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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第八章 響希
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陽菜子のまわりの男たち(5)


部活のあと、正門の前で藤野先輩を待つ。

目の前をどんどん帰って行く生徒を見ていたら、急に気付いた。


陽菜子もここを通るんじゃないか?


俺がここにいるのを見たら、話しかけてくるかもしれない。

そこに藤野先輩が到着したら、何て言い訳をしたらいいんだろう?


そんなことを考えてキョロキョロしていたら、藤野先輩が来るのが見えてほっとした。

陽菜子に会いたくないなんて思ったのは初めてだ。


「どこかの店に行くか?」


藤野先輩の言葉に、またあせる。


どこで話すかなんて、考えてなかった。

でも、外では落ち着かないよな。

ドラマなんかだと公園で話してたりするけど、このあたりにそんな気の利いた公園はない。

コンビニやファーストフードの店は、うちよりも遠い・・・。


うち・・・でもいいか。近いんだし。


「ええと、俺の家でもいいですか?」


「早瀬の家? どこ?」


藤野先輩が驚いた顔をする。


「ここから5分かからないくらいの・・・。」


「そんなに近いのか?! 羨ましいな・・・。 俺はかまわないけど。」


「うちの親は帰りが遅いから大丈夫です。じゃあ、案内します。」


先輩は少し緊張した表情でうなずいた。




「こっちの家に、陽菜子たちが住んでいたんです。」


自転車を止めながら、藤野先輩に右隣の家を示す。


その家からは、今日も楽しそうな子どもの笑い声が聞こえる。

今、その家に住んでいる家族には、2人の小学生の男の子がいる。

昔の俺と真悟みたいに、いつも大きな声で叫んだり笑ったりしている。


でも、俺の家は暗くて静かだ・・・。


藤野先輩を案内しながら、カギを開けて、家に入る。

玄関からリビングへと明かりを点けながら進む。

リビングも、ダイニングキッチンも、片付いて整然としている。

陽菜子の家は、よくテーブルの上にお菓子の袋やコップが載っていたけど。


「きれいにしてるんだな。」


藤野先輩が感心したように言う。


「そうですか?」


きれいだけど、さびしい。


「うん。うちの母親に見せてやりたい。」


藤野先輩のお母さんて、どんな人なんだろう?


先輩と藤野茜を思い浮かべてみる。

なんとなく、おおらかな人みたいな気がして、ちょっと笑ってしまった。



リビングとダイニングテーブルを見比べて、どっちが話しやすいだろうと迷う。


「あ、俺、ソファよりそっちの椅子の方がいいな。」


俺の様子で察したらしく、藤野先輩が先に言ってくれた。

たしかにリビングだとかしこまり過ぎて、話しにくそうだよな。


冷蔵庫をのぞくと、先輩に出せるようなお菓子は何もない。

冷凍室は・・・冷凍したご飯ばっかり。

家族が家にいる時間が短いから、あんまり買い置きがないんだ。


仕方なく麦茶をコップに注いで持って行く。


「どうぞ。」


「サンキュー。」


先輩はちらりと俺を見てから、麦茶を一気に半分くらい飲んだ。

それから、椅子の背によりかかって、まっすぐに俺を見る。


「何か話があるって言ってたけど・・・?」


「あの・・・、」


昔のことを訊きたいなんて言ったら、気を悪くするかな?

でも、岡田先輩とのことを知るのは、俺にとって大事なことなんだ。


「岡田先輩のことを教えてほしいんです。」


藤野先輩の顔をしっかりと見返して言うと、先輩が目を丸くした。

・・・なんで、そんなに驚くんだろう?


「岡田のこと?! 吉野の話じゃなくて?!」


ああ!

先輩は、俺が陽菜子のことを話し合いたいんだと思っていたのか!


「なんで岡田? お前、まさか岡田に、この前の仕返しでもするつもりなのか?」


「違います!」


「・・・だよな。」


そう言って、藤野先輩は笑い出した。

最初はくすくすと。

だんだん大きな声で。


「なんだ! 俺、部活の前に呼び止められてからずっと、吉野のことでお前と対決しなくちゃいけないと思って、緊張してたのに! ははは! 岡田の話だなんて!」


笑いが止まらない・・・。

緊張が解けて、ちょっとハイになっちゃってる?

それとも、そんなに笑える話しかないのか?


「岡田のどんな話を聞きたいんだ?」


ようやく笑いを封じ込めて、先輩が尋ねる。


「去年のこと。陽菜子をめぐって、先輩と争ってたって聞きました。」


俺の言葉を聞いて、藤野先輩がきゅっと口を結んだ。


「聞いたのか?」


「はい。」


誰から聞いたのかは、きっと想像がつくだろうな。


「そのときのことを知りたいんです。」


「どうして?」


どうしてだろう?


「・・・俺にとって大事なことに思えるから。陽菜子のことを好きだった人が、どんな人なのか、どんなことを考えていたのか知りたい。」


そう言って藤野先輩を見たら、先輩は考え込んでいた。


「岡田はもう今は・・・。」


「それは分かってます。」


そう。

岡田先輩には、今はべつな彼女がいる。

だから、岡田先輩には訊けない。

まだ、それほど仲良くなってないし。


でも、知りたい。


「俺、笹本先輩にも会って、」


「笹本に?! なんでお前が?!」


「ええと、教えてくれた人が・・・。」


「茜だな。」


先輩がため息をつく。


「先輩の妹っていうより、窪田ですけど・・・。」


藤野茜は弁解しようとしてた。


「窪田?」


「先輩の妹といつも一緒にいる。」


「ああ! な・・・、あ、あの女の子か。やっと名字がわかった。」


先輩、どうしてそんなにほっとした顔・・・?

そんなに窪田の名字が知りたかったのか?

妹に訊けば済むことなのに。


俺が笹本先輩に会ったことで覚悟を認めてくれたのか、窪田の名字を教えた効果なのか、藤野先輩は話せる範囲で去年のことを教えてくれると言った。


「でも、岡田が本当は何を考えてたのかはわからないぞ。」


それから。


「早瀬。俺、安心したら腹が減った。お前、夕飯はどうしてるんだ?」


「親が作って行かない日は、ほか弁か宅配ピザとか・・・。」


「うーん、面倒だな。冷蔵庫に何かないのか?」


「・・・冷凍ご飯があったから、お茶漬けくらいなら。」


「お茶漬けじゃさびしいな・・・。もしかして、チャーハンとか作れないか?」


作るって言われても。


「俺、料理はできないけど。」


「俺もあんまりやらないけど、チャーハンくらいなら2人でやれば、どうにかなるんじゃないか? うちの親はよく、残り物でできるって言ってるぞ。」


そう言って、俺を促して、冷蔵庫を物色しはじめた。


「そうだ。遅くなるって、家に電話するついでに、作り方を訊いてみるか・・・。」


携帯を耳に当てて、俺に向かってニヤリと笑う。

先輩、楽しそう・・・。


「あ、母さん? 今日、友達と夕飯食べるから遅くなる。え? 自分たちでチャーハン作るから、材料教えて。」


先輩の「友達」という言葉に、ちょっとドキドキする。

電話をしたままの先輩に手招きされて、一緒に冷蔵庫をのぞき込む。


「ええと、あるものは・・・長ネギ・・・OK? 人参・・・みじん切り。はい。」


先輩が冷蔵庫から使うものを出して、俺に手渡す。


「キャベツかこれは? いや、レタス? レタスならありかも、と。ごぼう・・・使わない。ピーマン・・・え?」


必死で首を横に振る。


「ピーマンは嫌いだって。緑色のもの? ・・・長ネギの葉っぱでいいよね? キノコがあるな・・・しいたけ、OK、と。卵?」


見ていた野菜室を閉めて、冷蔵庫の上の扉を開けてみる。


「ああ、卵あった。・・・肉類? ウィンナーがあるけど。・・・わかった。野菜は細かく切る。」


先輩が書く真似をしたので、家族の連絡用のホワイトボードのところでマーカーを持つ。


「1番、材料を切る。2番、卵・・・え? 難しそうだな。それはやめとく。卵はなし。2番、ウィンナーを炒める。3番・・・。」


一通りチャーハンの作り方を教わって、顔を見合わせる。


「やるか!」


「はい!」


なんだか楽しくなってきた!








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