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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第八章 響希
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陽菜子のまわりの男たち(8)


「ねえ、あーちゃんのお兄さんの彼女って、あの人でしょう?」


・・・陽菜子? どこに?


昼休みの終わりごろ、調理室に向かう途中の階段で、藤野茜に誰かが話しかけている。

見回してもわからなくて、踊り場で曲がるときに、彼女たちがどこを見ているのか確認する。


その視線の先に、陽菜子はいない。


「え? 違うよ。」


藤野茜の声。


人違いか。残念。

ちょっとでも、陽菜子の姿が見られると思ったのに。


「違うの? よく一緒に歩いてるところ見るよ?」


思わず立ち止まる。


振り返ると、藤野茜も立ち止まっていた。


「よく見る? あの人と?」


急いで、藤野茜が階段の手すりから身を乗り出して見ている横へ。


「どの人?」


あせって尋ねる俺に驚きながらも、下の階段を降りていく女子生徒を指差して教えてくれた。

束ねた長い髪がちらりと見えた。


すぐに廊下へと曲がってしまった後ろ姿を追う。



藤野先輩が、よく一緒に歩いてる? 陽菜子じゃない人と?

そんな!

先週の土曜日も、陽菜子といつもどおり仲良くしてたのに!



曲がって行った廊下は職員室の方向。

何人かの生徒がウロウロしてるけど、あの長い髪は・・・。



・・・田所先輩?


吹奏楽部の田所先輩だ。

ほかに長い髪の生徒はいない。



今は時間がない。

授業に行かなくちゃ。


振り向くと、藤野茜と窪田が階段の前に立っていた。


「見た?」


藤野茜が尋ねる。


「髪の毛を後ろに束ねてる人? 間違いなく?」


「うん、そう。ストレートの髪を結んでる人。早瀬、知ってる?」


心配そうな顔してる。

・・・俺もかな。


「うちの部活の先輩だった。陽菜子と同じクラスの田所先輩。」


「同じクラス・・・?」


「ねえ、もしかしたら、髪が長いってことだけで間違えたのかもしれないよ。」


窪田が無邪気な顔で言う。

たしかに、そういう可能性はあるかもしれない。

後ろ姿だけじゃ・・・。




次の朝。


長谷川先輩に追い払われて、いつもより長居した陽菜子のところから階段に向かう途中で、朝練から戻って来た藤野先輩に会った。


「おはようございます。」


ほかに人がいないときには敬語を使わなくなっているけど、人前では一応、きちんと話すことにしている。


「よう。今日はゆっくりだな。」


先輩がニヤッと笑う。俺も。

すれ違う直前、


「藤野くん、おはよう。」


と声がして、先輩のうしろから、小走りに追い付いてきた人・・・田所先輩。


俺もあいさつしなくちゃ、と思ったけど、俺のことは目に入らなかったらしい。藤野先輩の横に並んで、さっさと通り過ぎてしまった。


気付かなかったんだ。

部活ではよく話すのにな・・・。


『よく一緒に歩いてるところ見るよ。』


きのうの声がよみがえる。



・・・もしかしたら、普通に友達なのかもしれない。

彼氏とか彼女じゃなくても、教室でよく話してるグループってあるし。

3年生は選択科目が多いから教室の移動が多いって、陽菜子が言ってた。そういうときに、たまたま見られたのかも知れない。



それより!


あの八木っていうヤツ、気に入らない!

まるで、俺なんかいないみたいに陽菜子に話しかけて。

藤野先輩はあんなことしないのに。


それに、陽菜子に近付き過ぎだ!

呼ぶときは「吉野さん」なんて控え目だけど、立ってる位置が近いんだよ!

ときどき、陽菜子が後ろに下がってるのに気が付かないのか?!

いくらお前でも、陽菜子は男は苦手なんだ! 陽菜子をちゃんと見てればわかるはずだ!


朝、陽菜子と話していると、登校してきた生徒が陽菜子に声をかけることはよくある。男子も、女子も。(最近は、俺にも。)

陽菜子の顔を見ていると、親しいかどうかはすぐにわかる。


馴れ馴れしく「ぴいちゃん」なんて呼ぶ男の先輩も、たまにいる。

でも、そういう図々しい先輩でも、陽菜子にあんなにまとわりつかない。

陽菜子が男が苦手なことを知っているから。

話しかけてくることはあっても、それは陽菜子が困るのを面白がって、ちょっとからかってるんだ。


そのくらいのことは、俺も気にしない。

陽菜子を傷つけようとしているわけじゃないから。

それに、みんな、陽菜子には藤野先輩がいることを知っている。



だけど!



あの八木だけは違う。


前に陽菜子に訊いたとき、 “女子と同じように話せる人” って言ってた。俺も、そうかな、って思った。

でも、今の八木の様子を見てると、絶対違う! 警戒しなくちゃいけないヤツだ!


あいつだって、陽菜子には藤野先輩がいるってことを知ってるはずだ。

なのに・・・あの態度はそれを無視してる態度だ。

彼氏がいる女の子にするような態度じゃないよ!

絶対に、油断できない。


藤野先輩は気付いてないのか?

それとも、陽菜子の言葉を信じて安心してるのか?




3時間目のあとの休み時間。

日直だった俺と藤野茜で、地理の授業で使う教材を、校庭側の校舎にある社会科教材室まで取りに行った。

かさばるものや不揃いの箱が多くて、2人とも不安定に積み上げた箱や筒を抱えてる。

第一、第二と並ぶ理科室の前に差しかかったとき、前からぞろぞろと来る生徒の中に見覚えのある顔を見て、陽菜子のクラスだと気付く。



陽菜子は?



やってくる集団をさっとながめると、真ん中あたりに陽菜子と長谷川先輩が並んでるのが見えた。


やった!

通りがかりに話ができる!


でも、その隣に・・・八木?

長谷川先輩の反対側の隣に八木がいて、楽しそうに話している。

陽菜子も長谷川先輩も、まったく当たり前の顔で。


・・・藤野先輩は?


いた。

陽菜子の何人かあとから・・・田所先輩と一緒?

なんでだよ?!


でも、藤野先輩は楽しそうじゃなかった。

陽菜子たちのことを気にしているのが、先輩の視線と表情でわかる。

気にしてるけど、田所先輩を無視することができないらしい。


・・・お人好しだから。


陽菜子が俺と藤野茜に気付いて、のんきに声をかけてくる。

それには笑顔を返して、藤野先輩の前の生徒とすれ違うあたりでいきなり立ち止まる。


「わ!」


集団とすれ違うために俺の後ろを歩いていた藤野茜が、俺の背中にぶつかって荷物を落とした。

うまい具合に1つの箱のふたが開いて、中身がバラバラと廊下に散らばる。


「急に止まらないでよ!」


藤野茜が怒る。

振り返ると、陽菜子はちょっとこっちを見ていたけど、俺が大丈夫とうなずくと、理科室に入って行った。


「ごめん。ちょっと荷物を持ちなおそうと思って。」


適当に言い訳をしながら教材を拾い集めていると、藤野先輩が自分の方に転がってきたものを拾ってくれた。

田所先輩には「先に行ってて」と言って。

よかった。

ほかにも何人か、拾って手渡してくれた先輩たちにお礼を言う。


「ほら。」


藤野先輩が最後に、なんだかよくわからないものを何個か手に持って、藤野茜のところにきた。

その先輩に、小声で話しかける。


「なんで、あいつが陽菜子と一緒にいるんだよ?」


「え? あいつって?」


先輩も小声で。


俺たちがひそひそ話すのを見て、藤野茜が寄って来る。


「八木だよ! あいつ、陽菜子のこと狙ってるぞ。」


俺がそう言うと、藤野先輩が困った顔をする。


「そう思うか?」


「絶対、間違いない。」


俺の答えにため息をつく先輩。

藤野茜は驚いた様子で、先輩と俺の顔を交互に見つめている。


「何度か吉野には言ったんだよ。でも、笑ってばっかりで、俺がヤキモチを妬いてると思ってるんだ。それ以上言うと、怒るし。」


「じゃあ、無理矢理、あいだに入るとか。」


「やってるよ! だけど、授業が別々のこともあって。」


情けない顔をする藤野先輩に、同じ授業でも邪魔ができていないことを指摘するのはやめることにする。


「とにかく、目を離すなよ。」


俺の言葉にうなずいて、藤野先輩は理科室へ向かった。


「ねえ、早瀬。どうなってんの? ちゃんと教えてよ。」


横を向くと、不満そうな藤野茜。

こいつに話してもいいんだろうか・・・?


「あたしだって、吉野先輩のことを心配してるんだよ。」


そのひとことで、心が決まった。


「じゃあ、昼休みに。」








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