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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第一章 茜
5/95

吉野先輩はお兄ちゃんの彼女だよ!(5)



4月9日、月曜日。

今日も早瀬ににらまれながら一日過ごす。

放課後に再び天文部に顔を出すと、吉野先輩はバイトでお休みだった。


先週はいなかった先輩が何人か来ていて、奈々と一緒に自己紹介をする。

3年生の先輩の中にはお兄ちゃんを直接知っている人もいて、なんとなく緊張しちゃう。

お兄ちゃんと知り合いじゃなくても、吉野先輩の彼氏ってことで、天文部の先輩たちはみんな “藤野” の名前は知っていた。


笹本先輩は中学時代の名残で、あたしのことを「茜ちゃん」と呼ぶ。

奈々のことは「窪田さん」だから、奈々はちょっと不満そう。

長谷川先輩は、「奈々ちゃん」と「あーちゃん」と呼んでくれる。

ほかの先輩たちもそれぞれに、呼びやすい方で話しかけてくれた。



今日も日々の活動を説明してもらいながら、先輩たちが観測したり、記録をつけたりするのを見学する。

奈々は笹本先輩にくっついて、熱心に話を聞いている・・・っていうよりも、先輩に見とれてる?


あたしは長谷川先輩と気が合って、いろいろな話をした。

近くで見ると、長谷川先輩はかなり美人だ。吉野先輩とは中学のときからの仲良しだと言った。

去年の春に吉野先輩が引っ越してから一緒に過ごす時間が減ったけど、お互いに相手のことは全部わかっているから、親友なのは変わらないって。

あたしも奈々と、そういう関係になれているのかな・・・?



ちょっとの間、まわりに人がいなくなったとき、あたしは気になっていることを長谷川先輩に訊いてみる気になった。


「あのう・・・、笹本先輩って、彼女はいないんですか?」


「え? 笹本?」


長谷川先輩は、男子のことは呼び捨てだ。

そんなところもかっこいい。


「あーちゃん、笹本のこと好きなの?」


ちょっと声をひそめて尋ねられて、慌てて否定。


「いっ、いえ、違います。それはあたしじゃなくて。」


「ああ、奈々ちゃんか。」


「はあ、まあ・・・。」


見ればわかるよね。


「彼女はいないよ。」


シンプルな答え。


「好きな人とか・・・?」


「うーん、どうだろう?」


なんだろう、この答え?


「前はいたけど。」


どうしよう?

はっきり訊いてみちゃってもいいかな?


「それって、吉野先輩ですか?」


「あれ、わかる?」


長谷川先輩がちょっと驚く。


「はあ、なんとなく。」


「一回見ただけで?」


「・・・はっきりとではないですけど。」


「そうか。たしかに、ぴいちゃんのこと、よく面倒見てるもんね。」


そう言って、長谷川先輩は小さく笑った。




長谷川先輩は、今までのことを簡単に話してくれた。


「1年で一緒に入部してから、人数が少ないせいもあって、あたしたちはみんな仲が良かったんだ。」


そうだろうな。

もともと同じことが好きな人同士が集まってるんだし。


「ぴいちゃんは人見知りが激しくて、教室では男子とはほとんど話さないんだけど、部活だと仲間って感じで違和感なく話せたみたいでね。先輩たちもそうだったんだけど、男子も女子も関係なく、いつも仲良くしてたの。」


吉野先輩が人見知りって、なんとなく納得できる・・・。


「まあ、部内でカップルになる人もいて、あたしも1つ上の先輩が彼氏なんだけど。」


あ、そうなんですか?!


「笹本はぴいちゃんのことを好きになって、それがちょっと態度に出ちゃったんだよね。ぴいちゃんと話すときに、やたらと嬉しそうだったり。」


へえ・・・。

あの冷静そうな笹本先輩が。


「それが1年の終わりごろで、ぴいちゃんは笹本のそういう態度がなんだかわからなくて、すごく困っちゃってね。」


「なんだかわからないって・・・?」


そういうのって、なんとなく感じたりするものでは?


「なんていうか・・・ぴいちゃんはもともと男子が苦手だし、自分に恋愛ごとをあてはめて考えたことがなかったから。それに、笹本も口に出して言わないし。で、ぴいちゃんが居心地が悪くなって、笹本を避けるようになっちゃったんだよ。」


もし、吉野先輩に避けられる前に笹本先輩が告白していたら、どうなっていたんだろう?


「笹本は2年になってから気を付けるようになって、でも、そのころにはぴいちゃんがバイトで部活に来られない日が多くなっててね。まあ、夏休み前には、ぴいちゃんは笹本と元どおり話せるようになってたよ。でも、それは笹本が気をつけて態度に出さないようにしてるからなのか、あきらめたからなのか、あたしにはちょっとわからないな。見慣れちゃったからかな?」


そうか。

天文部では当たり前の光景ってことか。


「でも、本気で好きだったら簡単に忘れたりできなくても仕方ないよね。それに、ぴいちゃんが藤野と付き合うって決まってからまだ1か月だし。それまでは笹本にだってチャンスがあったわけだから。」


笹本先輩は、今はあきらめているんだろうか?

あきらめてはいても、好きだっていうのは仕方がないことだけど。


「心配?」


長谷川先輩がくすくす笑いながら尋ねた。


「ちょっと・・・。お兄ちゃんの立場が・・・。」


「それは大丈夫。ぴいちゃんは藤野以外に自分を好きになる人がいるとは思ってないから。」


「そこまで言い切れますか・・・?」


「うん。去年、藤野よりもっとわかりやすくアピールしてるヤツがいたけど、ぴいちゃん、全然気付かなかったんだから。まあ、そのころは藤野のこともわかってなかったけど。」


「その人のことは避けたりしなかったんですか?」


「うん。相手の性格のせいもあって、全部冗談でふざけてるって信じ切っててね。初めて男子の友達ができたって、感動してたよ。」


なんか、吉野先輩らしいかも。


「その人は今は・・・?」


「彼女がいるよ。ぴいちゃんが取り持ったような感じになってね。」


へえ・・・。


「あーちゃんって、お兄さん思いなんだね。」


「え?! そうですか?!」


「だって、お兄さんの彼女の心配するなんて。」


「そう言われてみると・・・。なんででしょう?」


「そんなこと知らないよ!」


長谷川先輩が笑い出す。


「一応、兄はいい人だと思いますけど・・・?」


そう言うと、先輩はますます笑った。


「あははは・・・、そうだね。あたしも最初はイヤなヤツだと思ったけど、今はいいヤツだってわかるよ。あはははは!」


それから先輩は、去年の夏の合宿で、お兄ちゃんが吉野先輩を心配したあまり怒鳴りつけたという話をしてくれて、あたしも一緒に大笑いした。


それにしてもお兄ちゃん、吉野先輩のこと、ずいぶん時間をかけたんだな。

吉野先輩が男子に免疫がないっていうのはわかる気がするけど、去年の夏休みには先輩のこと想ってたのに、決まったのはつい1か月前だよ。

そのくらい気をつけて、ゆっくり進まなくちゃいけなかったってこと?

きっと、吉野先輩のこと、すごく大事なんだ。・・・それとも、照れくさくて言えなくて、時間がかかっちゃっただけなのかな?


そういえば、先週、あたしが先輩のこと知らなくて困らせちゃったって言ったとき、すごく後悔した顔をしてたっけ。

時間がかかった理由はわからないけど、お兄ちゃんが吉野先輩のことを大事に思ってるのは間違いないよね。


「二人でいるときはどんな様子なんですか? 長谷川先輩、同じクラスなんですよね?」


「同じクラスっていってもまだ3日目だけどね。教室で二人で話してることはあんまりないよ。」


「そうなんですか?」


「藤野は男子の友達も多いし、野球部関係で誰かが来てたりするから。ぴいちゃんはたいていあたしと一緒にいるし。」


「じゃあ、いつ話してるんだろう? 朝も帰りも別々なのに。」


「部活に行く前にちょっと話してるのは見た。」


それだけ?! ほんの5分くらいだよね?

同じクラスなのに?!

野球部は土日もだいたい出てるから、休日に会ったりもできそうにないよ?

もしかして、笹本先輩と一緒にいる時間の方が長くない?

それに、長谷川先輩の話をよく考えてみると、吉野先輩って、警戒心が薄いんじゃないだろうか?


あたしには関係がないとはいえ、なんだか心配になってくる・・・。


「あの二人はねえ、」


長谷川先輩の言葉に考えが中断する。


「一緒にいると、ゆったりした空間が生まれるみたいな感じだよ。2年の終わりごろから何回かしか見かけてないけどね。二人だけの世界に入っちゃうのとは違うんだけど、わかる?」


「ああ・・・、なんとなくわかります。吉野先輩の雰囲気で。」


「でね、藤野はぴいちゃんのことを見守ってる感じで、ぴいちゃんは安心しきった顔をしてる。ぴいちゃんがあそこまで安心できるのは、あたしともう一人の親友のほかには藤野だけだね。」


「そうですか。」


なんか、嬉しい。

それに、お兄ちゃんと吉野先輩の組み合わせって、なんとなく微笑ましいな。

これはやっぱり、妹として見守ってあげないといけないね。


次に吉野先輩が来たとき、笹本先輩の様子をもっとよく見ていよう。


・・・だけど、あたしがこんなにお兄ちゃん思いだったなんて。

知らなかったよ。









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