狙いはぴいちゃんじゃなくて・・・。 ≪藤野 青≫(2)
「茜ちゃん。藤野くんは前から人気があるんだよ。」
ぴいちゃん?!
「あ、あの、吉野。そんなこと説明しなくても。」
「だって、ちゃんとわかってもらわないと。」
「いや、そんなこと、茜はわからなくてもいいから。」
止める俺を無視して、ぴいちゃんが茜に真面目な顔をして話し始める。
「去年もね、藤野くんに告白した女の子はいたんだよ。」
「ええ〜? 本当ですか?」
だから、茜! その態度はぴいちゃんに失礼だって!
「あたしが知ってるだけでも2人ね。もしかしたら、ほかにも・・・」
「いや! それ以上はいないから!」
ぴいちゃんが知ってる範囲で全部です!
「そう? まあ、告白はしないにしても、トイレとか更衣室とかで、藤野くんのことを話してる子は何人かいてね。」
知らないよ、そんなこと!
今さら言わなくてもいいのに・・・。
「へえ・・・。お兄ちゃんて、意外に人気があるんですね・・・。」
「そうだよ。バレンタインのチョコだって、あたしたち以外から7個も。」
ああ、もう・・・!
「俺は15個もらったけど。」
さりげなく目をそらしたまま、早瀬がぼそりとつぶやく。
「ほら、吉野。早瀬は15個だって。7個なんて、全然多くないじゃないか。」
「そう?」
「うーん、まあ、お兄ちゃんがそこそこ人気があるらしいことはわかりました。だけど、吉野先輩を傷つけるようなことをしてまで、お兄ちゃんの彼女になりたいなんて・・・。」
ようやく話が戻った・・・。
早瀬がやっと戻って来た自分の役割にため息をついたあと、気を取り直した様子で話し始めた。
「田所先輩は、1年のころから藤野先輩のことが好きだったって言ってたよ。それと・・・陽菜子と似てるって言われたことで、自分にも可能性があると思ったみたい。」
「ああ。ちょっと雰囲気が似てるって、奈々とあたしも思ったもんね。」
「全然、似てないよ。」
俺も、真面目そうなところが共通点だとは思ったことはあるけど、ぴいちゃんは他人の嫌がることは絶対にしない。
いつも誰かのために自分が我慢しようとして。
・・・そうだよ。
田所さんの行動に傷ついていても、それを隠したまま・・・。
ぴいちゃんに目を向けると、ぴいちゃんはぼんやりと前を見ていた。
疲れたんだろうか?
「・・・吉野。大丈夫か?」
「え? あ、うん。大丈夫。ちょっと、朱莉がかわいそうだな、と思って。」
「かわいそう? 怒らないの?」
早瀬が尋ねる。
「怒るっていうよりも、悲しいよ。仲良くなれたと思ったら、実はそうじゃなかった、なんて。悲しくて、傷ついた。」
うん。
そうだな。
ぴいちゃんなら、そうだね。
「俺、陽菜子の仇をとるよ。」
「響希。気持ちは嬉しいけど、そんなことする必要はないよ。」
「でも。」
「響希が何かしなくても、朱莉はこれからそんなに楽しい気分ではいられないと思う。」
「陽菜子と藤野先輩が、本当のことを知ってるから?」
「それを本人に言うつもりはないけど。」
そう言って俺を見たぴいちゃんにうなずき返す。
「言わなくても、うしろめたい気持ちが朱莉の中には残ると思う。あたしたちが知らないと思っていても、八木くんが同じクラスにいて、いつ話されるかわからないから、心が休まらないよ、きっと。」
淋しそうに微笑んで、ぴいちゃんが続ける。
「朱莉はそんなに藤野くんが好きだったんだね。でも、あんな方法を取ったから、藤野くんの信用も失くしちゃったね。」
どんな方法を取られても、俺の気持ちは変わらないけど。
「ねえ、響希。仕返しをするって、また恨みを積み重ねるだけみたいな気がするよ。そんなこと、きりがないし、悲しいよ。だから響希も、朱莉のことはこのまま放っておきなさい。部活で会ったときに知らないふりをするのも、けっこう楽しいかもしれないよ。ね?」
恨みを積み重ねるだけ・・・。
そんなことしていたら、行き着く先は・・・?
「あ、そうだ! あたし、お夕飯のお手伝いして来る。」
「え? いいよ、そんな・・・。」
そう言う間にも、ぴいちゃんは立ち上がっている。
「陽菜子が行くなら、俺も。」
え?!
「早瀬、料理なんかできないじゃないか。」
「大丈夫だよ。包丁を使わない手伝いもあるんだから。」
「そうだよね。響希はいつも、うちでお皿出したりしてたもんね。」
また・・・。
ぴいちゃんと早瀬の絆・・・。
「じゃあ、俺も行く。」
「え? お兄ちゃんが?」
「なんだよ。俺、たまに手伝わされてるぞ。味噌汁くらいなら、なんとか・・・。」
「味は保証できないけどね。しょうがないなあ。お兄ちゃんがやるなら、あたしも行かなくちゃいけないじゃん。」
全員が立ち上がると、何となく落ち着かない。
ぴいちゃんが笑いながら言う。
「藤野くんと茜ちゃんはいいよ。急にお邪魔しちゃったあたしたちが行くから。ね、響希。」
「うん。」
ぴいちゃんが早瀬を連れて部屋を出ていく。
「茜。着替えるから、早く出て行け。」
「お兄ちゃん、手伝いに行くの?」
「当たり前だ。」
早瀬とぴいちゃんの邪魔をしてやる!
ダイニングキッチンは母親と俺たち4人がウロウロするとちょっと狭かった。
ぴいちゃんがおもに母親の助手をして、あとの3人が割り振られた仕事をする。
メニューは串カツ。
うちの串カツは、1本の串に肉と野菜を並べて刺したものに衣をつけて、短めのバーべキューみたいな状態で揚げる。
ごろごろと切ったナスや玉ねぎ、しいたけ、アスパラ、ピーマン、肉を、刺す係から衣をつける係へと3人でリレーする。
その横で、ぴいちゃんがキャベツを千切りにしている。
母親は俺たちの前に座って、指示を出すだけ。
ぴいちゃんと早瀬は、母親のことを「おばさま」なんて呼んでいて、それを聞くたびに茜と俺はこっそり笑った。
できあがった串は30本もあって、全部が揚がったときには、あと何人かお客が増えても大丈夫なほど。
・・・と思ったけど、賑やかに食べる食事はみんな箸が進んで、残業で遅くなる父親の分しか残らなかった。
「陽菜子ちゃんが青のことを『藤野くん』って言うのを聞いてたら、結婚前のことを思い出しちゃった。あたしもお父さんのことを『藤野くん』って呼んでたから。」
うわ。
母さん、やめてくれよ・・・。
「なんだか、お父さんのことを呼ばれてるみたいな気がするなあ。何となく変な感じなんだよね。」
「あの、すみません・・・。」
ぴいちゃん、ごめん。
こんな母親のことを謝らなくちゃいけないのは、俺だよ。
「ねえ、陽菜子ちゃん、青のこと、名前で呼んでみない?」
「母さん?!」
「あら、だって、いいじゃない? 早瀬くんのことは『響希』って呼んでるんだし。ねえ、ちょっと呼んでみて。」
ぴいちゃんがたちまち真っ赤になってしまった。(たぶん、俺も。)
持っていた箸を両手でもじもじと動かしながら、俺と母親の顔を交互に見る。
その表情が俺に助けを求めている。
「か、母さん。そんなこと、いきなり言っても無理だよ。」
早瀬が俺を睨んでる。
俺が言わせたわけじゃないのに!
茜は呆れた顔をして母親を見ている。
見てるだけじゃなくて、一言、母親に注意してくれないかな・・・。
「うーん。やっぱり無理か・・・。」
「当たり前だよ!」
びっくりした。
本当に、何を言い出すかわかったもんじゃない。
初めの予定どおり、ぴいちゃんの家まで送って行った。
彼女は遠慮したけど、俺は一分でも一秒でも長く、ぴいちゃんと一緒にいたかったから。
・・・だけど。
早瀬も一緒。
あいつも絶対に行くと言い張った。
夜の下り電車は思いのほか混んでいて、やっぱり一緒に来てよかったと思った。
ぴいちゃんは俺と早瀬に両側からかばうように立たれて、かなり恥ずかしそうにしていたけど。
改札まででいいというぴいちゃんを押し切って、家まで送る。
暗い道を3人で歩きながら、 “早瀬さえいなければ” と、あれこれ考えてしまう。早瀬も同じように思っているのかも・・・。
ぴいちゃんの家に着いたのは9時近くだった。
家族全員が玄関に出てきてくれて、あいさつを交わす声が賑やかになる。
「今日は本当にお世話になりました。」
早瀬が真悟くんと話している間に、ぴいちゃんが丁寧に頭を下げてくれた。
「いいよ。べつにたいしたことしてないから。」
お礼ももらったし♪
キスの感触を思い出してちょっとドキドキしている俺に、ぴいちゃんが耳もとでささやいた。
「ありがとう・・・、青くん。」
・・・帰りの電車内で、ポーカーフェイスを貫けるだろうか?
とりあえず一件落着です。
思ったよりもここまでが長くなってしまいました。
次からは茜ちゃんメインのおはなしに入ります。