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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第十一章 茜
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あれ? ちょっと・・・変?(1)



「茜ちゃん。」


事件の翌日、天文部に着くなり、心配顔の笹本先輩に話しかけられた。


「きのうは大変だったね。大丈夫だった?」


ああ。

吉野先輩のことを心配しているのか・・・。

連絡してあげればよかったかな。


「はい。あたしが帰ったときにはもう起き上がってましたし、一緒に夕食を食べてから、お兄ちゃんが送って行きました。」


「一緒に夕食・・・?」


「はい。うちの母が是非にって言って。」


「あの・・・早瀬くんも?」


「え? ええ。母が早瀬のことを気に入っちゃって。」


まったく、「おばさま」なんて呼ばれて舞い上がっちゃって、恥ずかしかったな・・・。


「そう・・・。」


あれ? 先輩、もしかしてショックを受けてる?

・・・しまった!

吉野先輩がうちでご飯食べたなんて、言っちゃいけなかったよ・・・。


「笹本先輩! ちょっと教えてほしいんですけど。」


奥の机からミュウたちに呼ばれて、笹本先輩がふらりとそっちへ向かう。

大丈夫かな?


「奈々。あたし、余計なこと言っちゃったみたい。」


言いながら隣にいる奈々を見たら、奈々は下を向いて・・・笑ってる?

あたし、笑うようなこと言ったっけ?


「・・・どうしたの?」


「なんでもない。吉野先輩、元気になってよかったよね。」


「うん。」


そういえば、笹本先輩、早瀬を知ってたみたいだけど・・・?

もしかしたら、前に奈々が先輩のことを話したときに、早瀬が会いに行ったのかも。

あれからずっと、先輩には変わった様子はなかったけど・・・。やっぱり大人だね、笹本先輩は。




奈々と健ちゃんには、きのうの夜に電話で事件の説明をした。

健ちゃんには早瀬から連絡してもらおうと思ったのに、早瀬は吉野先輩を送るから遅くなるという理由をつけて、あたしに押しつけた。

送るのはお兄ちゃんに任せておくことも・・・できないよね、早瀬には。あんなに心配してたんだから。


奈々は冷静に話を聞いて、田所先輩の計画の甘さを指摘した。

健ちゃんは、電話口で怒ったのなんのって!

大事な吉野先輩を傷つけるようなことをした田所先輩のことを、すごい勢いでののしった。

でも、全部吐き出したら機嫌が直ったらしくて、「じゃあね。」って言うときにはすっかり元気だった。


あたしたちの『守る会』は、いったん活動休止。

この会では吉野先輩を守りきることができなかった。

あたしたち、何の役にも立たないことをやっていたんだろうか・・・?




「わからないところはない?」


いつもの観測と記録の作業を笹本先輩が見回っている。


今度の中間テストが終わったら、部長は2年生の川村先輩に代わる。

笹本先輩の部長さんは今日で終わり。

夏休みの初めにある合宿までは、先輩たちは顔を出してくれるそうだけど・・・。


「あ、大丈夫だと思います。」


「あーちゃんがわからないのは数学だよね。」


横から奈々がからかう。


「やだ、奈々。今、言わなくてもいいじゃん。」


「茜ちゃんは数学が苦手なの?」


「そうなんです。中学のときからだよね?」


もう・・・、言わないでよ。

それに、どうしてあたしの代わりに答えるの?


「俺でよかったら、教えてあげようか?」


「え?!」


やだ!

そんな・・・。


「いえ、あのっ、大丈夫です。自分でなんとか。」


「遠慮しなくていいよ。俺、数学は得意だよ。明日から部活も休みになるし、放課後に一時間くらいなら。」


「あ、あの、でも、先輩は受験生だし、ご自分のお勉強が・・・。」


「高1の数学ならちょうど復習にもなりそうだからいいよ。窪田さんも一緒にどう?」


あ、奈々が一緒なら・・・。


「すみません。あたしは家庭教師が来るので帰らないと。」


うそ?!


「家庭教師?! そんなこと初めて聞いたよ?!」


「言ってなかったっけ? お母さんが妹のついでにって、今月から。」


「そう? じゃあ、茜ちゃん、明日から放課後に図書室で一時間でいい?」


え・・・?

やることに決まったの?


「・・・はあ。よろしくお願いします・・・。」


おかしいな?

どうして、こんなことになってるんだろう・・・?




次の日。6月8日、金曜日。


気後れしながら、放課後に一人で図書室に向かう。


笹本先輩に勉強を教えてもらうため・・・なんだけど、未だにどうしてこんなことになったのか、よくわからない。

たしかに、あたしは数学が苦手で、それを奈々があの場で言ったことが原因なんだけど・・・。


「先輩がわざわざ時間を割いてくれるんだから、さぼっちゃだめだよ。」


一緒にくっついて帰りたいあたしに、奈々は恐い顔をして言った。


ため息をつきながら廊下を歩く。


図書室って苦手なんだよね。

静かで、みんながちゃんと自分がすることをわかってて、みたいなところが。

自分が場違いな感じがするから。


入り口の戸をそっと開けて中を・・・。


「茜ちゃん。ちょうどよかった。」


後ろから声をかけられて、飛び上るほど驚いた。


「笹本先輩! どうも・・・。」


焦ってしまって、言葉がうまく出て来ない。


「さあ、時間がもったいないよ。」


笹本先輩に背中を押されながら中に入ると、手前に並んだ机では、すでに何人か勉強している人がいる。


「あそこがいいかな。」


先客たちとは少し離れた場所に決めて、2人ずつ向かい合わせの4人掛けの机に先輩が荷物を置く。


「ああ、こっちに座って。そっちだと声が届かないから。」


先輩の向かい側に座ろうとしたら、隣の席を指定された。

たしかに向かい側だと、身を乗り出すか、声を大きくしないと聞こえない。

でも、隣って・・・かなり仲良しに見えちゃうような気がするけど・・・。

いいのかな?


教科書の最初の方にある練習問題をやってみてと言われ、あたしは問題を睨む。


・・・おかしいな。

どうやるんだっけ?

あれ?

落ち着けば、きっと・・・。


やっぱりわからない!

どうしよう?

ただの計算問題なのに!

先輩に、ものすごく勉強のできない後輩だと思われちゃう!


パニックになりかけたところで、先輩の声が。


「忘れちゃったかな? 俺が先に解いてみるから見てて。」


先輩があたしのノートを引き寄せて、問題を解いていく。

素早いシャーペンの動きが、次々と数字や記号をノートに並べて。

解き方よりも、その速さに感動する。

それに、ほっそりした長い指がきれい・・・。


「ね? 思い出した?」


はっ!


しまった!

手の動きばかり見ていたから。

ええと・・・。


「ああ!」


思わず声を上げながら手を打ってしまい、静かにしなくちゃいけなかったんだと思い出す。


「はい。思い出しました。この法則を使うんですよね?」


今度は小さな声で。

ほっとした気分で先輩の方を向くと・・・、近いよ!

いつもの優しい笑顔でうなずく先輩と目が合って、一気に心拍数が跳ね上がる。



―― 今日は紺色のメガネだ。白いワイシャツには、この色が合うね・・・。



笹本先輩が不思議そうに首をかしげる。


やだ!

ぼーっと見ちゃったよ・・・。


「ええと、次のを解いてみます。」


急いでノートに向かう。

手は震えてない。大丈夫。

問題は・・・今のと同じ形式。


ってことは・・・。


「そう。正解。」


やった!


と思ったのと同時に、


ぽん。


え? 

頭に手が・・・なでられた?


あの・・・、ちょっと・・・、恥ずかしい・・・ですけど。


先輩の方を向くことができない〜!


「あのっ、じゃあ、次の問題、やってみますね。」


静かにしてよ、心臓!

ここは静かにしなくちゃいけない場所なんだから・・・。









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