陽菜子のまわりの男たち(5)
部活のあと、正門の前で藤野先輩を待つ。
目の前をどんどん帰って行く生徒を見ていたら、急に気付いた。
陽菜子もここを通るんじゃないか?
俺がここにいるのを見たら、話しかけてくるかもしれない。
そこに藤野先輩が到着したら、何て言い訳をしたらいいんだろう?
そんなことを考えてキョロキョロしていたら、藤野先輩が来るのが見えてほっとした。
陽菜子に会いたくないなんて思ったのは初めてだ。
「どこかの店に行くか?」
藤野先輩の言葉に、またあせる。
どこで話すかなんて、考えてなかった。
でも、外では落ち着かないよな。
ドラマなんかだと公園で話してたりするけど、このあたりにそんな気の利いた公園はない。
コンビニやファーストフードの店は、うちよりも遠い・・・。
うち・・・でもいいか。近いんだし。
「ええと、俺の家でもいいですか?」
「早瀬の家? どこ?」
藤野先輩が驚いた顔をする。
「ここから5分かからないくらいの・・・。」
「そんなに近いのか?! 羨ましいな・・・。 俺はかまわないけど。」
「うちの親は帰りが遅いから大丈夫です。じゃあ、案内します。」
先輩は少し緊張した表情でうなずいた。
「こっちの家に、陽菜子たちが住んでいたんです。」
自転車を止めながら、藤野先輩に右隣の家を示す。
その家からは、今日も楽しそうな子どもの笑い声が聞こえる。
今、その家に住んでいる家族には、2人の小学生の男の子がいる。
昔の俺と真悟みたいに、いつも大きな声で叫んだり笑ったりしている。
でも、俺の家は暗くて静かだ・・・。
藤野先輩を案内しながら、カギを開けて、家に入る。
玄関からリビングへと明かりを点けながら進む。
リビングも、ダイニングキッチンも、片付いて整然としている。
陽菜子の家は、よくテーブルの上にお菓子の袋やコップが載っていたけど。
「きれいにしてるんだな。」
藤野先輩が感心したように言う。
「そうですか?」
きれいだけど、さびしい。
「うん。うちの母親に見せてやりたい。」
藤野先輩のお母さんて、どんな人なんだろう?
先輩と藤野茜を思い浮かべてみる。
なんとなく、おおらかな人みたいな気がして、ちょっと笑ってしまった。
リビングとダイニングテーブルを見比べて、どっちが話しやすいだろうと迷う。
「あ、俺、ソファよりそっちの椅子の方がいいな。」
俺の様子で察したらしく、藤野先輩が先に言ってくれた。
たしかにリビングだとかしこまり過ぎて、話しにくそうだよな。
冷蔵庫をのぞくと、先輩に出せるようなお菓子は何もない。
冷凍室は・・・冷凍したご飯ばっかり。
家族が家にいる時間が短いから、あんまり買い置きがないんだ。
仕方なく麦茶をコップに注いで持って行く。
「どうぞ。」
「サンキュー。」
先輩はちらりと俺を見てから、麦茶を一気に半分くらい飲んだ。
それから、椅子の背によりかかって、まっすぐに俺を見る。
「何か話があるって言ってたけど・・・?」
「あの・・・、」
昔のことを訊きたいなんて言ったら、気を悪くするかな?
でも、岡田先輩とのことを知るのは、俺にとって大事なことなんだ。
「岡田先輩のことを教えてほしいんです。」
藤野先輩の顔をしっかりと見返して言うと、先輩が目を丸くした。
・・・なんで、そんなに驚くんだろう?
「岡田のこと?! 吉野の話じゃなくて?!」
ああ!
先輩は、俺が陽菜子のことを話し合いたいんだと思っていたのか!
「なんで岡田? お前、まさか岡田に、この前の仕返しでもするつもりなのか?」
「違います!」
「・・・だよな。」
そう言って、藤野先輩は笑い出した。
最初はくすくすと。
だんだん大きな声で。
「なんだ! 俺、部活の前に呼び止められてからずっと、吉野のことでお前と対決しなくちゃいけないと思って、緊張してたのに! ははは! 岡田の話だなんて!」
笑いが止まらない・・・。
緊張が解けて、ちょっとハイになっちゃってる?
それとも、そんなに笑える話しかないのか?
「岡田のどんな話を聞きたいんだ?」
ようやく笑いを封じ込めて、先輩が尋ねる。
「去年のこと。陽菜子をめぐって、先輩と争ってたって聞きました。」
俺の言葉を聞いて、藤野先輩がきゅっと口を結んだ。
「聞いたのか?」
「はい。」
誰から聞いたのかは、きっと想像がつくだろうな。
「そのときのことを知りたいんです。」
「どうして?」
どうしてだろう?
「・・・俺にとって大事なことに思えるから。陽菜子のことを好きだった人が、どんな人なのか、どんなことを考えていたのか知りたい。」
そう言って藤野先輩を見たら、先輩は考え込んでいた。
「岡田はもう今は・・・。」
「それは分かってます。」
そう。
岡田先輩には、今はべつな彼女がいる。
だから、岡田先輩には訊けない。
まだ、それほど仲良くなってないし。
でも、知りたい。
「俺、笹本先輩にも会って、」
「笹本に?! なんでお前が?!」
「ええと、教えてくれた人が・・・。」
「茜だな。」
先輩がため息をつく。
「先輩の妹っていうより、窪田ですけど・・・。」
藤野茜は弁解しようとしてた。
「窪田?」
「先輩の妹といつも一緒にいる。」
「ああ! な・・・、あ、あの女の子か。やっと名字がわかった。」
先輩、どうしてそんなにほっとした顔・・・?
そんなに窪田の名字が知りたかったのか?
妹に訊けば済むことなのに。
俺が笹本先輩に会ったことで覚悟を認めてくれたのか、窪田の名字を教えた効果なのか、藤野先輩は話せる範囲で去年のことを教えてくれると言った。
「でも、岡田が本当は何を考えてたのかはわからないぞ。」
それから。
「早瀬。俺、安心したら腹が減った。お前、夕飯はどうしてるんだ?」
「親が作って行かない日は、ほか弁か宅配ピザとか・・・。」
「うーん、面倒だな。冷蔵庫に何かないのか?」
「・・・冷凍ご飯があったから、お茶漬けくらいなら。」
「お茶漬けじゃさびしいな・・・。もしかして、チャーハンとか作れないか?」
作るって言われても。
「俺、料理はできないけど。」
「俺もあんまりやらないけど、チャーハンくらいなら2人でやれば、どうにかなるんじゃないか? うちの親はよく、残り物でできるって言ってるぞ。」
そう言って、俺を促して、冷蔵庫を物色しはじめた。
「そうだ。遅くなるって、家に電話するついでに、作り方を訊いてみるか・・・。」
携帯を耳に当てて、俺に向かってニヤリと笑う。
先輩、楽しそう・・・。
「あ、母さん? 今日、友達と夕飯食べるから遅くなる。え? 自分たちでチャーハン作るから、材料教えて。」
先輩の「友達」という言葉に、ちょっとドキドキする。
電話をしたままの先輩に手招きされて、一緒に冷蔵庫をのぞき込む。
「ええと、あるものは・・・長ネギ・・・OK? 人参・・・みじん切り。はい。」
先輩が冷蔵庫から使うものを出して、俺に手渡す。
「キャベツかこれは? いや、レタス? レタスならありかも、と。ごぼう・・・使わない。ピーマン・・・え?」
必死で首を横に振る。
「ピーマンは嫌いだって。緑色のもの? ・・・長ネギの葉っぱでいいよね? キノコがあるな・・・しいたけ、OK、と。卵?」
見ていた野菜室を閉めて、冷蔵庫の上の扉を開けてみる。
「ああ、卵あった。・・・肉類? ウィンナーがあるけど。・・・わかった。野菜は細かく切る。」
先輩が書く真似をしたので、家族の連絡用のホワイトボードのところでマーカーを持つ。
「1番、材料を切る。2番、卵・・・え? 難しそうだな。それはやめとく。卵はなし。2番、ウィンナーを炒める。3番・・・。」
一通りチャーハンの作り方を教わって、顔を見合わせる。
「やるか!」
「はい!」
なんだか楽しくなってきた!