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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第八章 響希
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陽菜子のまわりの男たち(7)



「先輩は・・・、もう陽菜子の彼氏になったんだから、安心だよね。」


「安心?」


「そうだよ。だって、前に、どんなに負けたような気分を味わっていたとしても、結局は勝ったんだから。」


俺の言葉を聞くと、藤野先輩は可笑しそうに笑い出した。


ほら、そうやって笑ってる。

自分が一番だと思って、笑ってるんんだ。


「勝ったのとは違うよ。岡田は途中で抜けちゃったんだから。それに、全然安心なんかできないよ。」


「・・・どうして? “陽菜子の彼氏” って、おおっぴらに言えるのに。」


「だって、お前や、あの山口さんっていう存在があるのに? ほかにも、いつも心配ばっかりしてるのに。」


山口・・・って、直くんのことか。

俺も? ほかにも?


先輩が笑いながら続ける。


「俺、今は “彼氏” って認められてるけど、いつも、吉野がほかの誰かを好きになったらどうしようって思ってるんだぜ。全然、自信なんかないよ。」


「・・・そんなの、ウソだ。」


「たとえば、お前の見た目だって、絶対に俺に勝ってるよ。自分だって、そう思ってるんじゃないのか?」


実はそうだけど、そんなこと本人には言えないよ。


「見た目だけじゃ・・・。」


「それに、お前には幼馴染みっていう、俺よりずっとたくさんの積み重ねがあるじゃないか。俺にとって今の状況は、岡田と早瀬が入れ替わっただけで、前と同じなんだけどな。」


岡田先輩と俺が同列・・・?


「それに、見ろよ、これ。」


そう言って、見せてくれたのは、メールの一覧。タイトルに同じ文字が並んでる。


「『お守り隊レポート』・・・? 何?」


「これ、将太くんからの報告なんだ。」


「将太から?」


藤野先輩に密偵がいたとは!


「将太くんが俺に協力するって言って、山口さんのことを報告してくるんだよ。将太くんが、あの人が講師をやってる塾に行ってるの、知ってるか?」


「うん。陽菜子から聞いた。」


「塾での様子を送って来るだけで、吉野とはあんまり関係がないんだけど、読むと自信がなくなるよ。ほら。」


先輩が携帯を差し出す。


「見ていいの?」


「いいよ。あの人の様子だけだから。吉野もこれのことは知ってるし。」


陽菜子には秘密じゃないのか・・・。



『今日の直くんは、ワイシャツにピンクのネクタイだった。床屋に行ってきたらしくて、髪が短くなって、前よりかっこよくなってたよ。俺はやっぱり、男は髪が短い方がいいと思うな。休み時間には中学生の女子だけじゃなくて、ほかの女の先生たちも騒いでたよ。先生たちの部屋を見たら、直くんの机に姉ちゃんの店の袋が載ってた。』



・・・・・。


「これは・・・、どういう趣旨の・・・?」


携帯を返しながら尋ねると、先輩は笑った。


「もともとは吉野と山口さんのことを報告してくれるって言ってたんだけど、実際にはこんな内容ばっかりなんだ。吉野は、将太くんはメールのやりとりをしたいだけだって言ってる。」


「ふうん。先輩は直くんのこと、見たことある?」


「あるよ! あんまりかっこ良すぎて、打ちのめされた。そのときに将太くんが、メールのことを言い出して。」


なるほど。

で、さらに追い打ちをかけるようなメールを送って来るわけか。


「お前と山口さん以外にも、いろいろあるんだよ。」


先輩がため息をつく。


「吉野が簡単に、ほかの誰かに心を移してしまうなんてことはないと思うけど、自信満々でそう言い切ることはできないよ。ほかに誰もいないとしても、もしかしたら俺がとんでもない失敗をするかもしれないし。」


自信がない?

藤野先輩が?


そんなの・・・。


「だめだよ。」


「え?」


先輩が少し驚いた顔をする。


「先輩は陽菜子に選ばれたんだ。だから、頑張らなくちゃいけないんだ。」


俺がそう言うと、先輩は少し笑った。


「うん。そうだな。頑張るよ。」


「でも、俺もあきらめない。ちゃんと勝負ができてないから。」


「お前があきらめないってことは分かってるよ。でも、俺は今までも勝負してたつもりだけど?」


「陽菜子から見たら弟だから・・・。いつまでたっても、年下のままだし・・・。」


「なんだ、そんなこと!」


先輩は呆れた顔をした。


「うちの親なんか、母親の方が3才年上だぞ。お前がしっかりすれば、年齢なんて関係ないんだよ。」


お母さんが年上・・・?


・・・そうか。

よく考えたら、 “姉さん女房” っていう言葉もあるじゃないか!

何も、今だけで勝負が決まるわけじゃないんだ!


なんだ!

俺がずっと陽菜子のことを好きでもいいんだ!


「嬉しそうな顔しちゃって。正直なヤツだな。」


先輩がニヤニヤしながら指摘する。


だって・・・、嬉しいんだから、いいんだよ!


「あれ?」


テーブルの上に置いてあった先輩の携帯が光ってる。

先輩が手に取りながらつぶやく。


「メールだ。・・・ぴいちゃんから? こんな時間に?」


え?


最初はそらそうと思った視線を、いっぺんに先輩に戻す。


今、「ぴいちゃん」って言ったよね?


俺が鋭く反応したことに気付いて、先輩が俺を見返して・・・、ゆっくりと、手で口を隠した。


「聞いちゃった♪」


「え・・・と。」


先輩の日に焼けた顔が真っ赤になったのがわかった。


「いつも呼んでるんだ?」


俺の言葉が聞こえないふりをして、メールを読む先輩。


「あれ? お前と一緒だって聞いたらしいぞ。和久井から聞いたってことは、野球部の誰かが見てたんだな。お前が迷惑かけなかったかって、心配してる。」


「俺、陽菜子に電話する! メールが来たってことは、携帯のそばにいるはずだよね。」


バツの悪そうな顔をしている先輩を無視して電話をかけると、陽菜子がすぐに出た。


「陽菜子? 今、うちに藤野先輩が来てる。」


『響希の家? 何やってるの?』


「一緒にチャーハン作って、食べた。」


『え? チャーハン? 2人で?』


陽菜子が不思議そうに尋ねる。


そうだよね。

藤野先輩と俺が、そんなに仲がいいとは思ってなかったはずだから。


「そうだ! 写真撮ったから、あとで送るよ。藤野先輩と代わる。」


藤野先輩に携帯を差し出すと、先輩は何とも言えない表情で受け取った。


「・・・もしもし。吉野?」


「プーーーーッ・・・!」


我慢できない!

これからずっと、絶対、先輩が陽菜子のことを「吉野」って呼ぶのを聞くたびに笑っちゃうと思う。


「え? 大丈夫。・・・早瀬の笑い声、聞こえるだろう?」


そう言いながら、俺をジロリと睨んだ。


「うん。あとで連絡する。早瀬に代わるよ。」


俺が電話に出ると、陽菜子が母親みたいな口調で言う。


『響希。藤野くんに迷惑かけてないでしょうね?』


「大丈夫だよ。すごく面白いこと聞いた。」


笑いながら言った言葉を聞いて、藤野先輩がまたイヤそうな顔をする。


そんな顔をされても何ともないよ!

だって。


だって、先輩が俺のことをライバルだって認めてくれてるから。

信用して、岡田先輩とのことを話してくれたから。


それに・・・、本当は俺のこと、けっこう気に入ってくれてるよね?

そうじゃなきゃ、一緒にご飯を作ったりしないよね!




先輩は帰り際、アドレスを教えろと言った。

チャーハンの写真をくれるつもりだと思って、「赤外線でいいよ」と言ったら、


「ばか。緊急のとき用だ。」


と言われた。

なんだか・・・・・、ちょっと言えないや。




先輩が帰ったあと、風呂で湯船につかりながら、のんびりと考える。

こんなにのびのびした気分になったのは久しぶりだ。


いつも、いろんなことで悩んでいた。


陽菜子よりも年下なこと。

自分が役に立たないような気がすること。

一人でさびしい。


そういうことが、今日は気にならない。

全部、どうってことないって思える。

頑張れば、大丈夫って。

今すぐじゃなくてもいいんだって。



たぶん、藤野先輩と話したからだ。


先輩は・・・やっぱり、お人好しだ。

ライバルの俺を励ましたりして。

でも・・・。




野球部で陽菜子に人気があるわけが、なんとなくわかった。

あんな集合写真が送られたりする理由が。


見た目だけなら、岡田先輩の彼女の小暮先輩の方が絶対に人気があるはずだ。

見た目だけじゃなくて、陽菜子の仲良しなら、性格だって花マルだろう。

でも、岡田先輩に向かって小暮先輩のことを言っても面白くないから(逆に自慢されるのがオチだ。)、誰も言わないに違いない。


野球部の人たちが陽菜子のことをおおっぴらに言うのは、陽菜子の彼氏が藤野先輩だからだ。

みんな、お人好しの藤野先輩が好きで、藤野先輩をからかうために、陽菜子のことを口に出すんだ。

(もちろん、陽菜子は可愛いから、みんなに好かれて当然だけど。)

それと、あんなに陽菜子が人見知りで、調子に乗ったりしないから。



俺だって、藤野先輩のことをからかってみたくなるもんな。

陽菜子のことを先輩が「吉野」って呼ぶのを聞いたら、絶対に何か言っちゃうよ。絶対に!








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