表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第十二章 藤野 青
87/95

妹と弟(3)



「ああ、思い出した! 俺も吉野を泣かせた相手に仕返しをしたことがあるよ。」


そうだった。

去年のことだ。


「陽菜子を泣かせた相手?」


「まあ、そいつは吉野をいじめたわけじゃなかったけど、無神経なことを言って、吉野を怒らせたんだよ。」


あいつの目的はその反対だったのになあ・・・。


「俺と岡田は通りかかって、それを聞いたんだ。吉野はその場は乗り切ったけど、俺たちの顔を見て安心してちょっとね。向こうに悪気はなかったにしても、やっぱり腹が立ったから、脅して、厭味を言ってやった。」


「脅して、厭味・・・。」


「それくらいなら、お前がやったって、吉野は文句言わないと思うぞ。まあ、ため息くらいはつくかもしれないけど。」


「・・・いいのかな?」


「いいんじゃないか? だけど、中学のときの仕返しみたいなことはやめろよ。」


「どう違うの? 大掛かりだってこと?」


「そうじゃなくて、なんていうか・・・、相手を罠にはめるようなこと。そんなのは、田所さんがやったことと同じだよ。そんなことをしたら、お前も彼女と同じような人間だってことになるんだから。吉野が悲しむよ。」


「ああ・・・、そうか。」


早瀬がようやく安心した顔をした。


「陽菜子は俺に、田所先輩みたいになってほしくないんだね? 人を騙したり、傷つけたりすることは、田所先輩と同じってことだね?」


「うん、そうだよ。それに、そういうことをすると、相手にまた恨まれてしまうからキリがないって、吉野は言いたかったんだよ。」


「ふうん。」


少し考え込むような表情で、早瀬はベッドから降りてお茶を飲む。


「わかった。俺、田所先輩と同じにはなりたくない。だから、同じレベルで争ったりしない。」


そう言って、にこにこしながらチョコレートをつまんだ。

こういう姿を見ると、まだまだ子どもっぽいよな。

初対面のときとはまるで別人だ。


ふと、先週から気になっていたことを思い出した。


「ちょっと訊いていいか?」


「なに?」


「お前たちが八木と田所さんを疑って、吉野を見守ろうって決めたときのことだけど。」


「ああ、うん。」


「田所さんの狙いは俺じゃないかって、誰も考えなかったのか?」


そうなんだ。

実は、心の奥でなんとなく納得できないでいる。

俺は田所さんの態度にずっと迷惑していたのに、茜たちは4人もいて、その中の誰ひとり、俺がターゲットだとは思わなかったなんて・・・ちょっと、俺の扱いがひどすぎないか?

そりゃあ、ぴいちゃんは女の子だし、見るからに守ってあげなくちゃいけないように見えるけど。


「ぷっ!」


早瀬が吹き出す。


「やだなあ、先輩! そんなこと気にしてたの? あはははは!」


「まあ、気にしてたっていうほどじゃないけど・・・。」


みみっちいことを気にしてるってわかっているからずっと言わなかったけど、本当はちょっとばかりプライドが・・・。


ずしん!


「うわ?!」


背中が重い! ・・・と思ったら、早瀬が後ろからのしかかっていた。俺の首のまわりに腕をまわして。


「なんだよ?! やめろ! 俺は吉野じゃないぞ!」


「え〜? 何言ってんだよ。先輩が慰めてほしそうにしてるから。」


言いながら、早瀬が顔をすりすりとすり寄せてくる。


やめろ〜!!


「お前、誰かを慰めるときにはいつもこうするのか?!」


甘えてるの間違いじゃないのか?

重いぞ!

いくらもがいても、ちっとも離れないし!


「いつもやってるよ♪ うちの親とか、陽菜子の家族とか。」


それって、家族(とほぼ同じ)の話だろ?!


俺が慌てているのを見てますます面白がって、笑いながらくっついてくる早瀬。

いったい、どうしたらいいんだ・・・。


カチャ。


「お兄ちゃん、お母さんがお茶のお代わり・・・。」


またしても予告なしにドアが開けられ、ペットボトルを持って目をみはっている茜の姿。

俺の頭のうしろから、早瀬の声が。


「いきなり開けるなよ。」


そんなこと言ってないで、さっさと離れろよ!


肩を揺すると、ようやく早瀬が腕をほどく。


はあ・・・。


思いっきりため息をつく俺に、茜が冷たい目を向ける。


「何してたの?」


「な、何って、ちょっと、早瀬がふざけて。」


しどろもどろになる俺の後ろで、早瀬がゲラゲラ笑っている。


「まったく・・・子どもだね。」


茜は呆れた顔をしてため息をつくと、そのまま静かに出て行った。


「また子ども扱いされた!」


さっきまで笑っていた早瀬が、今度は不満顔で文句を言う。

だけど、俺もそれ以外に、お前の行動を何て言ったらいいのかわからないよ。


「あ! そういえば、先輩。先輩の妹って、彼氏ができたの?」


「お、情報が早いな。なんだか、まだちゃんと固まってないみたいだけど。もう1年生の間でもうわさになってるのか?」


部活がないこの期間には、あんまり広まらないだろうと思ってたけど。


「いや、俺は健太郎から聞いたんだよ。あ、健太郎って、野球部の近藤健太郎だけど。」


「へえ。近藤から?」


「今日の帰りに先輩の妹と笹本先輩が一緒にいるところに出くわしたって、電話をかけてきたんだよ。」


「わざわざ? ずいぶんおしゃべりなヤツだったんだな、近藤って。」


クラスメイトの情報を知って、話さずにいられなかたってわけか。


「ああ、いや、そうじゃなくて。んー、まあ、健太郎は本当におしゃべりではあるんだけど、今日の電話には理由があるんだよ。」


「理由?」


「先輩、本人の前では知らないふりしてくれよ。健太郎は先輩の妹が好きなんだよ。」


「ええぇ?! 近藤も?! まさか!」


茜を好きになるヤツがそんなに何人も現れるなんて・・・信じられない!


「で、帰りに先輩の妹が笹本先輩と一緒だったのを見て、笹本先輩にあいさつして来たらしいよ。」


そんなことするなんて、けっこう本気なんだな・・・。


「笹本先輩と先輩の妹って・・・、うまくいきそう?」


「たぶんね。」


茜はこれからけんかするって言ってたけど。


「ふうん・・・。じゃあ、笹本先輩の妹って藤野茜のことだったのか。」


チョコレートをほおばりながら、早瀬が言う。


「それって、吉野のことじゃないのか?」


「あ。」


早瀬の “しまった!” という顔。


「吉野のことなら知ってるよ。4月に笹本から聞いたから。」


「違うんだよ・・・。」


「え?」


「あー! 笹本先輩に、『内緒だよ』って言われたのにー!」


言いながら、早瀬が髪の毛をぐしゃぐしゃっとかきむしる。


「せっかく笹本先輩が信用して話してくれたのに!」


「・・・わかったよ。今の話は聞かなかったことにするから。」


なだめると、早瀬は上目づかいに俺を見て言った。


「先輩、この話、陽菜子にも内緒にしてくれる?」


「言わないよ。」


笹本がぴいちゃんをどう思ってるかなんて、わざわざ言うわけがないだろう?


俺の返事を聞いて、早瀬がにじり寄ってきて小声で話し始める。


「あのね、もう一人の妹って言ってたんだよ。」


「もう一人の妹?」


ぴいちゃん以外の話なのか?


「うん。陽菜子のことは妹で落ち着いたけど、もう一人の妹がいるって。」


なんだろう?

そんなに妹がほしいのか?


「あのね、その妹は、どうやら彼女にしたくて頑張ってる相手のことみたいだった。」


ん?

・・・てことは?


「茜のことか?」


「そうじゃないかと、俺もさっき、思ったんだけど。」


あ。

もしかしたら、中学のときに塾で・・・。

いつも、茜のことを「藤野の妹」って言ってたもんな・・・。


だけど。


「早瀬。その話は、茜には絶対に言うなよ。」


「もちろん、言うつもりはないけど・・・。なんで?」


「自分が “妹” って言われてたことを知ったら、茜が混乱して、不機嫌になると面倒だからだよ。」




夜。

ぴいちゃんに電話して、茜の相談のお礼と、早瀬が来たことを話した。

早瀬が俺の部屋でくつろいだり、ふざけたりしていたことを話すと、ぴいちゃんは笑った。


「響希は藤野くんに甘えたいんだよ。弟が増えたと思って、遊んであげてね。もちろん、叱ってもいいからね。」


いきなり、でっかい弟だな・・・。

でっかいくせに、甘ったれだし。


それから、少しためらうような間のあと、ぴいちゃんがおずおずと話し出す。


「ねえ、朱莉が藤野くんの名前と自分の名前のことで冗談を言ってたの、覚えてる?」


「ああ、うん。」


(あか)” と “青” で、ってやつね。

思い出しても、あんまりいい気分じゃないけど。


「でもね、あたしの名前の方が藤野くんとお似合いじゃないかと思って・・・。」


「え?」


「あのね、あたしの名前、太陽の “陽” でしょう?」


「うん、そうだね。」


「青空には太陽がつきものだと思わない?」


ああ!


「そうだ。そうだよ! ぴいちゃんと俺の方がずっと似合ってるよ!」


それに、太陽は青い空と一緒のときが、一番輝いてるんだよ!









お待たせいたしました。

次から最終章に入ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ