吉野先輩はお兄ちゃんの彼女だよ!(4)
「うちの部がこんなに遅くなることはめったにないんだよ。」
最終下校時間を前に、笹本先輩がカギを締めながら言った。
カギを返しながら職員室の前を通って、昇降口へ。
奈々もあたしも、先輩たちとすっかり仲良くなって、楽しく話がはずむ。
人数が少ない部は、こういうところがいい。
吉野先輩のことも、あたしは好きだ。
話し方を聞いているとしっかり者だけど、ちょっと変わったことを言ったり、おもしろい勘違いをしたりする。
感情を隠せないタイプみたいで、表情がくるくる変化する。
最初に見たときは、ただまじめな人のように見えたけど、いろいろ気を遣ってくれるし、話すと楽しくて、なんとなくかわいい。
廊下を歩きながら、奈々は笹本先輩のそばにいようと一生懸命。その奈々の隣をあたしが歩く。
「茜ちゃん、ずいぶん背が伸びたね。俺とあんまり変わらないなあ。」
奈々との会話が途切れたときに、奈々の頭越しに笹本先輩が話しかけてくれた。
「今日、測ったら、168.5cmでした♪」
背が高いのは、自分では気に入ってる。
最近はちょっと伸び悩んでいるけど。
「じゃあ、まだ俺の方が5cm勝ってるな。ほっとしたよ。」
「気になりますか? 先輩はべつに背が低いってほどじゃないですよね?」
奈々が尋ねると、先輩は笑った。
「まあ、普通の範囲だとは思うけどね。中1のころの茜ちゃんの印象が残ってて、その子に追い越されたらショックだなあ、と思って。」
笹本先輩と話したのって、中1のいつごろだっけ?
夏休みの終わりか、秋くらいかな?
あたしはお兄ちゃんのおまけで、ちゃんと会話したっていうほどじゃなかったけど。
「あーちゃんは中学の間に20cm近く伸びたんですよ。中1の初めはあたしの方が大きかったんですけど。」
「ああ、だから小さいイメージがあるのかな。久しぶりに会って、びっくりしたよ。」
そんなふうに笹本先輩は、あたしたちと話したり笑ったりしている。
でも、視線はときどき・・・・・吉野先輩に?
吉野先輩は長谷川先輩と一緒に、あたしたちの前を歩いてる。
笹本先輩・・・?
方面別にわかれるときになって、吉野先輩が一緒だと気付いた。
駅方面に向かうあたしたちは、吉野先輩と笹本先輩、それに奈々とあたしの4人。
いつもはもう1人、3年の先輩がいるらしい。
お兄ちゃんから、吉野先輩(そのころは名前は知らなかったけど)が駅から電車に乗って通学していることは聞いていた。
けど・・・お兄ちゃんと一緒には帰らないの?
そう尋ねると、吉野先輩はまた真っ赤になってしまった。
本当に恥ずかしがり屋さんだ。
「い、いいの! 約束してないし、帰りはいつも別々に。」
でも、せっかく同じ方向なのに。
・・・まあ、とりあえず今日は初日だし、あんまりお節介言っちゃいけないか。
「そうなんですか。」
納得したように笑いかけると、吉野先輩はほっとした表情。
でも。
それだと。
「あのう・・・。先輩が部活に出るときは、いつも笹本先輩と一緒に帰ってるんですか?」
あたしの問いに、先輩がうなずく。
「うん、そうだね。いつもはもう一人、牧村くんっていう3年生がいるから、その人と3人で帰るよ。奈々ちゃんと茜ちゃんが入部してくれれば、大勢になっていいな。」
お兄ちゃんの話題じゃなければ、吉野先輩ははきはきと答えられる。
「今日は牧村先輩はお休みなんですね。」
「そうなんだよね。去年から牧村くんはサボり気味でね。あたしもたまにしか会わないよ。そうは言っても、週1回のあたしよりは出てると思うけど。」
吉野先輩!
それだと、 “いつも3人で帰ってる” とは言わないですよね?!
あたしがお兄ちゃんの妹だから、わざと気付かないふりをしてるんですか?!
・・・いや、違うか。
お兄ちゃんに知られたくなければ、最初に “一緒には帰ってない” って言えばいいんだから。
4人で自転車で走りながら、笹本先輩と奈々とあたしが中学校の思い出話をして、吉野先輩が笑う。
ごく普通の下校風景。
笹本先輩と奈々は、あたしよりも先に吉野先輩とサヨナラだ。
信号を渡っていく2人に手を振って、先輩と2人で話しながら、直進の信号が青になるのを待つ。
「長い髪ですね。」
あたしが感心しながら言うと、先輩はため息をついた。
「ただ伸ばしてるだけなの。髪が硬くてひどいクセがあるから、結んでおかないとダメなんだ。中学のころは頑張って、朝、ドライヤーをかけたりしたけど、今はあきらめてこの状態。これが一番楽なんだよ、美容院に行く回数も少なくて済むしね。」
ふうん。
くせっ毛にはちょっと憧れてたけど、けっこう大変なんだね。
「茜ちゃんの髪は真っ直ぐでいいね。いろんな髪型が試せるでしょう? 今のも似合ってるし。」
「ありがとうございます。」
そう。
女の子にとって、髪型は重要。
「でも、吉野先輩の三つ編みはトレードマークみたいなものですよ、きっと。髪型を変えちゃったら、誰も吉野先輩だってわからないかもしれませんよ。」
「ほんとだね。ふふふ。」
初対面なのに、吉野先輩にはいくらでも話ができるのが不思議。
全然気取ったところがないし、聞き上手でもある。
ゆっくりと自転車をこぎながら、受験勉強で苦労したことや、家でのお兄ちゃんのことをどんどん話してしまった。
「吉野?」
という声に振り向くと・・・お兄ちゃん?
追いついたのか。
「・・・と茜?! どうして?!」
驚いた顔のお兄ちゃんがおかしくて、吉野先輩と一緒に笑ってしまう。
しかも、「吉野」って呼んだ?
電話では「ぴいちゃん」って言ってたよね?!
「天文部に行った。」
「お前、そんなこと言ってなかったじゃないか!」
「お兄ちゃんが興味ないと思って。それに、別にどこに行ってもいいじゃん。」
お兄ちゃんは呆然とした様子であたしを見つめた。
「藤野くん、ごめんなさい。」
吉野先輩!
どうしてあやまるんですか?!
「いや、吉野はいいんだよ!」
「そうですよ! 先輩に、あたしの行動の責任があるわけじゃないんですから。」
吉野先輩はお兄ちゃんとあたしをきょとんとした顔で見比べて、笑いだした。
「そうだよね。」
家への分かれ道のところで、お兄ちゃんはそのまま吉野先輩を駅まで送って行った。
先輩は「大丈夫」って言ったけど、お兄ちゃんはそんなことでは説得されなかったし、あたしも近いから平気だと言った。
うちから駅までは自転車で10分弱。
駅でのんびりしてくるかな、と思っていたら、お兄ちゃんはあっという間に帰って来た。
吉野先輩の家が遠いから、引き止めなかったみたい。
学校から駅まで自転車で20分、そこから電車を乗り継いで50分なんて、吉野先輩を尊敬しちゃう。
「お前、天文部に入るのか?」
着替えて居間におりてきたあたしに、帰って来たお兄ちゃんが尋ねる。
「たぶんね。奈々が笹本先輩のファンだから。」
「笹本? へえ。」
「ねえ、笹本先輩ってさあ、」
「え?」
「・・・彼女、いるのかな?」
お兄ちゃんはちょっと考えてから答えた。
「さあ。クラスも部活も違うから・・・。ウワサも聞こえてこないし。何かあったのか?」
「何も。奈々が有望かどうかと思って、訊いてみただけ。」
「ふうん。」
もし、あたしの不安が的中してたとしても、お兄ちゃんには言えないな・・・。
そうだ!
「そんなことより、お兄ちゃん、吉野先輩の名前くらい教えておいてくれればよかったのに!」
「それは・・・。」
言い訳なんかできないよね?
「吉野先輩、あたしの名前聞いてびっくりしちゃって、ものすごくかわいそうだったよ! あたしは意味がわからなくて何も言えなかったし!」
「・・・・・。」
あれ?
お兄ちゃん、もしかして反省してる?
吉野先輩のこと、そんなに大事なんだ・・・。
夕飯を食べながら、ママに学校はどうだったと訊かれた。
お兄ちゃんは慌ててあたしに目配せをしたけど、気付かないふり。
「今日ね、お兄ちゃんの彼女に会ったよ。」
「え! 本当? 話したの?!」
ママが興味津々な様子であたしに訊く。
「うん。天文部の先輩だったんだよ。」
「天文部って、茜は天文部に入るつもりなの?」
「そう。奈々が笹本先輩にあこがれてて、笹本先輩が天文部だから。」
「笹本先輩って、笹本彰くんのこと? 青と同じ学年の?」
“青” はお兄ちゃんの名前。
「そうだよ。奈々は中学のときからずっと笹本先輩のファンなの。今日会ったら、すらっとして、前よりもっと秀才っぽい感じになってたよ。」
「ふうん。懐かしいわねぇ。青とは中学だけじゃなくて、幼稚園も一緒だったのよ。」
「え? そうだった? 覚えてないけど。」
お兄ちゃんが考えながら言った。
「幼稚園のことだもんね。あたしが帰りにお迎えに行くと、いつもブランコを取り合ってたのよ。ブランコは4つあるのに、何故かその中の1つが2人ともお気に入りだったらしくて。」
取り合ってるのが、それで終わってればいいけど・・・。
「へえ。全然記憶にない。」
「そうよね、小さかったから。あ、それで、その青の彼女はどんな人?」
「あ? ああ、おとなしい感じのかわいい人だよ。吉野先輩っていうの。吉野陽菜子さん。」
「ふうん。そのうち遊びにいらっしゃいって、言っといてよ。青が連れてこないなら、茜が誘えばいいよね。」
ママは楽しそうににこにこして、お兄ちゃんは困った顔をした。
あたしは・・・吉野先輩のことは好きだな。
吉野先輩もお兄ちゃんも、どっちもまじめそうなところがお似合いかも。
でも、照れ屋のお兄ちゃんと、恥ずかしがり屋の吉野先輩って、二人でいるときはどんな感じなんだろう?
それより、二人がカップルになれたってこと自体が奇跡かもね。