陽菜子のまわりの男たち(4)
遠足から帰って一人で家にいたら、いろんなことを考えて、なんとなく落ち込んでしまった。
自分が、強がっているだけの、役に立たない人間みたいな気がして。
ほかの誰もが・・・近藤でさえも、俺よりも男らしいような気がして。
岡田先輩と藤野先輩の話も、俺にはショックだった。
人見知りな陽菜子が、どうしてあんなに岡田先輩と仲良くなったのかは分かったけど。
岡田先輩は、俺から見たら、男らしさの見本のような人だ。
見た目はもちろんのこと、俺を陽菜子から引き剥がしたときの行動の早さが、決断力にあふれている証拠だと思うし。
あのときに言われたことも。
その岡田先輩じゃなく、藤野先輩を陽菜子は選んだ。
・・・選ぶ前に、岡田先輩が小暮先輩に告白されたんだけど、もし、陽菜子とうまく行きそうだったら、小暮先輩を断ったんじゃないのかな?
陽菜子は、秋の修学旅行のときにはもう岡田先輩と藤野先輩とは仲良くなっていた。
だとすれば、先輩たちは、その前から陽菜子のまわりにいたんだ。
で、次の年の3月に、いきなり陽菜子が藤野先輩のことを好きになったわけじゃないだろうから、その間にいろんな積み重ねがあったはずだ。
藤野先輩があきらめなかったのは、そのせいだ。
つまり、バレンタイン・デイより前に、陽菜子は藤野先輩を選んでいたんだ。
ってことは。
藤野先輩は、岡田先輩に勝ってるんだ。
岡田先輩よりもすごい人ってことだ。・・・そんなふうには見えないけど。
笹本先輩だって、見た目よりずっと男らしい人だ。頭も良さそうだし。
でも、陽菜子は笹本先輩を彼氏には望まなかった。
俺は・・・岡田先輩にも、笹本先輩にもかなわない。
力も、心も、あんなに強くない。
じゃあ、俺は絶対に、藤野先輩には勝てないってこと・・・?
そんなの・・・ひどいじゃないか。
まだ、勝負もしていないのに。
ため息・・・。
・・・陽菜子に会いたいな。
そうだ!
今日は陽菜子に会ってないよ。
だから、こんなに気分が下向きになっちゃうんだ。
電話してみようかな・・・。
8時か。
バイトの日だから、この時間じゃ、まだ部屋に戻ってないな。
真悟も9時過ぎないと無理だな。
今日は遠足で部活に出ないで帰ってきたから、家で過ごす時間が長い。
・・・宿題でもやるか。
思ったよりも遠足で疲れていたらしい。
机に突っ伏して眠っていたのを、帰ってきた親に起こされた。
そのままベッドに直行。
疲れているときは、余計なことは考えない方がいい・・・。
次の日の朝、うきうきと陽菜子の教室へ。
きのう一日会えなかっただけで、ものすごく久しぶりみたいな気がする。
3年8組の教室に行くと、今日も陽菜子は一人。
「陽菜子! おはよう!」
俺に気付いて立ち上がった陽菜子に抱きつく。
「おはよう。重いよ。」
陽菜子の笑いを含んだ声。
いつもと同じ、安心する声。
腕をほどいた俺に、廊下に向かって歩きながら陽菜子があれこれ尋ねる。
朝、俺はいつも教室にどんどん入ってしまうけど、陽菜子は必ず俺を廊下に連れ出す。
「きのうは遠足だったんでしょ? 楽しかった?」
やっぱり姉のつもりだ。
でも、いいや。俺のスケジュールを覚えててくれただけで。
「天気が良くて日焼けした。」
そう言うと、陽菜子が俺の顔を見て、
「ホントだ。鼻の頭が赤いよ。」
と笑う。
あ、そうだ。
あの話、訊いてみよう。
「野球部の近藤が、陽菜子に集合写真を送ったって言ってたよ。」
「ああ、あれ?! そうそう。びっくりしたよ、あのときは。見る?」
陽菜子が笑いながら携帯を開く。
見せてくれた写真は、9人の野球部員が練習着やTシャツ姿でにこにこ笑っている集合写真。
みんな、嬉しそうだな・・・。
「藤野先輩は写ってないんだ?」
「え? あ。ふ、藤野くんはいいの。」
陽菜子が赤くなって、目を伏せる。
ああ。
藤野先輩の写真は別に持ってるってことか。
もう一度、写真に目をやると、真ん中で岡田先輩が得意気に笑っているのが目に入った。
「この写真、藤野先輩が撮ったの?」
岡田先輩の笑顔が、なんとなく藤野先輩に向けられているように感じて。
「さあ? 送ってきたのは岡田くんだけど。」
「ふうん。」
きっと、藤野先輩が撮ったんだ。
お人好しの藤野先輩らしいな。
去年の、岡田先輩とのことを訊いてみたい。
陽菜子をめぐって、どんなやりとりがあったのか。
今はもう、岡田先輩のことを何とも思っていないのか。
藤野先輩は話してくれるかな・・・?
そうだ。
今度、俺の写真も陽菜子に送ろう!
「吉野さん、おはよう。」
・・・また、あいつだ。
最近、いつもこのくらいの時間にやって来て、俺と陽菜子の邪魔をする。
八木・・・とか言ったっけ。
俺と陽菜子が廊下で話していると、そのまま教室に入らないで、当然のように仲間入りしてくるんだ。
「あ、おはよう。」
陽菜子はなぜか、こいつには人見知りをしない。
同じクラスのほかの男の先輩たちには、1か月以上経った今でも、あいさつされてもおどおどしているのに。
俺はこいつが気に入らないから、絶対に陽菜子と二人だけにして教室に戻ったりしない。
長谷川先輩がやってくるまで居座ることにしている。
どこが気に入らないのかはっきりとは言えないけど、なんとなく嫌だ。ヤキモチとは違う。
でも、陽菜子に言ってもわからないだろうから、俺がそばについているしかない。
俺は陽菜子ガーディアンなんだから。
去年の岡田先輩と藤野先輩のことを知りたいと思ったら、じっとしていられなくなってしまった。
こうやって、ひとつのことが気になると我慢できなくなるところも、子供っぽい証拠なのかな?
こういう話は陽菜子がいるところではできない。藤野先輩が一人のところを捕まえないと。
そうすると、教室以外だよな。
・・・部活の前か。
でも、陽菜子がバイトの日は、昇降口まで一緒に降りてくる。
今週のバイトの休みは・・・今日だ。
じゃあ、今日しかない。
来週まで待ちきれない。
放課後、急いで昇降口に向かう。
最近、放課後に急いでどこかに行くことが多いな。
昇降口に来るときには、いつも待ち伏せっていうのも、なんとなく変だ。
俺、何をやってるんだろう・・・?
3年8組の下駄箱の位置がわかっていたので、その前で待機。
同級生が通り過ぎるのに手を振りながら、藤野先輩を待つ。
土曜日に一緒に弁当を食べるようになってから、藤野先輩ともだいぶ話せるようになったけど、陽菜子抜きで話すのは初めてだ。
ちょっと緊張するな・・・。
でも・・・遅い。
今日は、陽菜子は天文部に行くはずだから、藤野先輩は陽菜子に合わせる必要はないはずなのに。
階段から大きな声がして、岡田先輩が現れた。
俺に気付いて、「よお。」と手を上げる。・・・ちょっと嬉しい。
「こんにちは。」
俺があいさつすると、
「ぴいちゃんを待ってるのか? もう、人前で抱きついたりするなよ。」
と、笑いながら俺の頭をぽんぽんと叩いて、ほかのメンバーと一緒に行ってしまった。
岡田先輩は陽菜子のスケジュールは知らないんだ・・・。
じゃあ、本当に陽菜子には未練がないってこと?
さらに5分以上経って、もしかしたら俺が来る前に行ってしまったのかもしれない、と思ったところに、大急ぎの藤野先輩がやって来た。
廊下に一人でいる俺を見て、ちょっと驚いた顔をする。
「あれ? 今日は吉野は部活だぞ。」
俺に話しかけながら、急いで靴を履き替えている。
「あの、藤野先輩に話が。」
「え? 俺?」
手を止めて、こっちを振り返る。
「部活のあと、話せませんか?」
少しのあいだ、俺を見つめてから、藤野先輩が「いいよ。」と言った。
「お前、自転車?」
「はい。」
「じゃあ、正門の外側で待っててくれ。たぶん、野球部の方が遅いと思うから。じゃあな。」
どんな話が聞けるのか、ちょっとドキドキする・・・。