陽菜子のまわりの男たち(9)
昼休み。
藤野茜と窪田に連れられて廊下に出た俺は、好奇心むき出しの二人からあれこれ質問された。
俺は二人の迫力に負けて、土曜日は3人で一緒に弁当を食べていることや、藤野先輩に家に来てもらったことを話した。
もちろん、先輩から聞いた話は黙っていたけど。
「お兄ちゃんが友達の家に行ったって聞いてたけど、早瀬だったとは思わなかったよ。そんなに仲良くなってたなんて・・・。」
藤野茜が呆れた顔をする。
“仲良く” って言われると、まだ少し不思議な気がするけど。
「じゃあ、早瀬くんは吉野先輩とあーちゃんのお兄さんの仲を認めたの?」
窪田が尋ねる。
「そんなことないよ。藤野先輩だって、俺のことライバルって思ってるよ。」
そう。
ここは譲れない。
それに、彼氏に認められたライバルなんだから、堂々と言える。
「お兄ちゃんが早瀬のことをライバルだって言ってるの? ふうん・・・。」
藤野茜が疑わしそうな顔をする。
「まあ、今はいいや。それより、さっきの話はなに?」
今度は真剣な顔。
本当に陽菜子のことを心配しているらしい。
「うん・・・。さっき、陽菜子の隣に男がいたの、見たか?」
「吉野先輩の隣・・・?」
「え?! 吉野先輩の話?!」
後ろから声が聞こえて、振り返ったら近藤だった。
耳ざといな・・・。
「ねえ、俺も混ぜて。」
俺たちの迷惑な表情を無視して、にこにこしながら話の輪に入って来る。
「あのう・・・、ちょっと内輪の話なんだけど?」
藤野茜がやんわりと言うと、近藤がムッとした。
「吉野先輩の話なら、俺にだって関係あるよ。」
「なんで?」
「だって、俺、ファンクラブ会長だもん。」
近藤が得意気な顔をする。
「ファンクラブ? なんだよ、それ?」
「俺が作ったの。ヒミツで。俺が会長兼会員。」
「つまり、一人だけのファンクラブってこと?」
窪田が笑いながら訊くと、近藤は嬉しそうにうなずいた。
「そう! だから、俺だけは特別ってこと。ほかの誰にもない特権。」
どんな特権があるんだろう? 陽菜子が知らないのに。
「野球部にはほかにも陽菜子のファンがいるんじゃなかったっけ?」
「あいつらには教えない。ライバルだから。」
俺が最大のライバルだと思うんだけど・・・。
「どうする?」
藤野茜が俺に尋ねる。
なんだか小学生が秘密の組織を作って、同級生を仲間に入れるかどうか相談しているみたい。
「近藤。これから話すこと、黙っていられるか?」
こいつの場合、それが一番難しそうなんだけど。
「吉野先輩のことだろ? 俺、吉野先輩のことって、お前たち以外とは話したことないよ。」
・・・そうだったな。
じゃあ、大丈夫かな。
「わかった。いいよ。・・・実は、俺、少し前から心配してたことがあるんだ。」
そう前置きして、八木のことを3人に説明した。
朝、陽菜子につきまとっていること。
態度が図々しいこと。
陽菜子が警戒していないこと。
藤野茜は休み時間にすれ違ったときに、ちらっと見たようだったけど、あんまり印象に残っていないらしい。
たしかに、目を引くタイプの生徒じゃないからな。
「藤野先輩は気にしてるけど、陽菜子が信じないらしい。」
「吉野先輩は人を疑うことをしないからね・・・。」
藤野茜がため息をつきながら言う。
そのとおり。
それが陽菜子のいいところでもあるんだけど。
窪田が俺たちの顔を見回しながら言う。
「もしかして、吉野先輩がその人のことを好きってことはないの?」
「あり得ない!」
「何言ってんだよ!」
「奈々!」
「だって・・・。」
3人に咎められて、首をすくめる窪田。
「そいつ、すげーイヤなヤツなんだぜ。八木に比べたら、近藤の方がよっぽどマシだよ。」
「え?! そんなに酷いの・・・?」
俺と窪田のやりとりに複雑な表情をする近藤。
「あ、あたしは吉野先輩が、そんなに簡単に心変わりするはずがないと思うな。」
藤野茜が近藤に気を遣って話題をそらす。
「それに、さっきの休み時間に会ったとき、もしも吉野先輩がお兄ちゃんのことを好きじゃなくなってたら、あたしを見て平気な顔をしてるはずがないと思う。」
たしかにそうだ。
辛いことは上手に隠しちゃうんだけどね・・・。
「俺、あいつにはすごくイヤな感じがするんだ。」
「イヤな感じ?」
「俺がいるときにも何人かは、陽菜子にちょっかい出すようなことを言う人がいるよ。でも、八木はそういうのとは違うんだ。」
そう。
何か、不安だ。
「陽菜子は “女子に近い人” みたいに言うんだよ。男だけど、女子扱いみたいな。」
「ああ、なんとなくわかった。中学のときにもいたよね、そういう人。」
窪田が藤野茜に話しかける。
「ああ。南くんね。いつも女子グループに入ってたよね、普通に。まあ、その中に彼女もいたんだけど。」
そうだよな。
女子と近くても、男なんだから。
「違うって、どう違うんだ?」
近藤が尋ねる。
「なんとなく馴れ馴れしい感じ。言葉遣いもそうだし、こう、肩とか肘でちょっと押したり、自分は陽菜子と特別な仲なんだ、みたいな態度でさ。」
「そういうの、早瀬はただ見てるだけなの?」
藤野茜が俺を睨む。
「まさか! 俺、そいつを陽菜子の隣に行かせないようにしたり、話に割り込んだりしてるぜ。それに、長谷川先輩が来るまでは、絶対にそこから離れないようにしてるし。」
「もしかしたら、男子とは話せない吉野先輩が、自分とは普通に話せるからってことで誤解しちゃってるんじゃない?」
「だけど、藤野先輩が同じクラスにいるんだぞ。」
そのとおり。
「でもね、吉野先輩は、人前でお兄ちゃんと話すのは苦手なんだよ。前に長谷川先輩が、教室でお兄ちゃんと話してるところはめったに見ないって言ってたもん。」
「そうなのか?」
それは俺も気付かなかった。
言われてみると、土曜日に弁当を食べるときにはほかに誰もいない。
陽菜子が部活に出ないで帰る日に昇降口で待っていたときも、陽菜子と藤野先輩が来たのは、ほかの生徒が通り過ぎたあとだった。
それに、藤野先輩は人前で陽菜子のことを「ぴいちゃん」とは呼ばない。
呼んでるのは女子の先輩と、彼氏じゃない男ばっかりだ。
陽菜子が恥ずかしがり屋なのは知ってたけど、藤野先輩もかなり・・・。
「まあ、あんまり人がいなければ大丈夫みたいだし、2人で出かけるときもあったから、」
そう言って、藤野茜が俺をちらりと見た。
「いいよ、気を遣わなくても。」
そのくらい、知ってるし。
「・・・うん。学校みたいに知り合いが大勢いる場所じゃなければ、平気なんだと思う。」
「じゃあ、八木が藤野先輩と吉野先輩のことを知らない可能性もあるってことか?」
「もしかしたら、だけど。」
陽菜子・・・。
すごく心配になってきた。




