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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第九章 藤野 青
58/95

ぴいちゃんを守りたいのに・・・。(1)

少し日にちが遡ります。



5月19日、土曜日。

毎週の特別講習のあとの弁当タイム。

今日もぴいちゃんだけじゃなく、早瀬が一緒だ。


3人で弁当を食べるのは4度め? 5度め?

初めは早瀬が俺の邪魔をしに来ていることがわかっていて憎たらしかった。

でも、ぴいちゃんがあいつのことを困った弟だと思いながらかわいがっているところや、あいつの一途なところを見ていたら、冷たくしたり、意地悪をしたりすることができなくなってしまった。

結局、ぴいちゃんのことを好きで、守りたいっていう気持ちは俺と同じなんだ。簡単にはあきらめられないっていうことも。


だから、早瀬を丸ごと受け入れることにした。

そうしたら、いつの間にか早瀬の言葉から毒気が抜けて、普通の先輩と後輩のように、自然な会話ができるようになっていた。



けど、今日の早瀬は、今までよりももっと元気で親しげだ。

俺に対しても、ぴいちゃんに話すのと同じように話しかけてくる。

ぴいちゃんに話すのと同じ ―― 要するに、敬語じゃなくて、同級生に話すように。

・・・どっちかっていうと、 “同級生” よりも、 “弟みたいに” かも。

ときどき拗ねるようなことを言ったり、わざとからかうようなことを言って様子を見ていたりするところが、いかにも甘えん坊な感じがする。

ぴいちゃんが前から言っていたとおり、さびしがり屋なのは間違いないな。


ぴいちゃんは早瀬に、俺に対しては敬語を使えと言ったけど、一度崩れた言葉遣いは簡単には戻らなそう。

俺はそれほど気にしないけど、意外にも早瀬が折れて、人前では敬語を使うと言った。


だけど・・・。


俺がぴいちゃんを「吉野」と呼ぶたびに笑い出すのはやめてほしい!

早瀬の前で、うっかり「ぴいちゃん」と口にしてしまった自分の失敗ではあるけれど。



今日、早瀬は弁当を広げるなり、俺に向かって言った。


「ねえ、俺に遠慮しないで『ぴいちゃん』って呼んでいいんだよ。」


忘れてくれていればいいと思っていたのに・・・。


ぴいちゃんが目を丸くして早瀬を見る。


ぴいちゃんには、そのことは話していなかった。

恥ずかしくて言えなかったっていうのが本当のところ。


「その件については解決済み。」


内心、ドキドキしながら、あっさりとその一言で片付ける。

ぴいちゃんが隣でこくこくとうなずく。


学校でぴいちゃんをどう呼ぶかってことで、彼女を怒らせてしまった記憶がよみがえってくる。

あのときに仲直りできなかったら、どうなっていただろう? ・・・恐ろしい!


「・・・何かあったの?」


早瀬が俺たちを交互に見ながら、興味津々の顔をして訊く。


「秘密。」


早瀬は俺たちの秘密に仲間入りできなくて不満そうだったけど、その不満も、俺を笑うことで解消したはずだ。




早瀬の家に行ったのは、おとといのこと。

部活に出る前にぴいちゃんと話していて教室を出るのが遅くなった俺を、早瀬が昇降口で待っていた。


「話がある」って言われたから、てっきり、気付かないふりをして引き延ばしていたぴいちゃんの話をしたいんだと思った。

早瀬に言うべき言葉が次々と浮かんできては消える。

練習中も、そのことがずっと気になって、上の空のことも何度か。


それなのに・・・。


早瀬が言ったのは、岡田と俺がぴいちゃんをめぐって争っていたときの話を聞きたいってこと。

緊張の糸が切れて、無性に可笑しくなって、しばらく笑いが止まらなかった。


でも、早瀬は真剣そのもので、知りたい理由を訊くと、こう答えた。


「俺にとって大事なことに思えるから。陽菜子のことを好きだった人が、どんな人なのか、どんなことを考えていたのか知りたい。」


そのうえ、笹本にも話を聞きに行ったと言う。

(なんで笹本のことを知っているのかと思ったけど、茜と同じクラスだと思い出して想像がついた。)

その覚悟には感心するけど、見知らぬ1年生に立ち言ったことを尋ねられて、笹本もさぞ驚いたことだろう。

笹本が何て答えたのか、それを早瀬がどう思っているのかちょっと気になりつつ、それを尋ねるのはルール違反だと自制した。



早瀬がぴいちゃんと自分のことを考えて、悩んでいるのがなんとなくわかった。

その前に、早瀬の家に着いたときから、あいつの淋しげな様子にも気付いていた。

きちんと片付いた部屋に電気を点けていくあいつを見たら、ぴいちゃんに甘える理由が分かる気がした。


だから、話すことにした。


でも、その整然とした部屋で早瀬と向かい合って話をしたら、暗い話になりそうな予感がした。

それで、ちょうど腹が減っていたこともあって、料理でもして体を動かしながらなら気楽でいいんじゃないかと思ったのだ。



俺がチャーハンを作ろうと言うと、早瀬は驚いた顔をした。

でも、材料を選ぶうちに楽しそうな様子になって、元気になるのがわかった。

作り終わるころにはすっかり上機嫌で、口調が弟みたいに変わっていた。

そんな調子でちょっと甘えるように話されると、つい、面倒を見てしまう。面倒を・・・というか、元気づけたり、励ましたり。

俺が、家でも “兄” だからかもしれない。(でも、茜は俺を必要とはしないみたいだ。)

でなければ、早瀬が甘え上手なのか。


結局、作りながら話すことはできなくて、食べながらになってしまったけど、一緒に料理をしたことが俺たちの関係を近付けた。

程よい疲れと満腹感でリラックスして、うっかり「ぴいちゃん」と言ってしまうほど。

あれは、本当に失敗だった。


俺があいつにした話はそれほど詳しくはなかったはずだけど、早瀬は満足したようだった。

でも、たぶん、一番あいつが満足したのは、うちの母親が、父親よりも年上だっていう話だったんじゃないかな。

その話を聞いたときの嬉しそうな顔は、俺でさえも楽しくなってしまうほどだった。



淋しがり屋なのに一人の時間が長い早瀬が気になって、帰りにアドレスを訊くと、あいつは何とも言えない表情をした。

その顔を見たら、俺もちょっと胸が苦しいような気がして・・・話ができてよかったと思った。




今日の早瀬はおとといのまま、元気いっぱいだ。

俺と一緒にチャーハンを作ったことや、遠足の話をあれこれ思い出してはぴいちゃんに話す。

ぴいちゃんはそんな早瀬を優しい表情で見ている。


いつか、早瀬が希望するように、ぴいちゃんが早瀬のことを一人の男として見るようになるかもしれない。

そのときは・・・、やっぱり、岡田のときと同じことだ。


後悔しないようにしたい。


負けるなんて考えただけでも自分がどうにかなってしまいそうな気がするけれど、ぴいちゃんに軽蔑されるような手段に訴えるようなことは絶対にしない!








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