陽菜子の彼氏なんて、認めない!(1)
ゴールデンウィーク中の5月3日。
真悟と藤野茜、窪田、そして俺の4人で、海のそばのショッピングセンターに遊びに来ている。
本当は来たくなかった。
俺にとっては何の意味もないし、藤野茜を見ると、陽菜子とあいつのことを考えてしまうから。
だけど、真悟に来てくれないと困ると言われたら、断るわけにはいかない。
真悟は親友だから。
それに、真悟が俺に頼みごとをするのはめったにないことだ。
つまり、真悟にとって今回のことは、ものすごく大事なことなんだ。
そう頭の中で納得していても、藤野茜を見ると、穏やかな気持ちではいられない。
あいつ。 藤野青。
入学してから、あいつのことは何度も見かけた。
放課後に陽菜子と一緒にいるところも2、3回。
陽菜子はあいつの隣で安心した顔をしていた。
学校であんな顔をしている陽菜子を見たことがショックだった。
中学のとき、いつも他人の目を恐れていた陽菜子。
その陽菜子に笑顔を取り戻させるのは、俺だったはずなのに。
俺の隣だけが、陽菜子が安心できる場所になるはずだったのに。
陽菜子と俺。
2年の差。
陽菜子はいつも2年先にいる。
追い付きたくて、子ども扱いされたくなくて、陽菜子と同じレベルで話ができるように努力した。
陽菜子が好きだと言った本も読んだ・・・・よく理解できない部分もあったけど。
だけど、時間の経過は誰にでも平等。
俺が進んだ分、陽菜子も進む。
俺が、あと2年早く生まれていれば!
そうだったら、陽菜子と一緒に大きくなって、いつも陽菜子の隣にいることができたのに!
藤野青 ―― 藤野先輩。
ただ2年早く生まれたからって、不公平だ。
俺は最初からずっと陽菜子の弟のままで、あいつは初めから同級生だなんて!
「ずるいじゃないか!」
そう言ってやりたい。
でも・・・。
あいつはずるい奴なんかじゃなかった・・・。
2週間以上前のこと。
藤野茜に、俺が陽菜子のことを自慢したことが原因で、天文部に何人もの生徒が陽菜子を見るために集まっている、と言われた。
まさか、そんなことになるとは思わなかった。
中学のときは、俺の邪魔をしようとする生徒なんていなかったから。
中2までは真悟と俺の、だ。
俺たちが興味をもっていることに関わったり、反対したりする生徒なんていなかった。
それくらい、真悟と俺は、中学では一目置かれていた。
だけど・・・高校ではそうじゃなかった。
だいたい人数だって違うし、いろんな学校からいろんな生徒が集まっている。
中学時代のことなんて、全然意味がなかった。
そんな簡単なことに気付かずに、俺は陽菜子の自慢をした。
話せば陽菜子に手を出そうとするヤツを牽制できると思ったし・・・違う。
本当は、陽菜子たちが引っ越してから一年ぶりに、陽菜子と毎日会えるようになって浮かれてたんだ。
“陽菜子を見るために何人も” ?
俺は何てことをしちゃったんだろう?
あんなに他人の目を恐がっていた陽菜子に。
「守る」なんて言いながら、俺がやったのはその逆のことだ。
居ても立ってもいられなくなって、部活が始まる前に急いで陽菜子のところに行った。
陽菜子にただ謝ることしかできなくて、思いっきりあやまって、顔をあげたら・・・・あいつがいた。
落ち込んでいた俺を見て、あいつが最初に言った言葉は「どうした?」だった。
馬鹿にしてるんじゃなく、心配そうに。
信じられないお人好しだ。
俺は陽菜子とあいつの邪魔をするつもりなのに。
事情を話したら、陽菜子が大丈夫だと言い、長谷川先輩もそう請け合ってくれた。
陽菜子に追い返されて教室に戻る途中で、あいつはわざわざ追いかけて来た。俺を安心させるために。
“俺のことなんか、心配してんじゃねえよ!”
って言いたかった。
どうしてだよ?!
俺はお前の敵なのに!
俺の失敗を利用して、俺を陽菜子から遠ざけようとしないのか?
しかも、陽菜子が辛いときには支えるって・・・、それは、俺が言いたかった言葉だ!
「お前が、もっとずるいヤツだったらよかったのに・・・。」
思わず口にした言葉。
お前の潔さが恨めしい。
お前の陽菜子の強さを信じる心が恨めしい。
お前のやさしさが恨めしい。
そんな俺に、あいつが言ったのは
「そんな男じゃ、吉野に相応しくないだろう?」
だった・・・。
“相応しい” ?
そんなこと、考えたことなかった。
ただ、守ればいいと思ってきた。
2年の差は、こんなに大きいのか?
俺は絶対に追い付くことができないのか?
あの日から考えはじめた。
陽菜子に相応しい男は、どういう男だろうって。
それから少しあとのこと。
吹奏楽部の先輩が、土曜日に陽菜子が来ていることを教えてくれた。
「帰っちゃうかもよ。」と言われて大急ぎで探しに行ったら、陽菜子とあいつが一緒に弁当を食べていた。
悔しくて、邪魔をしてやるつもりで、俺もそこに居座った。
あいつは俺の思惑どおり、迷惑そうな顔をした。
ほら、やっぱり悔しがってるじゃないか!
あんな偉そうなことを言ったって、俺と同じだ!
そう思えたのは、その日だけだった。
次の週、俺が自分の弁当を持って行ってみると、あいつはもう俺に迷惑そうな顔を向けなかった。
それどころか、俺にも当たり前に話しかけてくる。
内心は悔しがってるはずだと思おうとした。
だけど、そんな態度は一度も見せなかった。
そして・・・いつの間にか、俺も二人の仲間みたいに一緒に話して笑ってた。
その場の心地よさに何度もハッとして、また悔しくなった。
どうしてだよ?
俺のことなんか、全然気にしてないってことなのか?
それを見せつけるために、こうやって俺を受け入れてるのか?
でも。
陽菜子が信じてる相手だ。
陽菜子に笑顔を取り戻させた男だ。
それに。
それに・・・何だろう?
見れば見るほど、話せば話すほど、藤野先輩を嫌いになることが難しくなる。
嫌いでいたいのに。
部活の時間が近付いて、仕度があるからと陽菜子と俺を残して教室を出ていくとき、藤野先輩が言った。
「またな、早瀬。」
陽菜子が「またね、響希。」って言うのと同じ言い方だった。
“また来てもいいの?”
そんな言葉が頭をかすめた。
俺らしくない、そんな言葉。
誰かに自分の行動を尋ねるなんてこと、ずっとしていない。
藤野先輩と一緒にいると、俺が俺でなくなって行くような気がする・・・。
「響希。落としそうだぞ。」
真悟の声に慌てて手元に目をやると、手に持ったトレイが傾いていた。
行く先では、先に席に座っている窪田と藤野茜が、なにやら内緒話をしている。
「真悟、楽しいか?」
俺の問いに、真悟は目を輝かせて答えた。
「当たり前だろ?」
そうか。
それならよかった。
お前だけでも好きな相手と・・・。
“お前だけ” ?
それって、俺はダメだけど、ってことか?
いや、違う。
俺はあきらめてなんかいない!
まだ対決してもいないのに、あきらめたりするもんか!
それまで、藤野先輩を陽菜子の彼氏だなんて、絶対に認めたりしないからな!