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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第十二章 藤野 青
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妹と弟(2)



「俺は田所先輩を絶対に許せない。陽菜子と同じくらい傷つけてやりたい。だけど、陽菜子は・・・。」


暗い目をして足元に視線を落とす早瀬。


そうだ。

ぴいちゃんは仕返しはするなと言った。

仕返しをすることは、恨みを積み重ねるだけだからと。

そんなことをしなくても、本人は報いを受けていると。


「吉野が言ってることの意味はわかるか?」


「・・・うん。」


頭では分かる。でも、心は・・・ってことだよな。


「もしかしたら・・・、俺が、もう関わりたくないと思って田所さんを避けることも、仕返しと同じなのかもしれないな・・・。」


ぴいちゃんなら、そんなことはしないだろう。

きっと、今までと同じようにあいさつをするんだろう。

田所さんにとっては、それはそれで、嫌な気分であることに違いないだろうけど。


「先輩は潔癖症っぽいところがあるね。」


俺がぼんやりと口にした言葉に、早瀬がクスリと笑いながら言った。


「潔癖症? そんなにきれい好きってわけじゃないけど?」


「物の清潔さ、とかじゃなくて、人の心に対してっていうか・・・。ずるいこととか、意地悪な人とか、そういうことに対して、近付きたくないって。」


ああ・・・、なるほど。


「だから、今、自分がやってることが仕返しと同じかもって思って、ちょっと落ち込んだでしょう?」


「お前・・・ずいぶん、鋭く分析するんだな。」


「そんなことないよ! 先輩は分かりやすいから。」


そう言ってくすくすと笑い始めた早瀬に、少し安心する。

なんとなく、笑えたら大丈夫・・・なんて考えてしまうのは、ぴいちゃんがいつも笑っているからだろうか?


「早瀬だって同じだろ? 仕返しをしたい。でも、吉野は必要ないって言う。じゃあ、仕返しをしたい自分は未熟者なのかって、不安になったんじゃないのか?」


「未熟者って、なんだよ?!」


「未熟者はガキってこと ―― うわ! やめろ!」


早瀬が俺の枕を投げようとしているのに気付いて止めたけど、間に合わなかった。

枕は見当違いの方向に飛んでいき、机に広げていた勉強道具をまき散らす。


「危ないじゃないか! お茶をこぼしたりしたら片付けが面倒だろ! そんなことをするからガキって言われても」


「先輩だって、自信がないって落ち込んでばっかりで、いつまでたっても ―― 」


ドン!!


「うるさいよ!!」


俺たちの声よりもさらに一段階大きな声で怒鳴られて、早瀬と一緒にドアの方に目を向けると・・・。

茜が開けたドアを拳でたたいた格好のまま、俺たち二人を睨みつけていた。


「・・・藤野?」

「ごめん。」


さっさと謝るほかはない。

ドアは凹んでないだろうか・・・?


「早瀬? 何やってんの?」


「え? あの、せ、先輩に勉強を教えてもらおうと思って・・・。」


早瀬のヤツ、茜の迫力にビビってるな。


「お兄ちゃんに?」


疑わしそうな顔。

俺はそんなに信用がないのか・・・。


「お、俺だって1年生の勉強くらいはどうにかなるんだぞ。まあ、笹本ほどじゃないかもしれないけど。」


「え? あ、そっ、そうだよね。でも、静かにやってよね。」


笹本の名前を出すと、茜はあわてて戻って行った。

閉められたドアを見て、早瀬がほっとした顔をする。


「すげえ迫力。先輩って、妹には弱いの?」


「違う!」


大きな声を出しかけて、あわててトーンを落とす。


「茜は小さいときから空手を習ってるんだ。怒らせてドアに穴でも開けられてみろよ。親に怒られるのは俺だぞ。」


あくまでも、心配してるのはそこだ! 俺がけんかで負けるからじゃないぞ! 間違えるなよ!


「ふーん。」


早瀬はにやにやしながら俺の顔をみていたけど、そのうち「まあ、いいや。」と言って、またベッドにひっくり返った。

・・・本当にくつろいでるな、俺の部屋で。


「あーあ。なんだか、どうでもいいような気がしてきた。」


「そうか?」


大きな声を出したり、驚いたりした効果かも。


「・・・ねえ、先輩。」


「なんだよ?」


注いでおいたお茶を一気に飲んで、自分の分だけお代わりを注ぐ。


「俺、中学のときに、陽菜子をいじめた相手に仕返しをしたことがあるんだ。」


「ああ、そういえば、真悟くんが言ってたな。詳しくは聞かなかったけど。相手が誰か知ってたのか?」


「うん。そのときも偶然だったんだけど。」


そうなのか・・・。

それで今回、仕返しは必要ないって言われて、今の気持ちが治まらないだけじゃなくて、昔のことを思い出して悩んでいる・・・?


「陽菜子がいじめに遭ったのは、俺たちが入学する前の年のことで。」


ずいぶん前に前川が言ってたっけ。中2のときにって。


「中学に入学したら、陽菜子が暗い表情をして、いつも長谷川先輩に隠れるようにくっついているのを見て、ものすごくショックで悲しかった。その前の年、何度か陽菜子が泣きそうな顔をして学校から帰ってきたことには気付いてた。でも、家では元気にしていたのに。」


ぴいちゃんは自分の辛いことはいつも隠そうとする。

大切な人に心配をかけないように。

この前もそうだった。


「その理由がわかったのは2か月くらい経ってからだった。誰もいないと思ってしゃべっていた吹奏楽部の先輩たちの話に『ぴいちゃん』っていう言葉が聞こえて、思わず耳を澄ませたんだ。そしたら、先輩たちは、今まで自分たちが陽菜子にやったことを思い出して話しながら、笑ってたんだ・・・。」


「笑ってた?」


「そうだよ。そいつらは、前の年に陽菜子と同じクラスだったんだ。どんな内容だったと思う? 靴を隠した。教科書にいたずら書きをした。シャーペンの芯を全部折っておいた。大きな声でいやみを言った。みんなが嫌がる委員を押し付けた。まだまだたくさん・・・。」


「どうして・・・?」


なんてひどいことを。

そこまでぴいちゃんにひどいことをする理由って、なんだったんだ?


早瀬はぱっと起き上がると、悔しそうな顔で話を続けた。


「陽菜子がその中の一人の彼氏に近付こうとしたっていうのが、その理由らしかった。だけど、陽菜子がそんなことをするはずはないんだ! その相手のことは俺たちも小学校のころから知ってるけど、全然、陽菜子の好きなタイプじゃなかったんだから!」


・・・まあ、好きなタイプかどうかは別として、ぴいちゃんが他人の彼氏に故意に近付いたとは考えられないよな。


「そいつらは、ただ陽菜子のことが嫌いだったんだ。陽菜子はもともと明るくて、優しくて、美人で、勉強ができたから。妬んで、つまらない言いがかりをつけて、陽菜子をいじめたんだ。だから、俺と真悟で仕返しをしたんだ・・・。」


「どうやって?」


「俺と真悟でそいつらに気があるふりをして、」


え?


「彼氏と別れさせたところで、振ってやった。」


「はあ?!」


なんだ、その仕返しは?!


「それから、そいつらが、俺たちのことで仲間割れするように仕向けて。」


「えーと・・・、お前も真悟くんも、中1だったんだよな?」


「うん。」


「で、相手は中3?」


「そう。陽菜子と同じ。」


うーん・・・。

そういうのって、中学生でも普通なのか?

俺、ぴいちゃんのことを奥手だとか言えないんじゃないだろうか・・・?


「そんな方法、よく思いついたな。」


っていうより、うまくいったことが信じられない。


「まあね。俺と真悟は小学校のころから女子にモテたから。」


そんな当たり前って顔をして、よく言うよ!


「で? 今回も、そういうのをやりたいのか? 言っておくけど、俺は真悟くんの代わりはいやだぞ。」


「そんなの、期待してないよ!」


そう言って、早瀬は笑った。

だいぶ元気になってきたみたいだけど・・・、当然のように「期待してない」なんて言われると、ちょっと複雑な気分だ・・・。









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