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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第八章 響希
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陽菜子のまわりの男たち(6)



藤野先輩と一緒に作ったチャーハンは、人参がちょっとガリガリしたけど、出来立てが美味しかった。


・・・って言っても、できあがったのは、先輩が電話を切ってから1時間も経ってから。

材料を切るだけで30分、全部炒めるのに30分かかった。

なにしろ具の量がわからなくて、切った材料をフライパンに入れてみたら、それだけでチャーハン2人前くらいあったんだ。

その量に合わせてご飯も解凍したつもりが、ほぐしてみるとすごい量になって、途中で大きな鍋に全部を入れ替えなくちゃならなかった。

鍋でチャーハンを作ることになるとは思わなかった!


料理って不思議だ。

切ったり、炒めたりするあいだは、余計なことを考えない。

そうやってできあがったものを盛りつけたときの達成感もいい。

コンロや調理台の後片付けがちょっと面倒だったけど、先輩がお母さんから食べる前にやるようにと念を押されていたから、腹が減ってる俺たちは大急ぎで片付けた。


作っている間中、俺と藤野先輩の驚いたり笑ったりする声がにぎやかに響いていた。

この家に、こんな声が響くのは久しぶり。


大皿2つに山盛りにしたチャーハンを前に、得意になって笑った。


「そうだ。おい、早瀬。写真だ。」


携帯を出してテーブルに向けてから首を傾げる。


「皿を持て。もっと上。」


チャーハンごと俺を撮るのか?


と、思っていたら、先輩は携帯をカウンターの上に置いて、俺の隣へ・・・。


「ほら、笑え。」


男2人でチャーハンを作った記念?


先輩と並んで、それぞれ大盛りチャーハンの皿を持つ。

“笑えるのか?” って思ったけど、やっぱり可笑しくなって笑ってしまった。


タイマーで撮った写真には、楽しそうな先輩と俺が写っていた。




「本当は、作りながら話をする予定だったんだけどな・・・。」


食べながら、藤野先輩が不思議そうな顔をして言う。


「俺も、そうだと思ってたけど・・・。」


うちは両親とも料理をするけど、どっちも、料理しながらいろいろしゃべる。

陽菜子のお母さんも、陽菜子もそうだった。


でも・・・そう簡単なことじゃないんだな。


「どんな話が聞きたい?」


先輩が俺に尋ねた。


・・・どんな話?


「最初は楽しい話がいいな。食事中だし。」


藤野先輩がちょっと考える。


「3人で昼飯を食べたことがあるよ。学校の帰りに。」


学校帰りに昼飯? 夕飯じゃなく?


「12月の中間テストのときに、岡田と俺が誘って、毎日3人で昼飯を食べて帰ってたんだ。あのときは楽しかったぞ。吉野が俺たちに遠慮しなくなったのは、あのころからだな。」


「そのときには、陽菜子がすぐにOKするほど仲がよかったの?」


「うーん・・・、違うな。あれは、岡田と俺の連係プレーだ。テストの前は部活が休みになるから3人で一緒に帰ってて、でも、昼飯は吉野はちょっと迷ってた。で、2人でもうひと押し。」


藤野先輩がニヤリと笑う。


「3人で一緒か・・・。」


「そうだ。写真があるよ。もっと前の時期だけど。」


そう言って、先輩が携帯を開く。


「去年の文化祭の。プリントした写真を撮ったから、あんまりきれいじゃないな。」


見せてくれた写真は、浴衣を着た陽菜子とその両側に立つ先輩たち。

3人で何かに大笑いしている。

なごやかで、楽しそう。


「お互いに抜け駆けとかしなかったの?」


「したよ。」


即答?


「したんだ?」


「岡田と俺のあいだでは最初から、遠慮しないってことになってたし。 “吉野を傷つけるようなことはしない” っていうことだけは確認してあって。どっちも、お互いに秘密にしてる情報があったよ。」


そう言ったあと、藤野先輩が何かを思い出して笑う。


「秘密にしてることが、吉野の口から相手にばれることがあって、焦ったことも何度かあったよ。そういうことも、今になると笑えるけど。」


それから、また笑って続けた。


「今だって、岡田の家のことは秘密にしてるんだぞ。」


「岡田先輩の家?」


「岡田の家は駅を通らないで帰れるんだけど、吉野はそのことを知らないんだ。岡田が最初に “帰る方向が同じだから送る” って言ったから、吉野はずっと “ついで” に送ってもらってると思ってて。さっきのテスト期間中も、岡田は朝、わざわざ偶然のふりをして駅で待ち伏せてたんだから。まあ、俺だって似たようなものだったけど。」


大変そうだけど、楽しそう。

でも。


「・・・自信がなくなることはなかった? 陽菜子が岡田先輩を選ぶんじゃないかって。」


俺の質問に、藤野先輩はちょっと黙って俺を見ていた。

その表情が・・・陽菜子を思い出す。


「いつも考えてたよ。」


先輩がふっと微笑む。


「岡田と吉野が並んでいるとお似合いに見えるし、吉野は俺よりも岡田の方に早く慣れたんだ。岡田のきわどい冗談を笑い飛ばしたり。そういえば修学旅行のとき・・・。」


言葉を切って、何か考えている。

まだ心の傷が癒えていないとか?


「USJで、陽菜子が助けを求めてきたって・・・。」


ためらいながら俺が言うと、先輩が笑った。


「そんな話も聞いたのか? ずいぶん詳しいな。出どころはあのときのメンバーか。」


先輩は、ふふん、と笑って、続きを話してくれた。


「吉野と小暮がよその生徒につきまとわれて、通りかかった俺たちのところに逃げてきたんだ。でもな、そのときに、吉野は岡田のところに駆け寄ったんだよ。」


え?


「小暮先輩は?」


「小暮は俺の方に来た。よく考えると、小暮も岡田の方に行ってたら、俺、立ち直れなかったかもな・・・。」


「偶然だったんじゃないの?」


「うん。偶然かもしれないけど、吉野が岡田の制服の袖を握ってたんだ。」


陽菜子が!


それは・・・ショックだ。

土曜日に弁当を食べるときも、陽菜子は藤野先輩に触ったりしない。触ったり・・・叩いたりも。

俺がいなくても、この2人にはありそうにない。


「岡田は行動力があって、どんなときも迷わないですぐに体が動くんだ。たまに失敗もするけど、親切だし、その親切に行動力がくっついてるからかっこいいんだ。吉野に対しても真っ直ぐで。」


藤野先輩はぼんやりと何かを思い出すような顔をした。


ライバルのことをこんなに褒めるのか・・・。


「まあ、そんなふうに、負けたと思ったことは何度もあったよ。」


「でも、諦めなかったんだよね?」


「諦めなかったっていうか、諦められなかったよ。吉野が決めるまでは。とにかく、そのときに後悔しないようにしようと思ってた。」


「後悔しない・・・?」


「たとえば、岡田を陥れたり、何かをごまかしたり、そういうことはしないって決めてた。・・・まあ、吉野の基準に当てはめて、ものごとを考えてたみたいな感じかもしれないな。」


「陽菜子の基準。」


「うん。 “こんなことは、吉野は嫌いだろうな” って思ったら、それはしない、みたいな。」


「それって・・・今も?」


「うん。今もだな。吉野のこと、尊敬してるから。」


「尊敬? 陽菜子を?」


「だって、吉野ってすごいだろ? バイトしながら遠くから通学して、将来のことをちゃんと考えて、人見知りを直そうと努力して、自分より他人のことを優先にして・・・。いっぱいいいところがあるよ。だから、俺も頑張らなくちゃいけないんだよ。」


陽菜子のいいところ。


俺だってたくさん知ってる。

だけど、そんな陽菜子を尊敬するなんて考えたことなかった。

ただ、守ろうって思うだけで。

ただ、強くなればいいと思ってた。


「岡田先輩も、陽菜子のことを同じように思ってたのかな?」


「どうかな。岡田が吉野をどんなふうに考えているのかは訊いてみたことはないけど。・・・でも、やっぱり吉野に相応しくなろうって思ってたと思うな。」


そんな話をする藤野先輩は、俺には絶対に追い付けない存在みたいな気がした。








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