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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第九章 藤野 青
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ぴいちゃんを守りたいのに・・・。(3)


「なんだよ。ため息なんかついて。」


朝練が終わって荷物をまとめているとき、隣から映司が声をかけてきた。


「ちょっと、気になることがあって。」


そう答えたら、またため息が出てしまった。


「部内のこと?」


映司はキャプテンだから、部内のことはいつも一緒に相談して対処する。


「いや・・・。」


バッグを肩にかけて部室を出る。

昇降口へ向かいながら、映司に話してみようと思った。

岡田とは遠慮のない仲とはいえ、大ざっぱなあの性格では微妙な相談は無理だ。

その点、映司は比較的冷静で、論理的に話を整理することができる。


「映司は和久井の友達のことで困ったことあるか?」


和久井夏海(なつみ)は映司の彼女。ぴいちゃんの親友でもあるし、俺とは同じ中学の出身だ。

去年は同じクラスだったから、岡田と小暮も加えた6人でよく一緒に過ごした。

1年のときの文化祭で演劇部の公演に出た和久井に一目惚れしていた映司は、4月に同じクラスになってから順調に努力を重ね、しっかり者の和久井と夏休み明けにはすっかり仲良くなっていた。

ただ、冷静な映司も和久井にだけは勝てないらしくて、俺は密かに、絶対に尻に敷かれていると思っている。


「なっちゃんの友達? 今はクラスが違うから、今の友達とは、たいして話したことないな。去年は吉野と小暮だから、全然、困ったことなんかなかったし。」


「そうか・・・。」


「何かあるのか?」


「まあ、ちょっと。」


「藤野は考え過ぎるところがあるからな。」


「そうかもしれないけど・・・。今日、帰りにちょっといいか?」


「いいよ。そうだ。なっちゃんに、今日は一緒に帰れないって忘れずに連絡しなくちゃ♪」


・・・よろしく。




教室に向かう廊下で早瀬に会った。

今朝も、ぴいちゃんに会いに来たんだな。

でも、この時間に会うなんて、いつもよりゆっくりだ。


「おはようございます。」


約束どおり、人前では敬語で話しかけてくる。


「今日はゆっくりだな。」


と言うと、ニヤッと笑った。

でも、前みたいに挑戦的な笑いとは違う。仲間同士の合図。


「藤野くん、おはよう。」


・・・来た。

困ってる原因。


「おはよう。」


追い付いてきたのは田所朱莉(あかり)。今のクラスメイト。

しばらく前にぴいちゃんと仲良くなって、休み時間もよくぴいちゃんと一緒にいる。


教室に向かう廊下を歩きながら、隣で楽しげにしゃべっている田所さんに、適当に相槌を打つ。

彼女の反対隣には根岸がいて、一緒に話している。


俺は、この田所さんが苦手だ。


性格が悪いわけじゃない。

真面目できちんとした人でもある。

ぴいちゃんも気を許していて、「朱莉」「ぴいちゃん」と呼びあう仲だ。


・・・けど。


俺は困っている。

彼女の態度に。



そもそもの出来事は、シャーペンを貸したとき。

お礼だと言って、わざわざ箱入りのアメをくれた。

(ぴいちゃんの前で! しかも、偶然だけど誕生日だった!)


休み時間に話しているとき、ぴいちゃんの前で、自分と俺を結び付けるようなことを言う。

先週は、名前のことだ。


「藤野くんとあたし、名前が青と(あか)でペアみたいじゃない?」


なんて、笑って。

ぴいちゃんも一緒に笑っていたけど、俺はものすごく嫌だった。

席に戻る途中で、


「ああいう冗談は好きじゃないよ。」


と、はっきり伝えた。

彼女は謝ったけど、反省しているようには見えなかった。


それに、今朝もだけど、毎朝一緒に教室に入ることになってしまっている。

登校してくる時間はみんなだいたい決まっているから仕方ないかもしれないけれど、毎日一緒っていうのは・・・いやだ。

しかも、それがやっぱりぴいちゃんの前でってことになるし。

もちろん、ぴいちゃんの前じゃなくても嫌なんだけど。


朝だけじゃなくて、教室の移動のときも、なんだか、もう一緒に行くのが当たり前みたいにやって来る。

ぴいちゃんと同じ授業のときはぴいちゃんと一緒に、と思うのに、彼女は八木と行ってしまったりする。

そのたびに、俺は悲しくなってしまう。



俺がぴいちゃんに謝ろうと(それとも弁解?)すると、ぴいちゃんは


「大丈夫。」


って笑う。

俺のことを信じているからって。

田所さんのことをまったく疑っていないのは明らか。


ぴいちゃんが俺のことを信じていても、田所さんの行動を見て笑っていても、本当は傷ついているかもしれない。

だから俺は、せめて田所さんとはこれ以上近付くつもりはないことを示そうと、「田所さん」と呼ぶのを変えない。本人は呼び捨てでいいっていうけど。


それと、宿題を見せてほしいと言われたときは断った。

けっこう食い下がられたけど、頑固に “できない” と言い張った。

そうまでして俺が断るのを見て、ぴいちゃんが驚いて、あとで理由を訊いてきた。彼女には貸したことがあるから。


「吉野専用だから。」


と言ったら、ぴいちゃんは真っ赤になってしまった。

・・・かわいいよね。

こういうぴいちゃんを見ると、胸の中があたたかくなる。



ぴいちゃんが田所さんと仲良くなってから、長谷川がぴいちゃんと一緒にいる時間が減った。


「あたし、朱莉って苦手なんだよね。」


そう言って、田所さんがぴいちゃんと話しているところには入らない。

長谷川がいても、向こうは気にしないようだけど。


どこが苦手なのか訊いても、長谷川もはっきりとは言葉にできなくて、


「なんとなく。話題が合わないのかな? 一緒にいると居心地が悪い。」


なんて言う。

居心地が悪いのは俺も同じだ。

俺は長谷川がぴいちゃんに付いていてくれたら安心なんだけど。



八木は長谷川でも田所さんでも平気だ。

どっちかって言うと、厳しいことを言う長谷川よりも、田所さんと仲がよさそうではあるけど。

八木がぴいちゃんのところにいるときには俺もなるべく一緒にいるようにしているから、自然とぴいちゃん、田所さん、八木、俺の4人でいることが多くなった。

で、そういうときに、田所さんが俺が不愉快になるような発言をするのだ。

本当に困っている。



8組の教室に入ると、ぴいちゃんと八木が自分たちの席で話しているのが見えた。そばに長谷川もいるのを見てほっとする。


「今、早瀬とすれ違ったよ。」


俺が言うと、長谷川が笑った。


「最近、けっこう遅くまでいるんだよね。あたしが言わないと帰らないんだよ。」


クラスに友達がいないんだろうか?

ちょっとわがままっぽいところもあるからな・・・。




4時間目は理科室へ移動。

慌てて教科書を落としたりして、「あ。」と思ったときには田所さんが俺のところに来ていた。

その横を、ぴいちゃんが長谷川と合流しながら抜けて行き、それを八木が追って行く。

俺はそれを見ていたせいで更に出遅れて、ぴいちゃんたちに追い付くことができないまま、田所さんと並んで行くことに。


こんなことじゃ、だめだ。

もっと、しっかりしないと。


そう思っても、田所さんがぴいちゃんと仲がいいと思うと、無愛想にすることもできない。

ぴいちゃんだって俺の友達に対して失礼な態度はとらないし、もしもそんなことをされたら、どうしたらいいのか困ってしまう。


鬱々と考えながら、前方を歩くぴいちゃんを見ると、長谷川と八木と3人で、楽しそうに笑っている。



ボコ。ジャラジャラジャラ・・・。


すぐ近くで何かが落ちる音と、それに続いて細かいものが散らばる音。

俺の足元にも何かがすべってきた。


音のした方を見ると、早瀬と茜?

何か言い合いながら、箱や地図らしきものを床に置いて、落ちたものを拾っている。


足元に落ちている物を拾いながら、俺と一緒に立ち止まった田所さんに


「先に行ってて。知り合いだから。」


と伝える。

これ以上、彼女と一緒に歩かなくて済んで、早瀬と茜に感謝しなくちゃ。


周囲の何人かも転がったものを集めてくれて、早瀬と茜がお礼を言う。

最後に俺が渡そうとすると、早瀬がいきなり詰め寄ってきた。


「なんで、あいつが陽菜子と一緒にいるんだよ?」


その勢いに驚いて、瞬間的に判断ができなかった。


「え? あいつって・・・?」


「八木だよ! あいつ、陽菜子のこと狙ってるぞ。」


八木のことを知ってたのか?

さすがだな・・・。


「何度か吉野には言ったんだよ。でも、笑ってばっかりで、俺がヤキモチを妬いてると思ってるんだ。それ以上言うと、怒るし。」


自分で言いながら、なんて情けない言い訳だろうと思う。

ため息が出てしまった。


「じゃあ、無理矢理、あいだに入るとか。」


「やってるよ! だけど、授業が別々のこともあって。」


それに田所さんが・・・。


「とにかく、目を離すなよ。」


「わかってる。」


二人と別れて理科室に入るとき、早瀬みたいに断固とした態度がとれない自分が情けなくなった。


それにしても、 “狙ってる” って、ちょっと嫌な言い方だ。

なんだか、ぴいちゃんの気持ちを無視して、強引に、みたいな感じで。


だけど・・・。


それが八木の態度にピッタリくる言葉のような気がして不安になる。


それは違うって否定できないのは、実際にそういうところがあるからなのか?

それとも、俺と早瀬が、ヤキモチを妬いているからなのか・・・?


もしかして、早瀬のヤツ、あれを言うために荷物を落としたのか?

そういうところは、ずいぶん機転が利くんだな。









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