ぴいちゃんを守りたいのに・・・。(5)
映司と話したときには簡単に思えたけれど、長谷川に八木のことを言い出すタイミングが見つからないまま、もう5月も明日で終わる。
とりあえず、状況が悪化していないことだけはよかった。・・・状況そのものは、よくないけど。
ようやく、休み時間に廊下を一人で歩いていた長谷川を見つけ、教室に入る前につかまえる。
「八木?」
俺が、ぴいちゃんといるときの八木の様子をどう思うか尋ねると、長谷川は眉間にしわをよせて俺を見る。
「どうして、そんなこと訊くの? ぴいちゃんのこと、信じられないの?」
「吉野を疑ってなんかいないよ。ただ、何となく心配なんだ。このままにしておいたら、吉野が傷つくような気がして。」
「傷つく?」
どう説明したらいいんだろう?
「吉野が本当に八木と友達のつもりでいるのはわかってる。だけど、八木は?」
「・・・藤野には、八木がそうじゃないって思えるわけ?」
「うん。」
「あたしはそんなふうに考えたことなかったけど・・・、だからなのかな?」
「何が?」
「朝、響希がなかなか帰らないのは。」
早瀬が?
長谷川は考え込むような様子で、俺に話してくれた。
「朝、響希がぴいちゃんに会いに来るのは知ってるよね?」
「うん。」
「前はあたしの顔を見ると、話もしないうちに慌てて帰っていたんだけど、最近はいつまでもぐずぐずしてるんだよね。」
「それが八木と・・・?」
「八木は最近、あたしより早く学校に来てるんだよ。で、廊下でぴいちゃんと響希と一緒にしゃべってるの。」
それで、朝、あいつと廊下でときどき会うんだな!
早瀬のヤツ、ちゃんとぴいちゃんを守ってたんだ。
「わかった。藤野と響希の二人が心配してるなら、あたしも少し気をつけて見てることにする。」
よかった!
「だけどね、」
長谷川が軽く俺を睨む。
「藤野は朱莉のこと、なんとかしなさいよ! 今のままじゃ、自分がぴいちゃんを傷つけることになるよ!」
・・・はい。わかりました。
長谷川に田所さんのことを指摘されて、周りにもわかるような状態になっていることに改めて気付いた。
なるべく田所さんと二人にならないように気をつけてはいるけれど、誰かほかに一緒にいたって、田所さんがいつも俺の横にいたら意味がない。
うっかりしていると、 “俺と田所さん” + “誰か” という図式ができあがってしまう。
一番いいのは八木と田所さんから逃れて、俺がぴいちゃんといつも一緒にいることなんだけど、俺が要領が悪いのか、あの二人が素早いのか、なかなかうまくいかない。結局、4人でいることが多い。
・・・で、田所さんの図々しい冗談を聞かされる。
最近はイライラしてしまうことが多い。
もうそろそろ限界かもしれない。
帰りのHRのあと、いきなり女子の何人かから「席替えしたーい。」と声があがった。
急だな、と思っていたら、長谷川が得意気な顔をして、小声で話しかけてきた。
「見なさいよ。あたしの手際の良さ。」
え?
「とりあえず、八木とぴいちゃんの席を離したらどうかと思って。休み時間に女子の間で席替えの話題を出してみたんだ。」
・・・さすが。
考えることがちょっと違う。
話題を出す相手も、間違いなかったみたいだ。
担任が自分たちでやっていいと言い、言い出した女子が中心になって、大急ぎでくじを引いて移動。
ぴいちゃんは教室の真ん中あたりの席になり、八木は廊下側の一番前。これくらい離れていれば十分。
しかも、ぴいちゃんの右から前を囲むように、根岸、間宮、東と並んでいる。
普段なら、女子に気安く話しかけるこの3人がぴいちゃんの近くにいたら心配になるけれど、八木に対しては鉄壁の守りになりそうだ。
それに、長谷川がぴいちゃんの後ろにいるから、ぴいちゃんが困ったときには助けを求めることができる。
俺は廊下側の一番うしろ。ぴいちゃんからは遠い。
そのうえ、田所さんが俺の前。・・・憂うつ。
でも!
ぴいちゃんが八木と離れたってことだけでもOKだ!
机を動かしたあと、ぴいちゃんの席に行ってみる。
席替えをしたせいで部活まであまり時間がない中、根岸と間宮と東がぴいちゃんと長谷川を囲んで話している。
やっぱり、八木よりずっと安心だ・・・。
ぴいちゃんは長谷川に付き添われて、礼儀正しく3人に笑顔で応えていた。
俺が近付くのに気付いて、ぴいちゃんがはにかんだ笑顔を向けてくる。
根岸たちの前で、俺と仲良くするのが今でも恥ずかしいんだ。
「吉野のこと、おどかすなよ。」
根岸たちに向かって言うと、ぴいちゃんの隣で長谷川が笑って言う。
「大丈夫。ぴいちゃんもすぐに慣れるから。逆に、みんなの方がぴいちゃんのことを恐がるようになるかもよ。」
「まーちゃん・・・。」
ぴいちゃんが慌てて長谷川を止めようとする。
「えー? ぴいちゃんって、実はけっこう強いの?」
「もしかして、藤野、手綱を握られてるとか?」
東と根岸にからかわれて、俺とぴいちゃんは何も言えなくなってしまった。
それを見て、長谷川も含めたみんなが笑う。
もしかすると・・・これからは長谷川が、この3人と一緒に攻撃してくるんだろうか?
そりゃあ、八木がぴいちゃんの周りをうろつくよりは安心だけど・・・。
今日は長谷川も部活に出ないで帰ると言うので、6人で教室から昇降口へ向かう。
ぴいちゃんにとっては初めての経験。
先頭を東、根岸、間宮が並んで歩き、そのうしろをぴいちゃんと長谷川がついていく。俺はそのうしろ。
ぴいちゃんも長谷川も同じくらいの背格好で、女子の中でも小さい。
前後を男に挟まれていると、狭い場所に捕まえられているような気がするんじゃないだろうか?
長谷川が面白がってわざと東たちに話を振り、振り返って話しかけてくる東たちに、ぴいちゃんはどぎまぎした様子で返事をしている。
階段を降りながらちょっとだけ振り返って俺を見たぴいちゃんに笑いかけると、彼女はほっとした顔をした。
そこに根岸の声。
「あ! 二人の間には言葉はいらないってこと? 見せつけてくれるよなあ!」
見てたのか?!
見てても、黙っててくれればいいのに!
でも・・・ちょっと嬉しいかも。
昇降口の前で、久しぶりに早瀬が待っていた。
「陽菜子!」
と言いながら、階段を降りきった俺たちに向かって駆け寄ってくる早瀬を見て、ぴいちゃんが俺の前で立ち止まる。
前の3人が怪訝そうな顔をして、自分たちの横をすり抜けた早瀬を見ている。
・・・と思ったら、俺の前からぴいちゃんが消えた。
そこへ、早瀬が?!
ドスン! とぶつかられて、気付いたら、俺の胸に抱きついている早瀬。
その横でぴいちゃんの腕を掴んで、大笑いしている長谷川。
前方には目を丸くして言葉もない男3人。
「え〜〜〜?! なんで藤野先輩なんだよ?!」
早瀬が抱きついたまま顔をあげて、俺に文句を言う。
「早く離れろ!」
「あーーーー! 藤野!! その子って・・・やっぱり?!」
階段から声が・・・、映司の。
一番、見られたくなかった相手だ・・・。
いつもはこんな時間には会わないのに・・・。
長谷川はずっと笑いっぱなし。
その横でぴいちゃんが笑いたいけど笑えない、という顔で。
東たちはなんとなく状況を理解して笑い出す。
映司は携帯を取り出している。和久井に知らせるつもりに違いない。
早瀬が俺を解放して、ふて腐れた顔をする。
そういう顔をしたいのは俺の方だ!