは、俺にも普通に接してくれるようになり、俺は長谷川が、遠慮しないでものを言う性格らしいところにほっとしたのだった。



担任がやってきて、ぴいちゃんと長谷川も席に戻って来た。

ぴいちゃんの席は窓側の一番うしろ。このクラスでは、彼女が出席番号の一番最後。

俺の左うしろだ。

座る気配がしたな、と思ったら・・・。


「プーッ・・・!」


吹き出した?!

席に着くなり笑い出すなんて、いったいどうしたんだろう?


そうっと振り向くと、俺の左隣の八木とうしろの席の間宮も、不思議そうな顔をしてぴいちゃんを見ている。

ぴいちゃんはどうにかして笑いを止めようと、口元を手で押さえている。


「ごっ、ごめんなさい・・・。」


恥ずかしそうに八木と間宮に小さい声で謝ったあと、俺の顔をちらっと見て笑いが再発し、肩を震わせながら下を向いた。


・・・あれか。


思い当たるのはおとといの夜の電話。

ああなったら、もう放っておいてあげるしかない。

おかしな想像をして笑いが止まらなくなるのは、ぴいちゃんにはよくあることだ。



おとといの夜、電話で新しいクラスの印象を尋ねたら、ぴいちゃんの最初の答えはこうだった。


『やっぱり無理。』


すごく情けない声で。

新しいクラスに馴染めないのかと思ったら、彼女はちょっと笑った。


『ちがうよ。新しいクラスは知らない人が多くてたしかに不安はあるけど、まーちゃんがいるし、藤野くんもすぐ近くにいるから大丈夫。それよりね、藤野くんに話しかけてみようと思ったの。もう高3だし、そのくらいはできないとって思って。でも、やっぱりみんながいるところでは無理だった。なんとなく、前よりもっと恥ずかしい気がする・・・。』


あまりにもぴいちゃんらしくて、俺も笑ってしまった。

それに、「もう高3だし」っていう決意がいじらしい。


「無理しなくていいけど、困ったときには相談しろよ。」


と俺が言うと、彼女はまた笑いながら答えた。


『わかってる。それに、不安になっても、すぐ前の藤野くんの背中を見たら、がんばれると思う。』


背中だけにしか用がないって言われているような気がする・・・。


「背中だけでいいなら、人形に俺の制服を着せておいても間に合いそうだけど?」


『やだ! それじゃあ、藤野くんの背中じゃなくて、人形の背中でしょ? 藤野くんの席に制服を着た人形が座ってるなんて・・・不気味すぎるよ!』


そう言ったあと、彼女は笑いが止まらなくなってしまった。

たぶん、話の内容を頭の中で映像化して笑ってるんだ。それが彼女の困った得意技。

・・・たしかに不気味な光景だけど。

2日目の今もまた、それを思い出して笑ってるに違いない。


長谷川が振り向いて笑っているぴいちゃんを見たあと、俺に問いかけるように目を向けた。

俺は知らん顔をして、首を横に振る。


きっとぴいちゃんは、俺の背中が目に入らないように、しばらくは窓の外ばかり見ているんだろうな・・・。




「藤野って、ぴいちゃんと付き合ってるのか?」


席のまわりに集まった友人たちと話しているときに、思い出したようにこう言い出したのはテニス部の(あずま)

健康診断の順番待ちで、クラスのみんながブラブラのんびりしている教室。

ぴいちゃんは長谷川と一緒に、教卓の前に座っている女子のところで話していた。


東はぴいちゃんのことをニックネームで呼ぶ数少ない男の一人。

去年、夏休みの宿題を一緒にやったのがきっかけだった。

夏休みが明けてからも、すれ違うたびに、「ぴいちゃん」と呼んで一声かけていたらしい。


「あれ? 知らなかった? まあ、まだ1か月ちょっとのほやほやだけどねー。」


俺の代わりに答えたのは、俺と同じ野球部の根岸。

根岸の席は俺の2つ前だけど、今は空いている俺の前の長谷川の席にうしろむきに座ってる。


「あーあ。せっかく同じクラスになったから、藤野がもたもたしてるんなら、がんばってみようかと思ったのに。」


え?!


「東って、彼女いるだろ?」


驚いて東を見た俺を笑いながら、根岸が尋ねる。


「そーんな昔の話、忘れちゃったよ。」


つまり、今はいないってことか。

よかった〜! ちゃんと決まってて!


「ぴいちゃんって誰?」


「吉野陽菜子ちゃん。」


根岸があくまでも俺の代理で答えてくれる。


「吉野って・・・あの子?」


どうやらぴいちゃんとは初対面らしい井上が、教卓の方をちらりと見てから俺に訊いた。


「ああ、うん、そう。」


ちょっと恥ずかしくて、みんなから目をそらすと、すかさずツッコミが。


「なんだよ! その嬉しそうな顔は!」


「まだあんまり経ってないからな。野球部ではみんな、どうなるんだろうって注目の的だったんだぜ。」


注目の的って・・・。


「うそだろ?」


「うそじゃないよ。まじめで慎重な藤野と、超奥手な吉野じゃ、いつまでたってもどうにもならないんじゃないかって話だったんだから。」


・・・ご心配ありがとう。

どうにかなりました。


「夏休みに俺たちがチャンスを作ってやったのに、結果が出たのがようやく春か。長くかかり過ぎだな。慎重にもほどがあるぞ。」


根岸と東の言葉に、まわりにいた全員が笑う。


「でも、おとといも今日も、2人で話してないよな? 」


不思議そうにそう言ったのは間宮。

ぴいちゃんと俺のすぐそばに座っているから、俺たちの様子はよく知っているはずだ。


「ああ、うん。吉野が恥ずかしがるから。」


「いいなあ、そういうの。初々しくて。」


うっとりとコメントする東。

なんか、俺も恥ずかしいけど・・・。


「俺、ちょっと話しかけてみようと思ってたんだけど、藤野のこと聞いておいてよかった。」


と、間宮。


「べつに、話しかけるのは平気だけど? 人見知りするけど、話しかけられれば普通に喋れるよ。」


同じクラスなんだし、俺はそこまで嫉妬深くは・・・。


「ばーか。 “話しかける” って、意味が違うんだよ。どんな感じか様子を見るってこと!」


「え? つまりそれって・・・。」


「だって吉野って一見地味だけど、笑うと全然雰囲気が変わるじゃん。今日の朝、あんなに笑ってるの見てドキッとしたよ。特に、笑いをこらえようとして潤んだ目で『ごめんなさい』とか言われたら・・・。」


じゃあ、だめ!

やめてくれ!


「そうなんだよな! 去年の夏休みさあ・・・。」


そう言って、東が夏休みの宿題を一緒にやった話を披露しはじめた。


そりゃあ、笑うとかわいいけど(いや、彼女の全部がかわいいけど)、ほかの男にそんなに効果があると思うと心配だ。

そういえば、岡田もぴいちゃんの予想外の表情を見て・・・だったよな?

普段、彼女は目立ちたくないのと人見知りとで表情が硬いから地味に見える。

だけど、本当の生き生きとした感情が表に出ると、それまでとのギャップで、逆に強い印象を与えてしまうらしい。


そんなふうに、ぴいちゃんに注目が集まるのは困る!


「あーあ。藤野の心配そうな顔、見てられねえな。」


根岸が言って、またみんなが笑う。


俺ってそんなに顔に出るタイプだっけ?

いや、そんなことより、やっぱり心配だ〜!









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