ぴいちゃんを守りたいのに・・・。(6)
6月6日、水曜日。
先週から制服の上着がいらなくなっているので、教室の景色が白っぽくて明るい。
男は半袖のポロシャツかワイシャツ姿、女子はワイシャツの上にセーターやベストを着ている。
ぴいちゃんも去年と同じように白いニットベスト姿がさわやかだ。
席替えから一週間。
八木については席替えの効果がすごく大きくて、休み時間や教室の移動で、八木がぴいちゃんと一緒にいる回数が大幅に減った。
そのかわり、ぴいちゃんは間宮や東に囲まれて、ときどき困った顔をしているけど。
朝は相変わらずのようで、俺が教室に行く途中で早瀬に会うこともやっぱりある。この件に関しては、早瀬の方が俺よりも頑張っている。
田所さんについては、努力はしている。
教室の移動のときに「行こう」と言われても、「先に行ってて。」と言うことにした。
ぴいちゃんと話しているときに、気になることを言われたら、黙っていないで切り返すようにしている。気が利いた言葉が浮かんでくることは少ないけど。
田所さんの席がすぐ前だから、授業中に話しかけられると逃げ場がない。でも、なるべく授業に集中しているふりをしてやり過ごすことにしている。
ただ、田所さんがぴいちゃんと仲がいいことはどうしようもない。
休み時間にぴいちゃんのそばに田所さんがいるときは、長谷川は近付かない。
そういうときは、たいてい廊下や田所さんの席(つまり、俺の席の前)で話しているから、東たちがいなくて八木がやって来る。
八木がいると心配だから、俺もそこにいる。
そうすると、田所さんが例の図々しい冗談を口にする。(言われたままではいないようにしているけど。)
けっこう緊張感のある毎日が続いている。
ちょっと疲れてしまった。
少し、のんびりしたいな・・・。
そうだ。
図書室なら、昼休みでものんびりできるな。
ぴいちゃんもしょっちゅう行ってるし。
そういえば、最近、茜は笹本のことを言わなくなったな。
飽きたのか?
それとも、ぴいちゃんの目論見どおり、笹本とうまくいったんだろうか?
その辺も、図書室で訊いてみよう。
4時間目が終わって、弁当の前に手を洗いに教室を出たぴいちゃんに追いついて、
「弁当のあと、図書室で待ってる。」
と言うと、彼女は恥ずかしそうに微笑んでうなずいた。
これで二人の時間がとれる。
もっと早く思い付けばよかった!
長谷川やほかのクラスメイトと食事中のぴいちゃんを残して、先に図書室へ。
静けさが心地いい。
生徒は何人かいるけれど、みんなそれぞれに自分の目的があるらしい。・・・昼寝も含めて。
誰も、他人の領域に踏み込まない。
ちょっと遠めの距離感。
ぼんやり座っているのもみっともないような気がして、いつものぴいちゃんの真似をして、本棚の間をめぐってみる。
本棚の側面にある本の種類を見ながら、のんびりと進む。
歴史とか科学とか、勉強に関係のある本があるのは当然だと思っていたけど、スポーツやアニメ、料理の本もある。雑誌もいくつか。
あらゆるジャンルの本があるような気がして、なんだか、図書室を利用しないと損をしているような気がしてきた。
スポーツ関係の雑誌を持って、出入口が見える机へ。
ぴいちゃんももうすぐ来るだろう。
・・・・ところが。
いくら待っても、ぴいちゃんが来ない。
時計を見るのは何度め?
5時間目の予鈴まで、あと10分を切った。
携帯にメールも来ていない。
忘れてる? ・・・まさか。
彼女にかぎって、そんなことは。
何かあったんだろうか?
探しに行った方がいいかな?
でも、行き違いになるかも。
考えることは全部堂々巡り。
あと7分。
なんとなく胸騒ぎがする。
やっぱり、探しに行こう。
雑誌を戻して出入口に向かう・・・と。
そろそろと開けられた戸口にぴいちゃんの姿。
・・・よかった。
急ぎ足で近付いて、小声で話しかけようとしたとたん、言葉が消える。
どうしたんだ?!
血の気のない顔。
俺を見てほっとした表情をしてすぐに、悲しそうな暗い色に変わった瞳。
何か言おうと開いた唇は、そのままきつく結ばれた。
「どうした?!」
開けた戸にかけているぴいちゃんの手の指先が白い。
戸にきつくつかまっているからだ。
立っていられないほど辛いのか?
具合が悪いんだろうか?
そのまま彼女の手をとって、一番近くの椅子に座らせる。
手が冷たい。
それに・・・肩がかすかに震えている。
「あの・・・遅くなってごめんね。」
謝りながら無理に微笑もうとするぴいちゃんに、胸が痛くなる。
「どこか、具合がわるいのか? 保健室へ・・・。」
「違う。大丈夫。」
「大丈夫じゃないよ。立っていられないじゃないか。」
「平気。次・・・、体育だから、もう行かないと。」
「見学にしたら? でなければ、やっぱり保健室に。」
ぴいちゃんが軽く深呼吸をして、さっきより落ち着いた表情で微笑んだ。
でも、顔色はやっぱり悪いし、その微笑みは辛そうだ。
「もう大丈夫。行こう?」
そう言って立ち上がるぴいちゃん。
これ以上、俺が言っても無駄か?
教室に向かいながら、ときおりふらつく彼女を支えようと手を出すたびに、
「大丈夫。」
と、微笑みながら押し戻される。
こんな状態でも、見られるのが恥ずかしいんだろうか?
倒れるんじゃないかとハラハラしながら教室に着くと、ちょうど長谷川が出てきた。
「吉野が具合が悪そうなんだ。」
「え? さっきまでは元気だったのに?」
長谷川が不思議そうな顔をする。
「5時間目の体育に出るって言い張ってるから、様子を見てて欲しいんだけど。」
「うん。もちろんだよ。じゃあ。」
長谷川がぴいちゃんと一緒に行ってくれて、もしかしたら、女子同士の方がいいのかもしれないと思い付いた。
俺たちにはわからないこともあるし・・・。
体育が終わって戻ってきたぴいちゃんは、だいぶ落ち着いてはいたものの、やっぱり具合が悪そうだった。
それなのに、心配する俺に「大丈夫。」と微笑もうとする。
「本人は、体調は悪くないって言ってる。」
ぴいちゃんを席に座らせて、長谷川が俺にささやく。
「あの・・・、せ、生理痛とか。」
訊きにくいけど、心配だし。
「ああ、それは違う。先週だったから。」
あ、そうなんだ・・・。
「お弁当を食べてたときのことを思い出してみても、いつもと変わりなかったし、逆に楽しそうに教室から出て行ったんだよ。」
「それ、何時ごろ?」
「お昼休みがあと20分くらい残ってたと思う。ちょうどそんな話をしたから。」
20分。
ぴいちゃんが図書室に来たのは残り5分くらいのころだ。
その間に何かあったんだ・・・。
体調が悪くないのなら、精神的に何かショックを受けるようなこと?
あんなになってしまうなんて、本当に、いったい何があったんだろう?
先に図書室に行ってたりするんじゃなかった!