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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第九章 藤野 青
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ぴいちゃんを守りたいのに・・・。(8)


家に着いて、ぴいちゃんには玄関の中で待っていてもらうことにした。

母親に声をかけながら奥へ進むと、雑誌を読みながら、ダイニングでおやつを食べている。


「どうしたの、こんなに早く? 試験前一週間って、あさってからじゃなかったっけ?」


「ええと、ちょっと・・・。」


いざとなると言い出しにくいな・・・。


「何? 学校から親に呼び出しとか来てるの?」


「いや、そうじゃなくて、ちょっと友達が具合が悪くて・・・。」


要領を得ない俺の説明に眉をひそめる母親。


しっかりしろ!

これくらいのことが言えなくてどうするんだ!


「友達が具合が悪くなったから寄ってもらった。俺の部屋で少し休ませるから。」


よし!


「友達? どこ?」


母親が俺の後ろをのぞき込む。


「え? 玄関で待って・・・、」


「ばかね! 具合が悪いんなら、すぐに入ってもらわなくちゃ可哀そうじゃないの!」


そう言いながら俺を睨んで、さっさと立ち上がると玄関に向かう。


「あの、母さん。」


ぴいちゃんだって言ってないんだけど。


慌ててあとを追う。


「あら?!」


玄関にいるのが女の子だと気付いて、母親が驚いて立ち止まる。

その母親に向かって、ぴいちゃんが丁寧に頭を下げた。


「初めまして。吉野陽菜子です。突然お邪魔してすみません。」


それから。

ぴいちゃんがくたくたと倒れてしまった・・・。




人が気を失うところを見たのは俺も母親も初めてで驚いたけど、ちゃんと呼吸をしていたからほっとした。


リビングのソファに寝かせる案は、起きたあとに話をすることを考えて断り、ぴいちゃんを抱き上げて、2階の俺の部屋まで運んだ。

母親の手前、平気な顔をしていたものの、本当のことを言うと、予想以上に大変な作業だった。

ぴいちゃんは小柄でそれほど重くはなかったけど、階段の幅が狭いし、落ちないようにうまく抱き上げるのが難しくて。


母親にここまで来るあいだのぴいちゃんの様子を話すと、


「緊張で疲れちゃったのね。しかも、あんなところで待たせたりして、気が利かないんだから。目を覚ましたらお茶を入れてあげるから言いなさい。」


と言われた。

それと、もうひと言。


「偶然だけどね、今日、青の部屋に掃除機かけておいたから。」


感謝します・・・。





俺のベッドで眠っているぴいちゃん。


静かな寝顔を見ていたら、安堵の気持ちが湧きあがってきた。

ここは、彼女にとって安全な場所だ。

ここにいる間は、誰もぴいちゃんを傷つけることはできない。


ベッドの横に座って、右手の指の背で、ぴいちゃんの額をそっとなでてみる。

指先に彼女の髪が触れる。


何が彼女をあんなに悲しませたんだろう?

何が・・・誰が?


話してほしい。


全部話して、ぴいちゃんの悲しみを取り除くことを、俺に手伝わせてほしい。

それができないなら・・・俺は何のためにぴいちゃんのそばにいるんだ?


(ぴいちゃん。)


声を出さずに呼んでみる。


右手を彼女の頬に当てると、少し身じろぎして、かすかに微笑んだ。


―― 俺が与えられる安心?

彼女にとって、どれほどの価値があるんだろう?



俺がぴいちゃんからもらっているものは、たくさんある。


元気。癒し。笑い。勇気。励まし。正しいことを見極めようとする目。

もっともっと、いろんなもの。

毎日の生活に欠かせないもの。


だけど、俺がぴいちゃんに与えられるのは愛情だけだ。

・・・量だけはたくさんあるけれど。



ぴいちゃん。


俺はぴいちゃんのために何か役に立っている?

俺はちゃんと、ぴいちゃんを支えることができている?


いつも守りたいと思っているのに、今回はそれができなかった。

田所さんのことでイライラして、ぴいちゃんから目を離してしまった。

そのうえ、緊張させて、こんなことに・・・。


「ぴいちゃん、ごめん。」


俺の言葉に応えるように、ぴいちゃんが目を開けた。

俺を見るとゆっくりと微笑んで、彼女の頬に当てていた俺の右手を両手で包みこむ。

・・・俺を気遣っている? そんな状態なのに?


「ごめん・・・。」


「どうして謝るの? 藤野くんは、いつもあたしのことを心配してくれているのに。」


「でも、」


「今日だって、あたしのために野球部の練習を休んでくれたでしょう? 部長さんなのに。」


「だけど、失敗ばっかりだよ。」


「失敗? そうなの?」


「そうだよ。今だって・・・。」


ぴいちゃんが優しく微笑む。


「ほら、そんなふうに、俺はぴいちゃんに慰められてばっかりで・・・。」


何もできないことが情けなくて下を向いてしまう。


俺の右手を握る手に少し力が込められて、ぴいちゃんが・・・指先をそっと唇にあてる。


「あたしは藤野くんが心配してくれるっていうことだけで嬉しいよ。」


「・・・心配するだけで?」


「うん。」


「・・・失敗しても?」


「うん。失敗しても、そばにいてくれればいいよ。そうすれば、あたしにとっては失敗じゃないから。」


ぴいちゃん・・・。


「大好きな人がそばにいてくれるだけで十分なの。」


のどに何かがつかえたようになって、無理に何かを言ったら涙が出そうで・・・、枕の上の青白い顔で微笑む彼女をただ見つめることしかできない。

そんな俺を見ながら、ぴいちゃんは満足そうにため息をつく。



こんな彼女がいるなんて、俺は幸せ者だ。

俺も、ぴいちゃんのために頑張らなくちゃ。

ぴいちゃんが俺を頼りにしてくれるように。


俺を頼りに・・・。



ぴいちゃんは話してくれるだろうか?


「・・・昼休みに、何があったのか話してくれる?」


俺の問いに、さっと彼女の表情が怯えるように変化する。

口を引き結んだかと思うと、俺の手から手を離し、掛けてあった肌掛け布団をおでこまで引き上げてしまった。


・・・拒否か。


軽くため息が出た。

少しは予想していたけど、やっぱり悲しい。

でも。


この布団、俺のなんだけど・・・。

夜、ぴいちゃんのこの状態を思い出したら、眠れなくなっちゃうかも・・・。


じゃなくて!

今はそんなことを考えてる場合じゃない!


「ぴいちゃん。俺は頼りにならないかな?」


そう言うと、彼女は少しだけ布団を下げて、俺を見ながら首を横に振った。


「俺はぴいちゃんが悲しいなら、それを取り除いてあげたいと思ってる。全部は無理でも、半分は一緒に背負うよ。だから・・・。」


話してほしい。


ぴいちゃんは少しの間、布団の隙間から、困ったような顔をして俺の顔をじいっと見ていた。

それから、仰向けになって両腕を出すと、ぽん、と布団を叩く。

ゆっくりと目を閉じ、大きく息を吸ってゆっくりと吐いてから、目を開ける。

まばたき3つ。


「本当は話したくないんだけど。」


困った顔で俺を見ながら、ぴいちゃんが言う。


「思い出すと辛い?」


その言葉だけで、また泣きそうになるぴいちゃん。

目を閉じて、涙をやり過ごしている?


「それもあるけど・・・、藤野くんに聞かせたくない部分もあるの。あまりにも酷いことだから。」


俺に聞かせたくない?


「だから、あんなに何度も『大丈夫』って、隠そうとした?」


「うん・・・。でも、話さないと、藤野くんはもっと心配する?」


「うん。」


「・・・じゃあ、話す。それに・・・もしかしたら、話さないと、ずっと記憶に沁み込んで残っちゃうかもしれないな。それもきっと、辛いかも。明日も学校には行かなくちゃならないし・・・。怒らないで聞いてくれる?」


「俺がぴいちゃんのことを怒るわけが・・・。」


「違うの。あたしのことじゃなくて。」


俺に聞かせたくないことをした相手を・・・なのか?


「それは、話を聞いてから判断する。」


ぴいちゃんは軽くため息をついた。


「そうだよね・・・。」









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