あれ? ちょっと・・・変?(6)
家でお昼を食べてから、自分の部屋でテスト勉強。
・・・のつもりなんだけど、全然進まない。
さっきの笹本先輩の様子が気になって。
何か失礼なことを言ったかな?
吉野先輩のことをしつこく訊きすぎた?
そういえば、「明日のこと」って言ったっけ。
何か考えるって言ってたから、もしかしたら、あたしに合うような勉強法を探してくれるとか?
いや、そうじゃなくて、もう止めたいのかもしれない。それなのに、先輩は責任感が強いから言い出せなくて。
英語の問題集を広げたまま、あれこれ考えてばかり。
これじゃあ、数学以外も危ないかも。
・・・あたしから、 “もういいです。” って言った方がいいんじゃないかな?
学校で言ったときは、あたしが泣きそうになっていたから(実際、泣いちゃったんだけど)先輩は気にしなくていいって言ってくれたけど、やっぱり困っちゃってるのかも。
モヤモヤと考えながら時間だけが過ぎていく。
2時過ぎに玄関が閉まる音がして、お兄ちゃんが帰って来た。
・・・そうだ。
妹のこと、訊いてみよう。
あの話のあとに先輩の様子が変わったんだから、もしかしたら関係があるのかもしれない。
お兄ちゃんは “兄” なんだから、 “妹” の意味をちゃんとわかってるはず。
足音が階段の半分くらいまできたところで、部屋のドアを開けて「お兄ちゃん」と呼ぶと、お兄ちゃんがあたしを見て、ニヤ〜ッと人の悪そうな笑いを浮かべた。
「え? ・・・なに?」
どうしてそんな顔するの?
まるで、あたしの弱味を握っているような?
「お前、今日、学校に行ってたんだって?」
わーーーー!!
知ってるの?!!
「俺、今日、何人にも言われたよ。妹が笹本と一緒に図書室で勉強してるぞって。」
あたしのことを知ってる人なんて、そんなにいないと思ったのに!
「ずいぶん仲良さそうだったみたいだけど?」
やめて〜〜!!
誰も気にしてないのかと思ったら、みんなちゃんと見てたんじゃん!!
「いつから?」
「な、何がっ?!」
「笹本とそういうことになったのは。」
「そ・・・、そいういうことって、何がよ?」
「え? 二人で仲良く・・・。」
う〜、くやしい!
そのニヤニヤ顔で、あたしのことをからかうつもりか?!
自分がうまくいってるのだって、あたしが吉野先輩に代わって、笹本先輩のことをちくちく言ったからでしょうが!!
頭にくる〜〜〜!!
それに、笹本先輩は吉野先輩のことをあきらめてないんだからね!
「そんなこと言って安心してるみたいだけど、うっかりしてると笹本先輩に吉野先輩を取られちゃうからね!」
「なんだよ、いきなり?」
ふん!
「笹本先輩、言ってたんだから。吉野先輩は妹だって。」
ほら、焦りなさいよ。
・・・あれ?
笑ってる?
「吉野は “妹” だって、お前に笹本が言ったのか? いったい、どんな話の流れなんだ? ははは!」
それ、笑う話?
「お前、笹本とけんかでもしてたのか? あははは! それで、笹本が弁解したとか? やめてくれ! あははは!」
どうして、けんかの弁解に吉野先輩の話が出てくるわけ?
「けんかなんかしてないもん! それに、笹本先輩とあたしは、そういう関係じゃ・・・。」
そう。
先輩とあたしは、ただの部活の先輩と後輩。
でも、吉野先輩は笹本先輩の妹。
不機嫌に黙り込んだあたしを見て、お兄ちゃんが笑うのをやめた。
「茜。 “妹” って、どういう意味だと思ってるんだ? 笹本は何も説明しなかったのか?」
え?
先輩?
「先輩は、あたしとお兄ちゃんと同じだって・・・。」
「うん、そうだな。」
お兄ちゃんがうなずく。
「切っても切れない絆があるってことでしょう?」
「ええ?! 何言ってんだ、お前は!」
「・・・違うの?」
「そんなことを言われて、俺が笑っていられると思ってるのか?!」
だから、わけが分からないんだよ。
そんなに怒らなくても・・・。
「あ、もしかして、あたしとお兄ちゃんには絆なんてないのかな?」
「そういう話じゃないよ・・・。」
ため息をつくお兄ちゃん。
「お兄ちゃんは、笹本先輩が言う “妹” の意味が、間違いなくわかってるの?」
「え? そう言われるとはっきりとは・・・いや! 間違いなく分かってる! 当たり前だ!」
ふうん。
「茜。それは大事なことだから、笹本にちゃんと説明してもらえ。それが解決しないと、その先には進めないから。」
お兄ちゃんはあたしの肩をぽんと叩いて、自分の部屋に入ってしまった。
“妹” の意味が大事なこと?
それが解決したら・・・その先って・・・、その先に何があるの?
笹本先輩から電話が来たのは夜の9時をまわってからだった。
『茜ちゃん、疲れてない?』
最初のひとことがこれだった。
深くて、きれいで、やさしい声で。
サヨナラするときに不機嫌そうに見えたのは、勘違いだったのかな?
先輩と電話で話すのって、初めてだ。
なんだか、癒しの音楽を聴いているみたい。
緊張がほぐれていく・・・。
「大丈夫です。」
だって、午後はあんまり勉強してない。
お兄ちゃんに言われたことが気になって。
『明日のことなんだけど、』
「はい。」
ああ・・・。
断られちゃうのかな・・・。
『うちにおいでよ。』
「え?」
『場所がわからないと思うから、自転車で迎えに行くよ。』
「あの、でも。」
『都合が悪い?』
「いえ、テスト勉強以外は特には・・・。」
『じゃあ、大丈夫だね。9時でいい?』
え? 決定?
「あの、先輩のお勉強は・・・その・・・。」
『それは気にしないで。』
強い声。
これ以上、そのことは言うなってこと?
「・・・はい。」
あたし、先輩の親切にこんなに甘えてていいんだろうか?
―― それが解決しないと、その先には進めない。
お兄ちゃんの言葉が浮かんでくる。
解決したら、あたしの疑問が消えるのかな・・・?
「あのう・・・、先輩?」
『なに?』
「もし、嫌だったら怒ってもいいんですけど・・・、」
でも、怒られたらやだな。
『うん。なに?』
「吉野先輩が “妹” って・・・、どういう意味ですか?」
電話の向こうで「ああ・・・。」と、がっかりした声が聞こえた。
わからなくて、ごめんなさい。
「あの、一応、お兄ちゃんにも訊いてみたんですけど、」
『ええっ? 藤野に?! 言ったの?!』
「す、すみません!」
『いや、その・・・いいよ、べつに。藤野は何て言ってた?』
「あの、笑ったり、怒ったりして、最後には、先輩にちゃんと説明してもらえって・・・。」
『笑ったり、怒ったり・・・。ぷっ・・・。ははははは!』
また笑われてる・・・。
『おやすみ、茜ちゃん。明日、9時に迎えに行くよ。』
「え? あの、」
『対象外。』
謎のひと言を残して、電話は切れた。
・・・“対象外” ?
あたしの質問は答える対象じゃないってこと?
そんな!
どうして、誰もちゃんと説明してくれないの?!
あ、メールだ。
・・・先輩?
何か言い忘れたことでも・・・あれ?
これって・・・、これって、つまり?
先輩からのメールにはただ一行。
『妹は恋愛対象外。』
ってことは・・・。
あたしの気持ち、言葉にしてもいいのかな・・・?