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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第七章 茜
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吉野先輩、変ですよ?(6)



集合場所に向かって歩くときも、いつもとはちょっと違った。

笹本先輩が気後れして、あたしの後ろを歩いてるから。

こんなこと、初めて!

また、笑いそうになってしまう。



奈々と話していた吉野先輩が、あたしたちを見てにっこり笑う。

なんだか楽しそう。

いいことがあったのかな?


奈々は意味ありげに目配せ。

あたしと笹本先輩のことを聞きたいのがありありと分かる。


長谷川先輩と矢野くんは、ゲームの話で盛り上がってる。


あたしたちも、そこに合流。

そのまま、笹本先輩がほっとした様子で、すうっと吉野先輩のところに行ってしまった。



あ・・・そうだよね。

おしまい、ってこと。



吉野先輩、ちょっと困った顔をした?

どうして?

・・・そうだった。

吉野先輩は、お兄ちゃんが好きなんだもの。


でも、すぐに笹本先輩にやさしい表情を向ける。

いつもと違って自信なさげな笹本先輩の様子に気付いて、少しお姉さんみたいな顔。



え?

また、視線?



今日は吉野先輩が、何度もあたしのことを見る。

気のせいじゃない。


・・・なんだろう?





駅までの道、笹本先輩はずっと吉野先輩と先頭を歩いていた。

笹本先輩のシャツの水色と、吉野先輩のラベンダー色のチェックが仲良く並んでる。

二人が言葉を交わすと、吉野先輩の長い三つ編みが揺れる。


先輩たちの会話はおだやか。

ときどき見える横顔は、やさしい微笑み。


吉野先輩が、みんながついて来ているか確認するように振り向いて、ついでにあたしをちらりと見る。


なんだろう?

あたしに何かを期待しているんですか?


吉野先輩は、笹本先輩のことが嫌なわけじゃない。

そういうときは、吉野先輩の様子でわかるはず。

前にコンビニのところで、男子の先輩たちと話したときのことを覚えてるもの。

表情が硬かったし、相手の話に相槌を打つだけだった。

笹本先輩と話している吉野先輩は、全然、警戒も、遠慮もしていない。


どうして、あたしのことを見るのかな・・・?



「あたしたち、あれから洗濯機売り場に行ったんだよ。」


隣で奈々が話し出す。


「洗濯機?」


「うん。そこでもフタを順々に開けてみたの。」


「何かおもしろいものはあったの?」


「あったんだよ!」


吉野先輩がいきなり振り向く。

あたしたちの会話が聞こえてたんだ。


「たて型の洗濯機の中。何だと思う?」


顔を見合わせてくすくす笑う吉野先輩と奈々。


「金魚のマスコットとか?」


「違う。」


「ヘビのおもちゃ? 本物みたいな色で、長いやつ。」


笹本先輩が参加。

だいぶ元気になった?


「気持ち悪いよ! 本物と間違える人が出て、売り場が大騒ぎになっちゃう。」


吉野先輩が笑いながら指摘する。


「あのね、『どじょうの飼い方』っていうパンフレット。手描きの絵が入ってるの。ね、先輩。」


「そうなの! 大きな洗濯槽の中でドジョウが泳いでるところが頭に浮かんできて、奈々ちゃんと2人で笑いが止まらなかったよ。」


吉野先輩と奈々はそのときのことを思い出したらしい。2人で大笑いしている。

あたしも洗濯機にドジョウが泳いでいる光景を思い浮かべたら、やっぱり笑ってしまった。


笹本先輩は、そんなあたしたちを見て微笑んでいる。

お兄さんが妹たちを見ているみたいに。(うちのお兄ちゃんが、こんなふうにあたしを見るとは考えられないけど。)

いちばん長く目を向けている相手は、もちろん吉野先輩・・・だよね。


なんて思っていたら、笹本先輩と目が合った。


先輩はパチパチとまばたきをして、すぐに前に向き直ってしまった。


もしかして、耳が赤い?

まだ恥ずかしいんだ! やっぱり、かわいい!


でも、そんなに恥ずかしがられちゃうと、あたしもどうしたらいいのかわからないよ・・・。



そこの駅で吉野先輩とはお別れ。


別々のホームへと別れるときに、笹本先輩の様子が気になってしまう。

本当は、送って行きたいんじゃないのかな?


でも、笹本先輩はいつもの優しい笑顔。本当の気持ちはわからない。



自分たちの駅に着くと、長谷川先輩を、大学生になった田中先輩が車で迎えに来ていた。

1年生に田中先輩を紹介しながら、いつもクールな雰囲気をまとっている長谷川先輩が、とても嬉しそうな顔をしている。

それに、ちょっと甘えた表情。

好きな人の前では、やっぱり普段と違う表情をするんだな。


普段と違う表情?

笹本先輩の普段と違う表情は見たけど・・・。

あれは、ちょっと意味が違うよね。


矢野くんと笹本先輩は自転車で来ていたので、そこでお別れして、奈々とあたしはバス乗り場へ。


「あーちゃん、笹本先輩と二人でどうだった?」


ニヤニヤしながら、奈々がさっそく尋ねてくる。

どんなことを考えているのか、手に取るようにわかる。


「先輩とっていうより、お店の人がね。」


そう。

“先輩とあたし” ではなく、単にお店の人が間違えただけのこと。


「冷蔵庫なんかを見てたから、結婚してるって勘違いされたんだよ。」


「あーちゃんと? 笹本先輩が? 夫婦に見えたの?」


奈々が目を丸くする。


「そうなの。」


しかも、2回も。


「で、どうしたの?」


「びっくりして、逃げてきた。」


「・・・それだけ?」


「うん。」


そう。

それだけ。


「それだけか・・・。」


残念そうにため息をつく奈々。


「奈々。もしかして、まだあたしを笹本先輩とくっつけようとしてるわけ?」


「ふふふ。まあね。だから、吉野先輩と一緒に消えてあげたのに。」


「そんなこと、いくら考えたって、笹本先輩にはその気はなさそうだよ。」


そうだよ。

吉野先輩を見てすぐに、そっちに行っちゃったんだから。




夕飯を食べながら、お兄ちゃんにプラネタリウムに行った話をする。


「午後は電器屋さんに、部活で使うものの買い出しに行ったんだけど、吉野先輩が行方不明になっちゃってね。」


「へえ。」


お兄ちゃんは興味がないような顔をしようとしているけど、明らかに嬉しそう。


「探したら、どこにいたと思う?」


「・・・さあ?」


「あのね、冷蔵庫売り場で、片っ端から冷蔵庫のドアを開けてみてたんだよ。」


「くっ!」


笑いそうになって、慌ててそれを止めるお兄ちゃん。

べつに笑ったっていいのに。


「でね、冷蔵庫の中にペンギンのぬいぐるみが入ってるのを見つけて、それでみんなを驚かそうとしてたよ。奈々とあたしはちゃんとびっくりしたけど、笹本先輩は」


あ。

笹本先輩のことを言っても大丈夫かな?

でも、もう名前を出しちゃったし、ここでやめたら余計怪しいよね。


「・・あんまり驚かなくて、吉野先輩が残念がってた。」


お兄ちゃん、今度は笑ってる。

笹本先輩の話を聞いても平気?

全然、疑ってないってこと?


ずいぶん自信があるみたいだけど、笹本先輩の方が、お兄ちゃんよりもずっと・・・・・だと思うよ。








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