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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第十一章 茜
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あれ? ちょっと・・・変?(3)



6月9日、土曜日。

バス通り沿いのコンビニの横で笹本先輩を待っている。

勉強を教えてもらう立場で先輩を待たせてはいけないと思って、待ち合わせの15分前に来て、お店で飲み物を買った。


よく考えたら、8時半の待ち合わせは絶妙な時間だ。


3年生の土曜講習は8時40分開始。

参加者はみんな8時半ごろに学校に着くように行くはず。

あたしたちは、その人たちと顔を合わせることはない。


お兄ちゃんは登校時間の早い吉野先輩を駅に迎えに行くから、もっとずっと早く家を出た。

あたしが土曜日の朝に制服を着ているのも、目に入らなかったみたい。


ママにはただ「学校の図書室で勉強する。」とだけ言った。

たぶん、奈々と一緒だと思っているんじゃないかな。



“先輩と待ち合わせをして学校に行く” ということに、きのうはいろいろ考えてドキドキしてしまった。

けれど、よく考えて、言われたときの状況を思い出して納得した。


要するに、笹本先輩ってそういうことに疎いんだ、ってこと。


だって、笹本先輩は、いつも平気な顔してる。

あたしと二人で勉強をすることも、隣に座ると距離が近いことも、待ち合わせのことも、なんとも思っていないと思う。

頭をなでられたし・・・。

あれこれ気にして悩んでいるのは、あたしだけ。


要するに、あたしも気にしなければいいってこと。


・・・だけど、気になるよ。

だって。




きのうの夜、奈々から電話が来た。

放課後のお勉強会がどんな様子だったのか聞きたいんだと思ったのに、奈々は自分の家庭教師のことを延々と話すばかりだった。


「説明は分かりやすいんだけど、外見がねえ・・・。もうちょっと、若くてかっこいい人だったらよかったんだけど。」


「若くてかっこいい人に近くで教えてもらったりしたら、説明が頭に入らないんじゃないの?」


と、言ったところで笹本先輩の横顔を思い出して、慌てて頭から追い出した。


「あーちゃんはいいよね。笹本先輩が嫌だったら、理由を付けて断ればいいんだから。どうせ、もうすぐ3年生は引退だし。」


電話の終わりごろ、奈々がため息をつきながら言ったひとこと。


笹本先輩が嫌?

理由を付けて断る?


何か細いとがったもので、胸を突き刺されたような気がした。



そんなこと、できないよ!



奈々との電話を切ってから、心の中で何度も叫んでる。


だって、もう二度とないかもしれない。

それに。

それに・・・だめ。言葉にしちゃ。悲しいから。




「おはよう、茜ちゃん。もしかして、たくさん待たせちゃったかな?」


「いいえ。おはようございます。」


笹本先輩の笑顔がまぶしい。

あたしのために時間を割いてくれる優しい先輩。


「飲み物は持って来た? 図書室は飲食禁止だけど、お昼までやるから、何かないと辛いよ。」


そんな小さな気配りも嬉しい。


学校までの道。

自転車置き場から昇降口、そして図書室までの廊下。


楽しい・・・のに、どこかさびしい。


―― 中途半端。




図書室の戸を開けると・・・混んでいた。


「あれ?」


笹本先輩にも予想外だったらしい。

きのうはちらほらしか使われていなかった机が半分くらい埋まってる。


「あれ? 笹本? 珍しいな。」


後ろから声がかかって、先輩が振り向く。

あたしは思わず、先輩のうしろに。・・・って言っても、あたしは笹本先輩と背の高さがあんまり変わらないから、隠れきれない。


「ああ、前川。土曜日って、いつもこんなに混んでるのか?」


前川先輩は戸口から中をのぞいてから答えた。


「ああ、いつもこのくらいかな。講習の空き時間に利用する生徒が多いから。笹本はテスト勉強?」


そう言いながら、ちらりとあたしを見る。


ああ、どうしよう?

きっと、誤解されちゃう・・・。


「そのつもりで来たんだけど。あ、この子、藤野茜ちゃん。野球部の藤野の妹さんで、うちの部の1年生。」


先輩?!

え、あの、そういう紹介って、あの?


「藤野の妹? へえ。」


「初めまして・・・。」


冷や汗が止まらない〜!


「茜ちゃん、前川は俺たちと同じ西中の出身だよ。中学のときは陸上部でずいぶん活躍してたんだけど、覚えてないかな?」


先輩のお友達の前で、 “茜ちゃん” って呼ばれちゃった・・・。


「す、すみません、あんまり・・・。」


もしかしたら記憶の片隅に残っているかもしれないけど、今の状況では思い出す余裕がありません!


「ははは。1年と3年だと、あんまり接点がないからな。じゃ。」


そう言って、前川先輩は図書室に入って行った。

あたしはタオルハンカチを出して、額の汗を拭く。


「どうする? このまま図書室でいい?」


それをあたしが決めるの?!


どうしたらいいんだろう?

図書室にいるのは3年生だよね?

笹本先輩は見られてもいいの?

でも、図書室じゃなかったらどこで?

まさか、先輩の家なんて・・・それは絶対に無理!


「はい。ここでいいです。」


そうだ。

笹本先輩は、そういうことに疎いんだった。

さっき、先輩は前川先輩に、平気な顔であたしのことを紹介した。

ってことは、見られても構わないってこと。

ただの “友達の妹” で “部活の後輩” なんだから。


気にしない、気にしない・・・。


笹本先輩がにっこりと笑う。


「じゃあ、今日もがんばろうね。」




一人だけしか座っていない6人机を見つけて、先客の対角線の位置に並んで席を取る。

落ち着かない気分で真ん中の席で荷物を出していると、左前にいた先輩が顔をあげてあたしたちを見た。


田所先輩だ!


来てるんだ、土曜日も。

そういえば早瀬が、お兄ちゃんたちの土曜日の情報はこの人から聞いたって言ってた・・・。


「昨日の続きからで大丈夫?」


昨日よりも小さい声。

まるで内緒話みたいに。

でも、近くに人がいるから、邪魔しないためにはしかたない。


「はい。」


だけど、周りの目が気になって、きのうよりもっと恥ずかしい!


教科書とノートを開きながら、さらに失敗に気付く。

きのうと逆に座ればよかった。

今日は、小さい声で話さなくちゃいけないから、余計に・・・。



先輩に解説してもらいながら、斜向かいに座っている田所先輩のことが気になってしまう。

あの事件から、今日で3日目。

教室ではどんな顔をしているの?

お兄ちゃんとは? 吉野先輩とは?


そんなことを考えて、集中が途切れてしまう。


それに、やっぱり笹本先輩との距離が・・・!


こんなふうに肩を寄せ合ってる後ろ姿って、どう見えてるんだろう?

小さい声でのやりとりって、みんなの想像をかきたてそう。

なんとなく、背中に視線を感じるような・・・。

先輩、まつ毛が長い・・・。


その度にドキンとして、集中しなくちゃと自分に言い聞かせる。


だけど・・・難しい!




何度目かの先輩とのやりとりのあと、カタン、という音に顔をあげると、田所先輩がガサガサと勉強道具を片付けて荷物を持って出て行った。


・・・え?

もしかして、あたしたちのせいかな?

すごく目障りだったとか?

どうしよう?!


そのあとを追うように、図書室のあちこちからガサガサ、ガタン、という音。


うそ?!

そんなに目立ってた?

そんなに目障りだった?


静かにではあるけど、みんながどんどん図書室から出ていく。


「あの・・・、先輩。」


英単語のテキストを見ている先輩に、おそるおそる声をかける。

そうしている間にも生徒は減って、残っているのはあたしたちのほかに3人だけ。


「・・・ん? どこ?」


笹本先輩がノートをのぞこうとする。


「あ、いえ、違います。あの、みんな出て行っちゃって・・・。」


「ああ。もうすぐ1時間目が終わるから。」


え?


「みんな、2時間目の講習に出るんだよ。早めに来て時間待ちをしてたってこと。」


と、先輩が言ったとたんにチャイムが。


「なんだ〜〜〜。」


ほっとして力が抜けた。


「どうしたの?」


「先輩とあたしが目障りだったのかと思って・・・、」


しまった!


「いえ、あの、声がうるさかったんじゃないかと。」


あれ?

先輩、笑ってる・・・?


「俺たちが仲良さそうに見えるから?」


先輩?!


やだ!

そんな!

どうして?!


先輩の質問が宙に浮く。

ちょっとからかうように微笑んで、あたしをまっすぐに見ている先輩。


「あ、あたし、ちょっとお手洗いに行って来ます。」


急いで席を立つ。

どうしたらいいのかわからない。


その言葉は・・・、その笑顔は・・・どう受け取ったらいいんですか?









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