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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第七章 茜
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吉野先輩、変ですよ?(8)


5月14日、月曜日。


きのうの夜、笹本先輩からのメールに何て返したらいいのかさんざん迷って、返事を書くのにたくさん時間がかかってしまった。

だって、あたしが言いたいようなことはどれも・・・厚かましいような気がして。



よく考えたら、先輩から来たのは、単に謝るためのメール。

なのに、自分勝手にドキドキしちゃったりして、バカみたい。


そう。

メールの内容には、特別なことなんて何もなかった。



『次に私服で出かけるとき』?

べつに、あたしと一緒になんて言ってない。


『服を選ぶのって難しそう』?

だからって、あたしに選んでほしいわけじゃない。


『変な誤解』?

そうだよね。

笹本先輩は、吉野先輩が好きなんだから。


『話したくないとか思わないで』?

もちろん、部長としての言葉だ。


先輩は、何も特別なことは言ってない。

その行間に勝手に意味をこじつけて、・・・危なかった。

おかしな返事を書いて、恥をかくところだった。


『今日はいろいろ教えていただいて、ありがとうございました。店員さんに誤解されたことは気にしていません。間違えられたのは先輩のせいじゃなくて、あの場所のせいだと思います。明日からの部活も、今までどおり、よろしくお願いします。』


最終的に送ったメールはこれ。

送信ボタンを押したとき、ちょっとだけ胸が痛んだけど。

だけど・・・仕方ないじゃない。




朝食を食べに部屋から降りて、廊下でお兄ちゃんとすれ違うとき、吉野先輩のことを思い出した。


そうだった。

まずは一言、言わなくちゃ。

さりげなくね。


「笹本先輩って、吉野先輩にすごく優しいんだよ。」


そうだよ。

本当に。


お兄ちゃんがさっとこっちを向いたけど、知らんぷりして朝食を食べに行く。

お兄ちゃんは朝練のために家を出る時間。


吉野先輩のこと、大切にしてあげてよね!




昼休み。


奈々とあたしが話しているところに通りかかった早瀬が、立ち止まって話しかけてきた。


「きのう、陽菜子と出かけたんだって?」


「よく知ってるね。」


と、奈々が驚く。


「真悟くんでしょ?」


あたしの指摘に、早瀬がニヤリとする。


「当然。陽菜子の情報はちゃんと手に入るよ。」


ふうん。


「プラネタリウム、きれいだったよ。早瀬くんも一緒に行きたかった?」


奈々の質問を笑い飛ばす早瀬。


「べつに。部活だろう? みんなで一緒なら危ないこともないだろうし。」


「危ないことっていうわけじゃないけど、うちの部長さんがね・・・。」


奈々?

何を言い出すの?


「部長?」


「前からなんだけど、吉野先輩にはものすごく優しいんだよね。」


何秒か、早瀬の動きが止まった。

もしかしたら、息をしてなかったのかも。


「や、やだなあ、奈々。そんなこと言ったら、早瀬が驚くよ。」


「優しいって?」


早瀬の表情が変わってる。

目つきが鋭くなって。


「例えばね、『ぴいちゃん』って話しかけるときの言い方もそうだし、何かを始める前に、吉野先輩だけに『気をつけろよ』なんて声をかけるとか、吉野先輩が困ってるときにさりげなくサポートするとか。」


そんなに具体的に・・・。

奈々・・・面白がってるの?


奈々はあたしと目が合うと、いたずらっ子のような顔で「だって。」と声を出さずに言って、ちょっと舌を出した。


「は・・・早瀬。優しいって言っても、笹本先輩は吉野先輩と特別な関係なわけじゃないよ。」


特別な関係なのはお兄ちゃんだけだよ。

吉野先輩にとっては、お兄ちゃん以外はお友達や部活仲間なんだから。


「ほら、吉野先輩って、ファンがたくさんいるじゃない? 近藤とか、天文部の1年部員とか。お兄ちゃんがよその学校にもいるって言ってたよ。ああ、それに、岡田先輩だって、吉野先輩のこと守ってるみたいに見えるじゃない。それと同じだよ。」


なんで、あたしは早瀬をなだめようとしてるんだ?


「岡田先輩と同じ?」


「うん。そうそう。」


だから、笹本先輩に何かしたりしないでよ。

そんなことしたら、先輩が傷つくよ。

吉野先輩がお兄ちゃんのことしか見てないってわかってるんだよ、笹本先輩は。

それでも、・・・それだから、そばで見守ってることしかできないのに。


早瀬はちょっと考えてから、奈々に尋ねた。


「その部長って、彼女いるの?」



「彼女? いないよ。」


ああ、奈々・・・。


「・・・そう。貴重な情報、サンキュー。」


低い声でひとこと言って、早瀬はさっさと行ってしまった。


「奈々! どうしてあんなこと。」


「え? だって、面白そうじゃない?」


“面白そう” って、それだけで?!


「早瀬が笹本先輩に何かするかも・・・。」


「どんなことをすると思う? それで、どうなるんだろう?」


ああ・・・、だめだ。始まっちゃった。

ときどき思い付いたように出てくる、奈々の恐いくせ。

何か面白くなりそうだと思うと、わざとけしかけてみたりする。

きっと、あたしと笹本先輩のことが予定通りに進まないものだから、つまらなくなって思い付いたんだ・・・。


「あーちゃん、そんな顔しなくても大丈夫だよ! 笹本先輩って、大人だもん。」


そうやって笑ってるけど、奈々・・・。

先輩に迷惑がかかるかもしれないのに。




部室に行ったら、笹本先輩が来ていなくて、早瀬が早速何かしているんじゃないかと気になる。

先輩の教室に怒鳴り込んでいたりしたらどうしよう?



「遅くなってごめん。」


いつもの作業がだいぶ進んだころにようやく来た先輩が、いつも通りに落ち着いた様子なのでほっとした。


早瀬はまだ何もしていないらしい。

それとも、奈々が言ったとおり、笹本先輩は大人だから、早瀬のことなんか気にしないのかもしれない。


あたしと目が合ったときも、いつもと同じように微笑んでくれた。

それを見てほっとしたのと同時に、きのうのことを思い出す。

一度だけ、心臓がドキンと鳴った。


でも、先輩はいつもと同じ。


やっぱり、あのメールには特別なことなんてなかったんだ。

早とちりして、返信に変なことを書かなくてよかった・・・。




作業のあと、きのうの買い出しの品物を並べてチェック。

いろいろなものがある。

見たことがない工具や、何種類かのネジ、長さが違う金属の棒とか。


2年の先輩たちがあれこれ説明してくれるけど、具体的なイメージが思い浮かばなくて理解できない。

やっぱり半分以上、意味がわからなかった。


ミュウたちが笹本先輩の周りであれこれ質問をしている。

1年男子は工具類や材料に心を奪われているみたい。


「難しそうに見えるけど、大丈夫だよ。今年は人数がたくさんいるしね。」


長谷川先輩が奈々とあたしのところに来て、安心させてくれた。


「はい。」


と返事をしたけど、あたしの心に引っかかっているのは別なこと。

でも、それが何なのか、はっきりとは分からない。


何か、気持ちが揺さぶられる。

見つけそうになって、


“あ、もしかして・・・”


って思った瞬間に、消え失せてしまう。


“言葉にしちゃダメ。”


だからつかまえられない・・・。








次は響希編です。

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