陽菜子の彼氏なんて、認めない!(2)
4人で来ているショッピングセンターは、周りに遊べる施設もあるし、ゴールデンウィーク中でものすごい人出だ。
どこも混んでいて休む場所もないし、女子が店を見るペースに合わせて歩きまわるのは面倒くさい。
午後も早い時間に、俺は疲れ切ってしまった。
一方、真悟は相変わらず元気いっぱい。
普段から運動をしてるからか?
いや、吹奏楽部もそれなりに走ったりしている。
これは、気持ちの違いだな。
それにしても・・・、けっこう難しい状況だ。
真悟のお気に入りは藤野茜だ。
でも、真悟に気があるのは窪田。
藤野茜は、窪田の付き添いで来ているだけ。
その態度もかなりはっきりしている。
真悟はそんなことは全然気にしていないようだけど。
「早瀬。ちょっといい?」
窪田と真悟が商品を眺めているあいだに、藤野茜に呼ばれた。
「なに?」
よく見ると、藤野先輩に目元が似ている。
そう気付いて、なんとなく弱気になる自分に戸惑う。
「真悟くんに、紹介してほしいって頼んだのは奈々だって言ってくれてある?」
小声でだけど、はっきりと言われた。
つまり、真悟の態度が迷惑だってことだよな。
「最初に言ったよ。」
だけど、真悟は気にしてない。
「そうなの?」
疑わしそうな目を向けられても、本当なんだから仕方ない。
藤野茜がため息をついた。
「ねえ。真悟くんが奈々を好きになるようにできないかな? あたし、困るよ。」
そんなこと・・・。
「好きになる気持ちを、簡単に止めることなんかできないよ。」
それができたら、誰も苦しまない。
俺の言葉を聞いて、藤野茜が驚いたように俺を見た。
「ごめん。・・・早瀬にこんなこと言っちゃいけなかったよね。」
なんだよ!
同情なんかするな!
俺はまだ、お前の兄貴に負けたわけじゃないんだからな!
窪田と真悟が店から出てきた。
真悟はさっさと藤野茜に話しかけに来て、藤野茜が適当にそれに合わせる。
どう見ても、真悟に望みはなさそう。
なのに、真悟は全然気にしてない。
それを見ているうちに、いつのまにか、真悟と自分が重なって見えた・・・。
ゴールデンウィーク明けの月曜日。
昼休みの終わり間際、席に戻ったときにふと思い付いて、藤野茜に尋ねてみる。
「なあ。真悟のどこがダメなんだ?」
「え?」
いきなりの質問に驚いた顔。
それから、 “当然でしょ” という顔をして。
「だって、奈々が真悟くんを好きなんだよ?」
「もし、そうじゃなかったら、OKなのか?」
俺の問いに、藤野茜が少し考える。
「・・・・・無理だね。」
「どうして?」
「だって、子供っぽいもん。」
子供っぽい?!
「真悟が?」
「うん。」
真悟が子供っぽい?
あいつはバイトも始めたし、いつも家の手伝いなんかもして、俺よりもずっとしっかりしてるのに!
「こっ、子供っぽいって、どんなところが?」
「そう言われると・・・、なんとなくだけど。」
「ふ・・・、ふうん。」
なんだか、ものすごくショックだ。
同級生の女子に、子供っぽいって言われるなんて・・・。
「ねえ、早瀬。あたしも訊いていい?」
「え?」
ちょっと、俺、まだ動揺から抜け出してないけど・・・?
「あのさあ、早瀬は吉野先輩のどこが好きなの?」
一気に頭がはっきりする。
「全部。」
言い切る俺に、感心したような視線を向ける藤野茜。
それを見たら何故か、ちゃんと説明しようという気になった。
「陽菜子はいつも誰かのために頑張るんだ。自分のことは後回しにして。だから、俺は陽菜子を助けたいんだ。陽菜子には俺がついてるって言いたいのに。」
しまった。
弱気な言葉が、つい・・・。
俺を頼りにしてほしい。
いつも、そう思ってる。
なのに、陽菜子は俺のことを弟扱いする。
それは、俺が子供っぽいからなのか?
同級生の女子からも言われるほど・・・?
(実際に言われたのは真悟だけど。)
「早瀬も真剣なんだね。」
「当たり前だろ?」
相手は陽菜子だぞ。
いい加減な気持ちでそばにいられる訳がない。
「人を好きになるって、覚悟が必要なんだね・・・。」
藤野茜がため息をつきながら言った。
そうだ。
誰かを好きになるのに、いい加減な気持ちなんてあるわけない。
放課後、部活に出る前に陽菜子に会いたくなった。
昼休みの藤野茜との会話での動揺が、今でもあとを引いている。
陽菜子の顔を見たら、きっと元気が出るはずだ。
でも、3年8組の教室に行ったら長谷川先輩がいる。
昇降口でつかまえるのがいいな。
今週のバイトの休みは木曜日って言ってたから、今日はすぐに帰るはず。
荷物を持って、大急ぎで昇降口へ降りる。
2か所の階段のどちらから陽菜子が降りてきても見えるように、昇降口の真ん中あたりの廊下で待機。
部活に入っていない生徒や運動部の生徒の波が通り過ぎる。
その集団が過ぎ去って、もしかしたら見落としてしまったかも・・・と落胆したところで、陽菜子の声が聞こえた。右側の階段だ!
声がするってことは一人じゃないんだ。
たぶん、藤野先輩だろう。
でも、気にするもんか!
藤野先輩は純情そうだから、陽菜子と抱き合ったことなんかないだろう。
いっぱいヤキモチ妬けばいいんだ!
階段から廊下に出て来たのが陽菜子だと確認してから走り寄る。
「陽菜子! 会いたかった!」
いつものとおり♪
陽菜子、大好き・・・うわ?!
「何やってんだ、このガキ!」
学生服の後ろ襟をむんずと掴まれて、陽菜子から引き剥がされた!
だっ、誰?!
振り向くと、体の大きな先輩が恐い顔で俺を睨んでる。
藤野先輩じゃない!
慌てて陽菜子の方を見たら・・・お腹を抱えて笑ってる?!
その後ろに、懸命に笑いをこらえようとしている藤野先輩・・・。
もう一度、俺をつかまえている先輩を見る。
怒ってる顔がやっぱり恐い・・・。
誰なんだよ?!
陽菜子のボディガードか?
「岡田くん、もういいよ。」
陽菜子が笑いながら言うと、大きな先輩がやっと俺を放してくれた。
俺は呆然として、その先輩を見上げるばかり。
「岡田くん、この子が響希だよ。あたしの弟みたいなものだから、よろしくね。」
岡田先輩・・・、陽菜子とはどういう関係?
「ちょうど今、響希の話をしてたところなんだよ。タイミングピッタリで現れるから・・・。」
そう言って、陽菜子がまた笑いだす。
今度は藤野先輩も、岡田先輩も。
俺、笑い物・・・?
「お前なあ、」
岡田先輩が笑うのをひと段落させて真面目な顔をすると、俺に向かって話し始める。
「人前であんなことやるなんて、大人げないぞ。」
・・・また、子供だって言われた。
「岡田がそれを言うのかよ?」
藤野先輩が小声で言うのが聞こえた。
何があったのか訊きたいけど、今の状況では・・・。
岡田先輩がちょっと藤野先輩を睨んで、また俺を見る。
「いいか。男なら、相手の気持ちを考えろ。自分勝手な押し付けなんかするな。」
相手の気持ち?
自分勝手な押し付け?
俺がやってるのは、そんなこと・・・?
岡田先輩の言葉が、心にジュッと焼きつくような気がする。
「・・・はい。」
俺は・・・。
ぽん、と肩をたたかれた。
ハッとして振り返ると、藤野先輩がニヤッと笑う。
「そんなに素直だと、早瀬じゃないみたいだ。」
それから髪をぐしゃぐしゃっとかき混ぜられて。
先輩。
じゃあ、俺、どんな顔をしてたらいいんですか?
「部活、急がなくていいの?」
陽菜子の声。
「うん、行くよ。じゃあな。気を付けて帰れよ。」
「またね〜、ぴいちゃん。」
岡田先輩?!
「ぴいちゃん」って呼ぶのか?
あんなに恐い顔してるのに?
・・・今は笑ってるけど。
「あ、いたいた! みーくん!」
きれいな声。
振り向いたら、声だけじゃなくて、姿もたおやかで綺麗な人。
「あれ、どうした、小暮?」
え?!
もしかして、「みーくん」っていうのは・・・岡田先輩?
あんなに大きくて恐い・・・いや、今の岡田先輩は全然恐くないや。
「岡田くんの彼女だよ。合唱部の小暮里緒さん。」
陽菜子が俺に説明してくれた・・・けど、2人の仲良しぶりをみれば、二人の関係は説明されなくてもはっきりわかる。
美女と野獣の組み合わせと言いたいところだけど、何故かすごくお似合いだ。
「響希も部活に行かなくていいの?」
陽菜子が俺の髪を直してくれながら言う。
「ああ、うん、行く。」
そうだった。
ちょっとびっくりすることが一度に起きたから・・・。
「トランペット、頑張ってね。」
笑顔の陽菜子にそう言われたら、落ち着かなかった気分がすっきりした。
「うん。じゃあ。」
これで、ほっぺにキスくらいしてもらえたら最高なんだけどな。