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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第一章 茜
7/95

吉野先輩はお兄ちゃんの彼女だよ!(7)



4月11日、水曜日。


早瀬ににらまれて過ごすのはもう慣れた。

理由はわかったし、わかってみると、ちょっと気の毒ではある。

でも、不愉快なことには変わりない。


今日の部活のときに、吉野先輩が、早瀬のことを説明してくれるって言ってた。

お兄ちゃんは知ってるんだろうか?




授業が終わり、奈々と2人でいそいそと第一理科室へ向かう。


そういえば、お兄ちゃんは今ごろ吉野先輩とお話ししてるかな?

学校では部活に行く前に話すくらいだって、長谷川先輩が言ってたけど・・・。


理科室に着いてみると、一番乗りみたい。

引き戸を開けて、電気の点いていない室内に入ろうとしたところで、うしろから声が。


「あれ? もう来てるの? 鍵開いてる?」


吉野先輩?!


え?

だって、さっき終わったばっかりですよね?

ええと、お兄ちゃんは・・・?


「せ、先輩、早いですね・・・。」


「うん。1年生が来る前に鍵が開いてないといけないと思って、急いで来たの。でも、開いてたね。よかった。」


あたしたちのためなんですね?

そのために、お兄ちゃんとのおしゃべりの時間が・・・。


「鍵開けって、お当番とかあるんですか?」


奈々が先輩に尋ねる。


「ううん。別にそういうのはないよ。最初に来た人が、開いてなかったら取りに行くだけ。」


「じゃあ、教えていただければ、これからはあたしたちも。」


「ありがとう。今日の帰りに鍵を戻しに行くときに教えるね。」


そう言ってにっこり笑う吉野先輩は、かわいいだけじゃなくて、素敵な人だ。

後輩が困るかもしれないって気付いて、誰がやってもいい、必要かどうかわからないことのために、急いで来てくれた。

(しかも、彼氏であるお兄ちゃんよりも、あたしたちを優先にして。)

ほんのささいなことかもしれないけど、そういうことを笑顔でできる吉野先輩って、かっこいい。


だけど・・・お兄ちゃんとは大丈夫ですか?




次々と部員がやって来るので、吉野先輩から早瀬のことを話してもらうタイミングがなかなかとれなかった。

みんなで毎日の観測と記録をしているあいだ、あたしは笹本先輩をそれとなく観察する。


吉野先輩のことを「ぴいちゃん」って呼ぶのは3年生全員。笹本先輩だけが特別なわけじゃない。

でも・・・。

笹本先輩が吉野先輩を見ている様子がどうしても気になる!


笑顔が優しすぎないだろうか?

「気をつけて。」って言う回数が多いんじゃないだろうか?

吉野先輩の隣にいる確率が高いような気がするけど?


吉野先輩は・・・?


特に何も感じてないみたい。

ほかの男子の先輩たちと同じように話してる。

でも・・・絶対に、お兄ちゃんとよりも会話が多いに違いない!


なんだか心配・・・。




ひと段落したときに、吉野先輩があたしと奈々をはじっこの机に呼んだ。


「響希のことなんだけど。」


ちょっと小さめの声で話し始める。


「あの子はね、赤ちゃんのころから一緒に育ったようなものでね。」


「そんなに昔からなんですか?」


「そうなの。うちが去年まで住んでいた家のお隣に住んでるの。」


へえ・・・。

幼馴染も筋金入りだ。


「あたしの弟が響希と同じ年に生まれてて、親同士も仲が良くてね。響希のご両親はクラシックの演奏家でオーケストラに所属してるから、夜に家を空けることが多いの。だから、響希はうちで真悟・・・ってうちの弟なんだけど、と双子みたいに育ったの。引っ越した今でも、うちでは家族同然なの。」


ふうん。

家族同然か。


「響希は今ではあんなふうに生意気な口を利くけど、昔からさびしがり屋でね、うちに来ているときもちょっと一人になると、誰かを探して泣いてたんだよ。やっぱり自分のご両親と一緒にいられないから、不安だったんだと思う。」


そんな話を聞くと、早瀬のことがかわいそうになってくるなぁ。


「大きな声では泣かないんだけど、あたしは学校に上がる前から『あ、また泣いてるな』みたいな勘が働くときがあって、家じゅうを見て回ってよく見つけたの。」


吉野先輩って、子どものころから誰かのことを心配していたんですね・・・。


「そうすると、昨日の朝みたいに抱きついて、たくさん泣いてね、あたしが『大丈夫だよ』ってなぐさめて元気になってたんだよ。」


それはまさに姉弟そのものって感じですけど・・・、まさか、昨日のもその延長だと?


「そのころからずっと、響希はあたしに会うと、まずは抱っこでね。」


ちょっと待ってください、先輩?

今は高校生ですよ?

しかも、あれを「抱っこ」って言うんですか?


「引っ越してからしばらく会わないうちに響希の背が伸びて逆転しちゃったんだけど、あの子がやってることは母親に甘えてるのと同じなの。『結婚する』っていうのも、子どもがお母さんに言うのと同じ。しばらく前から、外ではやめなさいって言ってるんだけど、どうしても習慣が抜けないみたいで。」


“習慣” ではないと思いますよ・・・。

たぶん、 “愛情表現” なのは間違いないでしょうけど、意味が・・・。


「あの、いつから結婚するなんてこと・・・?」


「小さいころから言ってるよ。一時期、反抗期だったのか言わなかったころもあったけど、この2、3年また始まったよね。」


先輩!

それって、小さいころとは違うと思いませんか?!


「響希はね、隠そうとしてるけど、今でも一人になるのが不安なんだよ。だからああやって、毎朝あたしのところに来て、今日も大丈夫か確かめてるんだと思う。きっと、学校に慣れたら来なくなると思うな。」


そうだといいんですけど。


先輩の無邪気な顔を見ていると、逆に不安が大きくなってくる。

早瀬が、先輩のこの無邪気さにつけ込んでいるように感じるから。


「ぴいちゃん。ちょっと手伝ってくれる?」


笹本先輩が呼んでる。


「あ、はい。どれ?」


そう言って立ち上がりながら、


「茜ちゃんと奈々ちゃんも、あたしのことは気にしないで、響希と仲良くなっていいからね。」


と、意味ありげな含み笑いをした。

もしかして、あたしたちが早瀬に興味があるって誤解してます?

そんな素振り、どこでも見せた覚えはありませんけど?




今日も牧村先輩はサボりで、帰りは4人。

今日は笹本先輩が吉野先輩とたくさんおしゃべりしていて、奈々とあたしは割り込みにくい。

あたしたちが入る前は、いつもこんなふうだったんだな・・・。


「吉野先輩は笹本先輩と仲がいいんですね。」


笹本先輩と奈々とサヨナラしたあと、吉野先輩にちょっと意地悪な口調で言ってしまった。

だって・・・、お兄ちゃんのことは?


「そうかな? まあ、笹本くんとは入学以来の仲間だから。」


「でも、お兄ちゃんとは?」


「え?! 藤野くん? あ、あの、藤野くんは、その。」


あ、わかりました。

そんなに真っ赤になられたら、あたしまで恥ずかしいです。

恥ずかしがり屋のうえにウソがつけない先輩に、こんなこと訊いちゃいけませんでしたね!


「すみません! いきなり変なこと訊いちゃって。吉野先輩の気持ちはよくわかりましたから。」


それに、疑っちゃってごめんなさい!

先輩が誰と仲良くしていても、お兄ちゃんだけが特別だってことはよーくわかりました!




夜、奈々に電話をかけた。


「奈々、吉野先輩から聞いた早瀬の話、どう思う?」


『吉野先輩って、ニブい。』


「やっぱり?」


『あたし、早瀬くんはけっこう本気だと思う。』


「そうだよね。あんなふうに人前で宣言するんだから。長谷川先輩が、吉野先輩は恋愛ごとを自分にあてはめて考えたことがないって言ってたよ。」


『ああ、それってわかるかも。要するに、自分にそういうことが起こるわけがないってことだよね。』


「お兄ちゃんのことがあったのに・・・。」


『お兄さんのことがあったから余計、じゃないの? そんなに何人もいるわけないって。』


「・・・奈々。笹本先輩とはどんな感じ?」


『えっ? まだわかんないよ。いつも笑顔だし、やさしいけど、あたしよりも吉野先輩と話してる方が多いから。』


「吉野先輩と?」


『あーちゃん、気付かない? それに笹本先輩って、吉野先輩にはすごくやさしい言い方するよ。』


「それって・・・。」


『たぶん、笹本先輩は吉野先輩のことが好きなんだと思う。』


奈々もそう思うのか・・・。

入部してから、奈々はずっと笹本先輩のそばにくっついてるもんね。


「ねえ、奈々。あたし決めた。」


『何を?』


「吉野先輩を守る。」


『え? 何から?』


「早瀬と笹本先輩の魔の手から。」


笹本先輩を “魔” 扱いするのは申し訳ないけど、吉野先輩はお兄ちゃんの彼女なんだから!


「奈々も協力して。」


『は?』


「だって、吉野先輩がお兄ちゃんを好きなのは間違いないし、笹本先輩が奈々を好きになってくれれば円満に解決でしょ?」


『おお! そうだね! つまり、あーちゃんはあたしと笹本先輩のこと、協力してくれるってことだね? それにしても、あーちゃんってそんなにお兄さん思いだったっけ?』


「うーん、まあ、お兄ちゃんのことでもあるけど、あたしは吉野先輩に幸せでいてほしいんだよ。」


『ああ、あたしもわかるな、その気持ち。吉野先輩っていつもは落ち着いてるのに、あーちゃんのお兄さんのことになると、ものすごく動揺しちゃうもんね。本当に好きなんだなーって思っちゃう。そうだよね。あの二人の仲を邪魔させちゃいけないよね。』


「そうだよ! だから、あたしたちで先輩を守ってあげなくちゃ。」


『うん、わかった。あたしたち二人で『吉野先輩を守る会』だね。よーし、明日からがんばろう! あ、会長はあーちゃんだよ。言い出したんだから。』


別に会の名前までつけなくてもよかったんだけど・・・。

まあ、いいか。









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