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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第八章 響希
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陽菜子のまわりの男たち(2)



「ぴいちゃんのことかな?」


笹本先輩の質問。

俺が話しにくそうにしているから。

静かな教室で聞くと、笹本先輩の声はゆったりして心地いい。


笹本先輩と並んで窓際の机に横向きに座って、外を見ている。

同じ1組でも、3階からの景色は、俺たちの教室がある5階からの景色と違って、いろんなものが近い。


向かい合わないでいられることに、ほっとした。

もしかしたら、先輩が気遣ってくれたのかも。

そういうところも大人だ・・・。


「先輩は・・・、」


何を言えばいいんだろう?

藤野先輩に初めて会ったときみたいに、何も迷わないで「近付くな」って言えないのはどうしてだ?


「先輩は、陽菜子のことをどう思ってるんですか?」


ようやく言葉を選び出すけど、それがなんだかくだらない質問に思えるのはなぜ?


隣で深呼吸をするような気配。・・・それとも、ため息?

どっちだろうと思って先輩を見ると、先輩も俺を見た。

その目が笑ってる・・・?


「誰かから何か聞いた?」


え?


「茜ちゃんか、窪田さんかな?」


・・・藤野茜のことは名前で呼ぶのか。

関係ないけど。


俺が何も答えないでいると、笹本先輩はちょっと笑って話し始めた。


「ぴいちゃんは俺の妹みたいな存在だって言ったら、納得する?」


あくまでも穏やか。そして、ちょっと懐かしそう。


「妹?」


「うん、そうだよ。藤野にもそう言ってあるよ。」


藤野先輩にも?


「藤野先輩に、わざわざ・・・?」


そんな話をする必要があったんだろうか?


「早瀬くん・・・だったよね? きみはぴいちゃんのことが好きなんだよね?」


「はい。」


それは今でも間違いない。

俺の中の揺るぎのない一本の柱。


「俺も、ぴいちゃんのことを好きだったよ。」


・・・やっぱり。


「でも今は、妹みたいに思ってるだけだよ。」


本当に?

そんなこと、簡単には信じられない。


俺の疑いが顔に出ているらしい。

笹本先輩がくすくす笑う。


「ぴいちゃんとは1年生の初めに、天文部で出会ったんだ。」


窓の方を向いて、先輩が話し始めた。


「初めはまーちゃんの後ろにくっつくようにしていたけど、慣れてきたらだんだんたくさん話すようになってね。うちの部は人数が少なかったから、みんなで仲が良くて、楽しかったよ。」


・・・そうか。

高校に入ってから、陽菜子には居場所ができたんだ。


「ぴいちゃんはしっかり者なのに、そそっかしいところがあって、よく怪我をしてたんだ。」


「怪我? 天文部で、ですか?」


「うん。天体望遠鏡やカメラの三脚ってあるだろう? あれをセットしたり、片付けたりするときに指を挟むなんていうのは日常茶飯事で、何かに気を取られて戸口で柱に頭をぶつけるとか、理科室の大きな机の角で腰を擦りむいたりとか。」


机の角で擦りむくって・・・服の上からなのに? それほど勢いよく?


「一度、カメラを持ったまま椅子につまずいて転んだことがあってね、」


陽菜子・・・。

なんてトロいんだ・・・。


「カメラを守ろうとして、おでこにコブができちゃったんだよ。」


「あ! それ、覚えてます!」


「そう?」


笹本先輩が楽しそうな顔をする。


「はい。その頃は隣に住んでて、毎日会ってましたから。」


あのときは、真悟と一緒にどれほど笑ったことか。


「ああ、そうなのか。」


そう言う先輩の表情は、すごく優しそうだった。


「まあ、そんな調子だったから、俺はいつの間にかぴいちゃんのことをいつも心配して見ているようになって、そんなふうに痛い思いをしても、にこにこして『大丈夫』って言うぴいちゃんのことを守ってあげようって思ったんだ。」


陽菜子を守る。

俺と同じだ・・・。


「でも、ぴいちゃんにとっては、俺は部活仲間以上ではなかったんだよ。」



「それはぴいちゃんの態度でわかった。ぴいちゃんが、まーちゃんの後ろに隠れてしまうようになって、俺が近付き過ぎたんだって気付いた。」


「それで・・・?」


「困ってるぴいちゃんを見るのはつらかったから、あきらめた。だって、俺のことで彼女が悩むのは悲しいからね。」


悲しい?

そうだな・・・。


「俺が気持ちを切り替えたら、それをなんとなく感じたらしくて、ぴいちゃんが警戒をといてくれたよ。不思議だよね。俺がずっとぴいちゃんのことを心配しているのは変わらないのに。逆にその頃から、前よりも仲良くなったよ。」


「それで、妹・・・?」


「うん、そうだね。俺の中で、ぴいちゃんをただの “部活仲間” って割り切るのはちょっと難しかったんだ。彼女はやっぱり守ってあげたい相手だったから。だから “妹” ってことにしてみたら、それがちょうどよくて、俺とぴいちゃんの関係のバランスがとれたっていうか。」


そう言って、笹本先輩は微笑んだ。

この穏やかな微笑みの下に、陽菜子への気持ちを封印したんだ。


「うちの部員はぴいちゃんと俺の様子を見慣れてるから何とも思わないけど、今年の1年生の中には、誤解してる人もいるみたいだね。」


くすくすと笑う先輩。

その “誤解してる人” から、俺は話を聞いてきたわけか。


でも、まるで笹本先輩は、誤解されてるのを楽しんでいるみたいだ。


「じゃあ先輩は、もう陽菜子のことは・・・。」


「今は妹以上には思ってないよ。藤野のことも恨んでないし。藤野には『よろしく頼む』って言ってあるよ。」


それから俺を見て、付け加える。


「ああ。もし早瀬くんがぴいちゃんの彼氏になっても、きみのこと、恨んだりしないよ。ぴいちゃんが幸せなら。」


そして。


「だって、妹だからね。幸せになるように願うのは当然だろ?」



・・・強い人だ。

こんなに優しい表情をしているのに。

この人に対して、俺が言えるようなことなんか、何ひとつない。



座っていた机から降りて、先輩に向き直る。


「ありがとうございました。」


頭を下げたら、笹本先輩があわてて立ち上がって、


「いいんだよ、そんなことしなくても。」


と言った。


・・・ああ、やっぱり。


「先輩は、陽菜子と似ています。」


自分が笑顔になっているのがわかる。


「え? そう?」


「はい。」


笹本先輩が首を傾げている。


でも、本当にそうだ。

誰かのことを思いやる気持ち。

自分がつらいことを隠して、誰かのために頑張ること。


「じゃあ、俺、行きます。」


もう一度、頭を下げて教室の出入口に向かいかけたところで、先輩が言った。


「今の話は内緒だよ。」


振り向くと、先輩が楽しそうに笑っていた。


「早瀬くんだから話したんだから。」


「はい。」


初対面の俺を信用してくれた・・・。


「それにね。」


先輩の目がきらりと光った?


「今は、もう一人の妹がね。」


「もう一人の妹?」


この先輩、そんなに失恋してるのか・・・?


「あ! そっちには断られたわけじゃないぞ! まだ途中なんだから。」


ああ。

つまり、今は妹みたいだけど、彼女にしたいってことか。


それにしても、ずいぶん正直な先輩だな・・・。


「いいんですか、そんなに俺に話しても?」


「そうだなあ。不思議だね。なんとなく、早瀬くんは身内みたいな気がするよ。ぴいちゃんのことがあるからかな?」


陽菜子のよさがわかってるから、気持ちが通じる?

そんなことって、あるのかな? ・・・あるのかも。


「あ! 早瀬くん、一人っ子?」


「・・・はい。」


「俺もだよ。俺、昔から、相手が一人っ子かどうか、なんとなくわかるんだよ。理由はよくわからないけど。」


さびしい時間を知ってるからなのか?

それだったら、陽菜子っていう共通点で分かり合える方がいいな。


「何かあったら、また話しにおいで。・・・まあ、俺じゃなくても、相談する相手はいるか。」


「ありがとうございます。」


もう一度、お礼を言って、教室を出る。



来てよかった。

ちゃんと話せてよかった。

いい人でよかった。


それに・・・新しい強さを知った。








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