陽菜子のまわりの男たち(11)
「なあ・・・。せっかく仲間になったからってことで、頼みがあるんだけど。」
俺たち4人で陽菜子を守ろうと決めた日の放課後、近藤が俺たちを集めて、珍しく控え目な態度で切り出した。
いつもおしゃべりな近藤が言い出しにくそうな様子に、3人とも何事かと注目。
「あの・・・、俺のこと、名前で呼んでくれないかな。」
「名前?」
この時点では予想していなかった申し出に、一瞬、みんながきょとんとする。
その視線に、近藤は少し照れた様子で説明を始めた。
「あの、俺、中学まではみんなから名前で呼ばれてたんだ。でも、この学校にうちの中学から来たのは俺一人で、みんな名字で呼ぶから・・・。」
ああ。淋しいのか・・・。
俺も、ちょっとわかる。
「いいよ。名前、なんだっけ?」
窪田が気軽に答えた。
こういう気さくなところが窪田のいいところかも。
「あ、健太郎。」
「じゃあ、 “健ちゃん” だね。」
え? “健ちゃん” ?
それって、ちょっと・・・。
「え? いや、あの、そのまま “健太郎” で・・・。」
近藤が慌てて訂正。
俺も、そうだよな、と思う。高校生だし。
そんな近藤に、窪田は平然と言う。
「やだ! “けん” ってつく名前なら、 “けんちゃん” が当たり前じゃない! それに、 “健太郎” より短くて呼びやすいし。ねえ、あーちゃん?」
話を振られた藤野茜が、笑いをこらえながらうなずく。
それを見た近藤が、情けない顔をして俺を見た。
「・・・わかったよ。俺は “健太郎” って呼ぶから安心しろ。」
本当は “健ちゃん” の方が面白いけど。
近藤・・・健太郎は、なんとか納得したらしい。
藤野茜が小さい声で「健ちゃん」「健ちゃん」と繰り返して練習しているのに気付いて機嫌を直した。
いきなり笑顔になって、次に言い出したのは・・・。
「じゃあさ、藤野のことも、名前で呼んでもいい?」
「あーちゃんのこと?」
いきなり自分の話が出て目を丸くしている藤野茜ではなく、窪田が恐い顔をして健太郎を睨みながら訊き返す。
そりゃ、そうだろう。
目の前に女子が2人いるのに、その片方だけのことを言うなんて。
気が利かないヤツだな。
「え・・・? あ、いや、その、藤野は藤野先輩がいるから、なんとなく呼び捨てはしにくくて・・・。もちろん、窪田も名前で呼んでもよければ、お願いしたいけど・・・。」
ぎりぎりの言い訳だな。
「何て呼びたいの?」
窪田が腕組みをして、健太郎に尋ねる。
・・・ちょっと恐い。
けど、その恐さに負けずに、いや、気付かずに(?)、照れた表情で答える健太郎。
「え・・・、あの・・・、名前をそのまま・・・。」
つまり、 “茜” って?
それって、かなり親しげな感じだよな?
“健ちゃん” と “茜” なんて呼び合ってたら、誤解され・・・それが狙いか?
「だめ。却下。」
窪田・・・厳しいな。即答だよ。
「え〜。なんで〜?」
「あーちゃんを呼び捨てにしてるのは家族だけなの! 笹本先輩だって “ちゃん” 付けなのに、なんで健ちゃんが呼び捨てにするのよ?!」
ダメな理由に笹本先輩を引っぱりだしてくる意味がよくわからない。
それに、こういうときに “健ちゃん” とか言われると、なんだか緊張感に欠ける。
「な、奈々。あの、先輩のことは関係ないと・・・、」
今まで俺の向かい側で、窪田と健太郎のやりとりを呆気にとられて見ていた藤野茜が、笹本先輩の話題が出たことに気付いて慌ててる。
「いいから。あーちゃんは黙ってて。」
あーあ。
藤野茜をどう呼ぶかっていう話なのに、「黙ってて」って・・・。
「“あーちゃん” ならいいよ。」
窪田はいかにも「許可します。」みたいな態度。まるで、藤野茜の保護者だ。
「“あーちゃん” ?」
「だって、1年生では “あーちゃん” か、名字で呼ぶかのどっちかだもん。」
「でも、俺のことをみんなと違う呼び方をするんだから、いいじゃないか。」
うん、たしかに、そういう理屈もあるな。
「早瀬くんは?」
「は?」
いきなり?!
できれば、巻き込まないで・・・。
「早瀬くんも、あーちゃんのお兄さんと仲いいでしょ? 名字じゃ呼びにくい?」
「俺は・・・慣れちゃったな。」
頭の中ではフルネームだし。
健太郎が睨む。
「あ! やっぱり呼びにくい気がする。先輩を呼び捨てにしてるみたいで!」
「ほら! だから、」
「じゃあ、 “あーちゃん” でいいじゃない?」
どうやっても、窪田には勝てそうにない。
「・・・わかったよ。まあ、いいや。」
そうだよ、健太郎。
藤野茜のことをニックネームで呼んでる男はいないんだから。
「というわけで、そろそろ部活に行かなくちゃ。じゃあね、健ちゃん、早瀬くん。」
窪田がにこにこと健太郎に手を振る。
健太郎は不満そうな顔をしていたけど、
「バイバイ、健ちゃん。」
と、藤野茜に手を振られたら、たちまち笑顔になって応えた。
「バイバイ、あーちゃん。」
・・・これは、これでよかったんじゃないか?
だけど、さっき、窪田はどうして笹本先輩のことなんか言い出したんだ?
そう言えば、この前も笹本先輩のことを口にしたのは窪田だったな。陽菜子にやさしいって。
それを、藤野茜が訂正しようとして・・・。
藤野茜は、笹本先輩のことが好きなのか?
それとも、窪田が二人をくっつけようとしてるのか?
「くっそー!」
うわ! びっくりした!
「せっかく6時間目の間中、ずっと考えていたのに!」
二人の姿が見えなくなった途端に、健太郎が叫ぶ。
全然、納得してないみたい。
「6時間目にずっと?」
「そうだよ! それなのに、窪田のヤツ・・・。そうだ。窪田のことは、これから “セブン” って呼んでやる!」
「“セブン” ?」
「そう。ほら、あいつの名前、 “奈々” だろ? だから、“7” 。」
「なんだか強そうだけど。」
「いいんだ。面白ければ!」
「ふうん。」
「ああ・・・。計画どおりなら、『健太郎』、『茜』って呼び合えるはずだったのに・・・。」
やっぱり、そういう計画だったんだ?
「近・・・健太郎って、藤野のこと好きなのか?」
「え? いや、その・・・。」
照れるのか?!
さっき、あそこまで言っておいて。
「まだ “好き” ・・・かどうかわからないけど、なんとなくいいなあって・・・。」
「ふうん。どういうところが?」
「だってさ、女の子らしいじゃないか。」
女の子らしい・・・か?
俺が納得していないのを見て、健太郎が頑張って説明する。
「言葉遣いはそんなことないけど、蝶なんかを恐がったり、窪田の意地の悪い話で俺が傷つかないように気を遣ってくれたり。」
なるほどね。
窪田と一緒にいると、ますますそういうところが際立って見えるんだな。
「なのに、窪田のヤツ! 俺の邪魔をしやがって〜!」
「いいじゃないか。 “健ちゃん” でも仲が良さそうに聞こえるし。岡田先輩は、彼女に “みーくん” って呼ばれてたよ。それに、藤野先輩だって、陽菜子のことぴ・・・名字で呼んでるだけだぜ。」
本当は「ぴいちゃん」だけど。
それだって、ほかの先輩たちと同じだ。
つまり、俺だけが特別なの!
「・・・そうか。・・・そうだな! 響希。お前、いいヤツだな!」
あれ?
俺のこと “響希” って呼ぶのか?
なんか、ちょっと照れくさいけど・・・、まあ、いいか。
「うん、そうだ。ほかには俺のことを “健ちゃん” なんて呼ぶヤツはいないもんな!」
近藤は俺にはまったくかまわず、自分に言い聞かせて、一人で納得している。
「そうそう。特別なんだから。」
・・・と、思ったのは甘かった。
翌日から、窪田と藤野茜が「健ちゃん」と呼んでいるのを聞いた女子がみんな、健太郎のことを「健ちゃん」と呼ぶようになった。
次は藤野くん編です。