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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第九章 藤野 青
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ぴいちゃんを守りたいのに・・・。(2)



「最近、茜の機嫌が悪くて困ってるんだよ。」


5月21日、月曜日の放課後。

生徒の少なくなった廊下を、ぴいちゃんと2人でのんびりと昇降口へと向かいながら愚痴を言う俺。


「茜ちゃんが? いつから?」


「一週間くらいたつかな。やたらと俺に、笹本が吉野にどんなに親切かってことを話すんだ。吉野、もしかして、前に言ってたことを実行してるのか?」


「え? 前に言ってたことって?」


ぴいちゃんのとぼけた顔を見てわかった。

実行してるんだ。


「茜にヤキモチを妬かせるとか言ってたじゃないか。」


俺が軽く睨むと、ぴいちゃんが楽しそうに笑った。


「そんなにやってないよ。ほかの人に誤解されたら困るもの。第一、あたしに色仕掛けなんて、できるわけがないでしょう?」


「色仕掛けって・・・、吉野。」


ため息が出てしまう。

いったいどんなことを考えていたんだろう?


「それに、ここにヤキモチを妬く人がいるのに。ねえ?」


そう言って、にこにこと俺の顔をのぞき込むぴいちゃん。

こんなことをされると、困った気持ちなんて、あっというまに消えてしまう。


「茜ちゃん、本当に機嫌悪い?」


大きな目を見開いて、俺を見る。

彼女がこんなふうにまっすぐに見る男は俺だけ!

・・・いや、早瀬もか?

もしかしたら、岡田もかも。


「機嫌が悪い・・・って言ってもいいと思うなあ。あの挑戦的な言い方は、八つ当たりだとしか思えないよ。まるで、俺が吉野を大事にしてないみたいに言うんだから。」


「あらら。ごめんね。」


「いや、謝らなくてもいいけど。」


「ねえ。でも、八つ当たりだとすれば、やっぱり茜ちゃん、笹本くんのこと好きなんだね。」


「そうなのかな?」


「だって、笹本くんとあたしのことで、藤野くんに八つ当たりするんでしょう?」


「まあ、八つ当たりって言うのも、そんな気がするだけなんだけど・・・。吉野、いったい何をやったの?」


「この前、プラネタリウムに行ったとき、笹本くんとおしゃべりする回数がちょっと多かっただけ。」


え?


「それだけ?」


「まあ、ヤキモチを妬かせるのはね。」


「ってことは、別なことも・・・?」


「ふふふ。実は、ちょっとね。」


「大丈夫なのか?」


「え?」


「逆にこじれたりすることは・・・。それで機嫌が悪いとか。」


「そうかな・・・? でも、違う。大丈夫だよ。だって、茜ちゃんが言ってるのは笹本くんとあたしのことなんでしょう? もうひとつの方だったら、あたしのことは言わないはずだから。それに、藤野くんにも言わないよ、きっと。」


俺の心配をよそに、ぴいちゃんはくすくす笑うだけ。


「だけどね。」


ぴいちゃんが急に眉間にしわを寄せる。


「笹本くんが優しいっていうのは本当のことでね、」


笹本! ぴいちゃんは妹みたいだって言ったじゃないか!


「茜ちゃん以外の1年生の女の子たちにも親切だから、しょっちゅうその子たちに囲まれちゃってて、茜ちゃんが近付く隙がなかなかないんだよね。」


え? みんなに?


「プラネタリウムのときもずっとそうだったの。中には、笹本くんの腕につかまってる子もいたほどで。」


ぴいちゃんが、ため息をつく。

笹本のヤツ、けっこうモテてるじゃないか。


「・・・吉野は笹本の気持ちは確かめてないんだろう?」


「そうだけど・・・、あたしは有望だと思ってるよ。」


「どうして?」


「だって・・・、1年からの付き合いだから・・・かな? なんとなく分かるって感じ?」


ちょっと・・・嫉妬。

俺が小さくため息をつくと、ぴいちゃんが笑顔で言った。


「ねえ。藤野くんが笹本くんに負けないくらい優しいってことを、茜ちゃんに説明すればいいんじゃない?」


話が戻った?

だけど。


「そんなこと、できないよ。」


「そう? じゃあ、あたしから・・・。」


「だめ!」


それだって恥ずかしい!


「うそだよ。あたしだって、さすがにそれは。」


・・・よかった。


「それに、そんなことしたら、茜ちゃんが笹本くんのことでヤキモチを妬かなくなっちゃうもんね。」


その作戦は、間違ってるんじゃないかな・・・。




放課後に毎日、ぴいちゃんと一緒の時間をつくることにしたのは、ゴールデンウィークのあとだから、今から2週間前。

ほんの少しの時間でも、電話じゃなくて、ちゃんとその場で話すってことがどれほど楽しくて大事なことか、連休中に一緒に出かけてよくわかったから。

ぴいちゃんが帰る日は教室から昇降口まで。天文部に出る日は教室で。図書室に行くこともある。


ぴいちゃんが恥ずかしがるからと思って俺も遠慮していたけど、3年生になった初日の電話で、彼女は「話しかけてみようと思った。」って言ってた。でも、「恥ずかしくてできなかった。」と。

つまり、 “みんなの前で話すのは恥ずかしい” けど “話したい” ってことだったんだ。そんな隠れた意味を、俺は見落としてしまっていた。

ぴいちゃんができないなら、俺がやればいいだけのこと。

よく考えてみれば、2年生のときだって、いつも俺の方から話しかけていた。今だって同じなんだ。



連休明けの放課後、みんなが部活や帰る支度で騒がしい中でぴいちゃんのところに行くと、ぴいちゃんは少し驚いた顔をした。

特別な用事じゃなく、ただ話しに来たと知って、彼女はおどおどと俺の顔と教室の同級生へと視線を行ったり来たりさせて、それでも最後には、恥ずかしそうに微笑んだ。

その微笑みが嬉しかったし、そうやって苦手なことを少しずつ乗り越えるときの彼女を見るたびに、いつも誇らしくなる。


急にたくさん話すのは無理だとわかっていたから、彼女の席のうしろで窓から空を見て、天気の話をしてみた。これならぴいちゃんが教室に背を向けることができて、少しは気が楽になるだろうと思って。


初めは緊張気味だったぴいちゃんも、二人で並んで話しているうちに落ち着いてきた。

振り向くと教室には誰もいなくなっていた。同じ部の根岸も、いつもあいさつをするほかの同級生たちも、俺とぴいちゃんに気を遣って、黙って行ってしまったらしい。

それに気付いたら、今度は俺が恥ずかしくなってしまった。



そういえば、この日だったな。昇降口前で早瀬がぴいちゃんを待ち伏せしていたのは。


ぴいちゃんと一緒に昇降口に向かう途中で、岡田と小暮が廊下で話していた。

この二人も、小暮が逆方向からのバス通学で、なかなか一緒の時間がとれない組み合わせだ。

俺たちを見て、岡田たちも部活に向かう時間だと気付いたらしい。岡田は俺たちに合流し、合唱部に向かう小暮に手を振った。


階段を降りながら、岡田がぴいちゃんの許婚のうわさを聞いたと言って、その話をしていたところで、早瀬がぴいちゃんに抱きついてきたんだ。


そのときの岡田の素早かったこと!


岡田は今でもやっぱり、ぴいちゃんのことを大事に思っていて、何かのときには守るつもりでいる。

ただ、その順位が小暮の次になっただけだ。


力持ちで声が大きい岡田に襟首をつかまれて、いつも生意気な態度の早瀬がびっくりしている姿も可笑しかった。

岡田の説教にしおらしく返事をしたりして。


・・・でも、岡田の説教も効果はなかったらしい。 今でも早瀬はぴいちゃんに抱きついている。




まあ、そんなふうに、俺はぴいちゃんとの時間を作ることにした。

ぴいちゃんは3日もすると慣れて、表情もやわらかくなってきた。

長谷川も一緒に話していくこともあるし、最近は、席が近い間宮や、俺がよく話す男子生徒が加わることもある。


でも、八木は来ない。


八木はぴいちゃんや長谷川、その他の女子とは気軽に話す。

でも、男子は、特に集団になると苦手らしくて、休み時間に俺たちが近くの席で話していても、仲間には入って来ない。

まあ、全然話せないわけではなく、体育のときにはちゃんと話が通じるし、八木がぴいちゃんと話しているところに俺が行っても大丈夫だ。


・・・そう。

八木はしょっちゅう、ぴいちゃんと話している。


八木のことは、ぴいちゃんにどんなに違うんだと説明されても、どういうわけか心配だ。

ぴいちゃんとは席が前後になっているから接点が多いのは仕方がないけど、選択科目で教室を移動するときにも、よく一緒にいる。

八木とぴいちゃんが二人きりということは少なくて、たいてい長谷川が一緒だし、田所さんが一緒のこともある。


それでもなんとなく気に食わないから、俺はぴいちゃんと八木が話しているときには、なるべく加わることにしている。

帰りに一緒の時間を作ろうと思った理由の一部分は、八木対策でもある。ぴいちゃんには俺がいるってことを示すため。

ぴいちゃんと八木が話しているところに俺が入っても平気だけど、ぴいちゃんと俺が話しているところには、八木は入って来ない。


不思議なことに、ほかの男子は逆だ。

ぴいちゃんが一人のときには必要以上に話しかけないけど、俺と彼女が一緒にいると、みんな普通に話しに来る。

たぶん、ぴいちゃんが俺がそばにいるときの方が安心して話すからかもしれない。

でも、八木は違うし・・・、ぴいちゃんは八木に対して警戒心がない。


ぴいちゃんが言うように、八木は単なる友達としての付き合いだって、確信できればいいんだけど・・・。

よく考えてみると、早瀬よりよっぽど気になる。


ぴいちゃんにヤキモチ妬きだと笑われても、心配なんだから仕方ないじゃないか!









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