陽菜子の彼氏なんて、認めない!(4)
5月8日、火曜日。
昨日の夜、真悟との電話を切ったあと、藤野茜に真悟のことを話そうと思った。
真悟がもう元気になったことも、名前を偽っていたことも。
連休中に買い物に出かけたときは真悟のことで困った顔をしていたし、名前を隠してるなんてフェアじゃない。
それに・・・藤野茜が俺に何かをしたわけじゃないんだから。
教室に着くと、藤野茜は窪田やほかの女子と話していた。
いつもの朝の景色。
藤野茜の表情も、いつもと変わりないようだ。
「藤野。」
少し離れたところから呼びかけると、そこにいた女子全員がこっちを向いた。
・・・ちょっと恐い。
「ちょっと、いい?」
藤野茜を見ながら廊下を指差すと、少し迷ったあと、覚悟を決めた顔つきで歩いてくる。
今までの俺の態度を考えれば、彼女にとっては、俺の話も、真悟の話も、嬉しくないに決まってる。
廊下の突き当たり(うちは1組だから)で、藤野茜と向かい合う。
こんなふうに向かい合ってちゃんと話したこと、あったっけ?
「きのうの夜、真悟から電話があった。」
俺の言葉を聞くと、藤野茜はため息をついて、視線を外へと移してしまった。
やっぱり、断ったことを気にしてるんだな。
「あいつ、もう大丈夫だから、気にするな。」
そう言ったら、今度はひどく驚いた顔をして、勢いよくこっちを向いた。
なんでそんなに驚いてるんだ?
真悟が立ち直るのが早いから?
「あと・・・ウソをついてた。あいつの名前、本当は “吉田” じゃなくて、」
「“吉野” でしょ? 吉野先輩の弟さんだよね?」
え?!
「知ってたよ。」
俺の驚いた顔を見て、藤野茜が笑い出す。
「・・・いつから?」
「初日から! 奈々がもらったアドレスに名前が入ってた。」
真悟のヤツ!
やっぱり浮かれ過ぎだったんじゃないか!
相変わらず遠慮なく笑い続ける藤野茜。
「じゃあ、やっぱり、陽菜子の前で真悟の名前を出したのは。」
「当然、わざとだよ。」
堂々とした答え。
やられた・・・。
あんな無邪気そうな顔をしてたけど、全部お芝居だったのか。
「怒ってないのか?」
「最初はなんとなく気持ち悪かったけど、早瀬を脅す材料になると思って。」
藤野茜。
お前って・・・。
「・・・恐ろしいヤツ。」
「アンタだって、あたしのことずっと睨んでたんだから、おあいこじゃない!」
「睨むのと脅すのは、全然違う。」
俺が抗議しても、藤野茜はただ満足そうに笑うだけ。
それを見ていたら・・・俺も、なんだか可笑しくなって、一緒に笑ってしまった。
なーんだ。
藤野茜とだって、一緒に笑えるじゃないか。
肩の力が抜けていく。
「なあ。さっき、どうしてあんなに驚いた顔をしたんだ?」
「さっき? ああ! 早瀬が誰かのことを気遣ったりできるんだと思って、びっくりしちゃったんだもん。」
そう言って、また笑う。
それって・・・、それって、俺がものすごく自己中心的なヤツだと思われてたってこと?!
いくらなんでも、ひどすぎないか?
昨日の “子供っぽい” に引き続き、またショックだ・・・。
担任がやってきて、藤野茜と俺も自分の席へと向かう。
今朝は陽菜子のところに行けなかった・・・。
もしかしたら、陽菜子が心配してるかも。
6時間目のLHRは、来週水曜日の遠足の班決めと打ち合わせ。
部活の前に陽菜子に会いに行こうと思っている俺には、こんな話し合いは早く終わってほしいだけ。
「早瀬、聞いたぞ。」
同じグループになった野球部の近藤が、小声で話しかけてきた。
「何を?」
俺も小声で返す。
陽菜子の許婚の話か?
「お前、昨日、岡田先輩に怒られたんだってな。」
「え?!」
「岡田先輩に?」
俺の驚いた声に重なる、藤野茜の声?
慌てて振り向くと、背中あわせに座っていた隣のグループの藤野茜がこっちを見ていた。
なんでそんなところで聞いてるんだ!
「あれ? 藤野も岡田先輩のこと知ってるのか?」
「うん。帰りに吉野先輩と一緒のときに会ったの。あと、朝のバスでもう一回。」
「へえ。岡田先輩って・・・」
「おい! それより、その話、誰に聞いたんだよ?」
のんきな近藤と藤野茜の会話を遮って、近藤を問い質す。・・・あくまでも小声で。
昨日、誰かが見てたのか?
「え? 今朝、岡田先輩が俺の顔を見て、『お前、1組だったよな? 響希って知ってるか?』って言ってさ。」
岡田先輩、本人から?
しかも、「響希」って?
そんなに親しくなったわけじゃないと思うけど・・・。
「『きのう、ぴいちゃんにセクハラ行為をしてたんで、叱っておいたぞ。』って。」
藤野茜が吹き出した。
セ・・・セクハラ?!
セクハラなんて、そんな!
「違うよ! セクハラなんかじゃ。」
「わかってるよ。岡田先輩だって笑ってたから。それに、藤野先輩がちゃんとみんなの前で訂正してたし。」
よかった!
やっぱり藤野先輩の方がずっと親切・・・、
「『あれはセクハラじゃなくて、甘えん坊なんだ。』って。」
・・じゃない!!
くっそー!
2人とも、俺を笑い物にして!
今まで築き上げてきた俺のクールなイメージが崩れるじゃないか!
まあ、 “セクハラ男” よりも “甘えん坊” の方がましだけど・・・って、そういう比較の問題じゃないよ!
藤野茜はずっと笑いっぱなしだし・・・。
俺の立場はどうなる?
「ふん! 誰が何て言おうと、俺は陽菜子と結婚するんだからな!」
「うわ。吉野先輩のこと、『陽菜子』なんて呼んでるのか? 羨ましいなあ。早瀬、幼馴染みなんだって? いいよなあ。」
近藤。
俺の話、ちゃんと聞いてるのか?
「ただの幼馴染みじゃなくて、俺は結婚相手なんだ。」
「うるさいよ、そこの2人! さっきからコソコソと。」
窪田?!
うちの班のリーダーだっけ?
真悟の前にいるときとはだいぶ雰囲気が違うな・・・。
こんなに凛々しい性格だとは思わなかった。
こっちの方が、真悟の気に入るんじゃないか?
近藤と俺はしおらしく謝り、藤野茜は知らん顔して自分の班の方に向き直った。
「ほら。これ見てくれよ〜。」
陽菜子に会いに行くのは教室にするか、昇降口で待つか考えながらカバンに荷物を詰めていたら、近藤が話しかけてきた。
開いた携帯の画面を俺に向ける。
「・・・陽菜子?!」
そこにはバイト先のパン屋の制服を着た陽菜子の姿。
しかも、待ち受け?!
「そう。かわいいだろ、これ?」
「こんな写真、なんで近藤が持ってるんだ?!」
「練習試合でK高に行ったときに、あそこのパン屋に寄ったんだよ。撮ったのはほかの部員だけど。俺たち、吉野先輩の大ファンなの♪」
陽菜子の大ファン・・・?
近藤が? いや、 “俺たち” ってことは近藤だけじゃなく?
しかも、写真まで?
「あ! 近藤くん、その写真はまさか。」
藤野茜?
「うわ。み、見せてないぞ! 早瀬になんか。もったいなくて。」
「ほかの人に見せたり、あげたりしないでって言ったよね?! お兄ちゃんに・・・」
「大丈夫! そんなことしてないから!」
俺の・・・俺の知らないところで、しかも自分のクラスの中でこんなことが・・・。
「なあ、早瀬。」
藤野茜を追い払った近藤が、俺に顔を寄せて、さらに小声で話しかけてくる。
「・・・え?」
昨日、今日と、ずいぶんショックなことが続いてる・・・。
「お前、吉野先輩の幼馴染みなんだろ? 先輩の秘蔵写真とか、ないのか?」
「そんなもの、ないよ。」
即答だ。
「ないのか・・・。」
あるけど、お前には見せない!
どこまで広まるか、わかったもんじゃないからな。
「じゃあさ、早瀬が今度、吉野先輩のところに行くときに、一緒に連れてってくれよ。」
「なんで?」
「会いたいからに決まってるだろう?」
「嫌だ。」
「早瀬、さっきの写真、欲しくない?」
「え?」
「バイトの制服姿の写真は、藤野先輩だって持ってないんだぜ。」
「・・・そうなのか?」
たしかに俺や真悟だって、仕事中の陽菜子の写真は撮ったことがない。
「そう。俺たち以外には、岡田先輩が1枚持ってるらしいけど、それ以外は無いんだ。」
どうして藤野先輩じゃなくて、岡田先輩が持ってるんだろう?
そこがよくわからない。
「・・・さっきの写真、見せて。」
そう言うと、近藤が携帯を渡してくれた。
うん。
たしかに綺麗に撮れている。
店で誰かと話しているところを斜め前から撮ったらしい。
ちょっと傾けてかぶっている紺のベレー帽で、陽菜子の大きな目がますますくっきりと映えて。
やさしい笑顔で、でもちょっと恥ずかしげな表情も陽菜子らしい。
欲しい・・・・。
いや、ダメだ!
写真と交換で会わせるなんて、陽菜子を売ることになっちゃうじゃないか!
しかも、これって隠し撮りだよな?
「やっぱり、いらない。」
断腸の思いで携帯を返す。
よく考えたら、こういうヤツから陽菜子を守らなくてどうするんだ!
俺は『陽菜子ガーディアン』なんだぞ!
「近藤。この写真、他人に渡したりとか・・・」
「してないよ! なんだよ、藤野みたいなこと言って。」
「当たり前だろ? 陽菜子は嫌がるに決まってるんだから。」
「俺だって、吉野先輩が嫌がることなんかしないよ。」
「・・・頼んだぜ。」
そうだ。
とにかく陽菜子に会いに行かなくちゃ!
3階まで降りたところで教室に行くべきか迷ったけど、今日も昇降口に向かう。
生徒の波を追い越して、どんどん階段を降りて行く。
もしかしたら、藤野先輩が言うように、俺、甘ったれてたのかもしれない。
陽菜子に会ったら、今日は抱き締めるのをやめてみようかな・・・。
昨日と同じように昇降口前の廊下で待っていると、やっぱり昨日と同じように右側の階段から声がして、陽菜子が現れた。
「陽菜子!」
駆け寄って・・・やっぱり抱っこ!!
だって、今日は朝に会えなかったし・・・。
「響希。苦しいよ。」
陽菜子のいつもの言葉。
今日は岡田先輩はいないようだ。
「甘ったれ早瀬。恥ずかしくないのか?」
藤野先輩が不機嫌な顔で俺の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
いいんだよ、甘ったれでも。
俺は陽菜子が好きなんだから。
それにね。
「あれれ? 頭がボサボサだよ。」
そう言って、陽菜子が俺の髪を直してくれる。
ほらね。
先輩がそんなことしても、陽菜子が俺にやさしくしてくれるだけなんだから!
次は茜ちゃん編です。