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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第五章 藤野 青
33/95

ぴいちゃんと俺(6)



5月3日。

ぴいちゃんとデート!


海の近くにあるショッピング施設に来た。

海側には大きな公園があり、近くには映画館もある。


地下にある駅から出ると、そこがすでにショッピングセンターの中。

広い通路と高い天井。大きな建物の中なのに、圧迫感がない。

さすがに人がいっぱいいるけど。


今日のぴいちゃんは、サラサラした砂色のワンピースにレモン色のカーディガン。

青や緑の鮮やかな初夏の景色に映える。


ぴいちゃんと2人でいろいろな店を見て回り、お昼はテイクアウトにして、公園で海を見ながら。

周りにたくさんの人がいても、知らない人ばかりだから、学校でのようにぴいちゃんは恥ずかしがらない。

たくさん話して、楽しそうに笑ってる。



もしかして、手をつないでも大丈夫かも・・・?


公園の芝生で、並んで昼飯を食べているとき、ふと思い付いた。


そうだよ。

チャンスじゃないか!


一度そう思ったら、そのことばかりが気になってしまう。


ほら、あの人たちも、こっちの人も、あそこでだって、手をつないでる人ばっかり!

こんなにたくさんの人が手をつないでるってことは、もう “当たり前” と同じってことだ!



いつ?

・・・やっぱり、歩いてる途中で、かな?


さりげなく?

それとも、訊いてみたほうがいいかな?


うーん、 “さりげなく” って、意外と難しそうだな。

「いい?」って訊いちゃった方が簡単かも。

たぶん、断らないよな?


「うん。」と恥ずかしそうに答える彼女を想像して、ドキドキしてしまう。


・・・よく考えたら、OKされたあとの方が恥ずかしいかも。

どんな顔して手を握ったらいいんだろう?


ガサガサと音がして、気付いたら、ぴいちゃんがゴミをまとめていた。


「ああ、ごめん。俺が。」


慌てて手を出したら、俺の指がぴいちゃんの指先に重なった。


「あ。」と思って、俺が手を引っ込めるよりも早く、ぴいちゃんが自分の手を引いて、胸元で握りしめた。

視線は落し物を探すように、おろおろと地面を行ったり来たり。


「ご、ごめん。あの。」


「あ、いえ、あの、大丈夫。偶然だもんね。」


そう言いながら微笑んでも、視線は逸らしたまま。


この様子だと、手をつなぐなんて、ぴいちゃんには無理・・・?




ゴミを捨てて、海際の通路をゆっくりと並んで歩く。


さっきの出来事のせいか、ぴいちゃんも俺も、ちょっと気詰まり。

話をしながら笑ったりするけれど、目が合うと、お互いにすぐに逸らしてしまう。

そして、何秒かの沈黙。


ああ!

どうしたらいいんだろう?!

せっかくのデートなのに。

ほんの一瞬、指先が触れただけなのに!


海に向かって張り出したスペースで、並んで手すりにもたれて、波やカモメを眺めてみる。

足元のコンクリートには波が規則正しく打ち寄せる。

その音と動きに、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。



そうだ。

べつに、今日、どうしても手をつなぐ必要があるわけじゃない。

これからもずっと、ぴいちゃんは俺のそばにいるんだから。



そう思ったら、気分が軽くなった。

隣では、俺と同じように手すりにもたれて、夢見るような表情をたたえたぴいちゃんが水平線を見ている。


俺の視線に気付いたのか、ぴいちゃんが顔を上げた。

目が合うと、にっこり。

もう、いつもの彼女。


ぴいちゃんは海に視線を戻すと、くすっと笑った。

それから。



一歩、俺の方に。



彼女の肩が俺の右腕に触れる。

戸惑いながらぴいちゃんを見たら、ちらりとからかうような視線を返してきた。


“さあ、どうする?”



・・・試されてる?



少し迷ってから、俺はぴいちゃんの肩が触れていた右腕を、彼女を囲むようにして向こう側の手すりへ。

小柄なぴいちゃんは、俺の右側にすっぽりと収まってしまう。



―― はずだったのに。



俺が思っていたより腕が短かったのか、手すりが低いせいか、ぴいちゃんとの距離が予想外に近い!

密着っていうほどではないけど、体温が感じられるくらい。


右肩のすぐ前に彼女の頭があるし、右腕はすでに彼女の背中に当たってしまっている。

体だって、少しでも動いたら触れてしまいそう。

ぴいちゃんのまとめきれない髪が、潮風に吹かれてふわりと俺の耳や首をなでる。



どうしよう?!

こんなつもりじゃなかったのに!



心臓がバクバクしてきた。

でも、急に離れたら変に思われそうだし・・・。


「なんだか、捕まえられてるみたい。」


ぴいちゃんが、ちょっと笑いながら、体をひねって俺の腕を確認しようとする。

彼女が動くともぞもぞしてくすぐったい。

それに、ぴいちゃんの背中、俺の胸に当たってるよ!

背中だけじゃなくて・・・。



だめだ。

力が抜けそう。


他人に顔が見えない状態でよかった・・・。


そうだ!

深呼吸、深呼吸。



ぴいちゃんに気付かれないように、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

そのうちに鼓動が治まって、意識がはっきりしてきた。


もう少し右後ろに移動すれば、隙間ができそう?

でも、そうするとぴいちゃんが俺の体の正面にきて・・・いや、だめだ!

そんな態勢になったら、ぴいちゃんを抱き締めずにはいられない気がする!

こんな場所で、そんなことできないよ!


早瀬はよく学校であんなことできるよな。

やっぱり子供なんだな。


肩に手をかける・・・?

やっぱり無理! 恥ずかしい!



それより、ぴいちゃんはどうして平気なんだ?

さっきは指先が一瞬触れただけで、あんなに困った顔をしていたのに。

今の方が、もっとたくさん・・・なのに。

どうして・・・?



「あの、ぴいちゃん。」


ぴいちゃんが顔を上げる・・・やっぱり近い!

それに、動かれるとくすぐったい!


呼ばなければよかった。

なんだか息が苦しいし、また心臓が!

ああ。

彼女に伝わっちゃうかも・・・。


目の前の彼女の瞳から、もう目を離すことができない。

俺、変な顔してないだろうか?


そうだ、それより、何か言わなくちゃ。


「あ、あの、・・・。」


ぴいちゃんが「なあに?」と言うように、首を傾げる。


「い、今は恥ずかしくないのかな、と思って。さっきは、ちょっと手が、あの。」


どうして俺はわざわざこんなことを訊いてるんだ?!

もっと気の効いたセリフが出て来ないのか?!


「だって、」


俺の言葉に、ぴいちゃんがほんのりと頬を染めながら海の方に向き直って、手すりにかけた自分の手を見る。

こんな仕草にもドキリとする。


「だってね、手って、・・・直接なんだもん。」


・・・・・?


「直接」?

“直接触れる” ってこと?

だから、恥ずかしかった?


で、今は?

間に服があるから・・・ってこと?



ぴいちゃんの判断基準って、そこ?!

じゃあ、服の上からなら、何をしても・・・いやいやいや、いくらなんでもそんなことは。

でも・・・ちょっとだけ。

あ〜、もう!

ダメに決まってるだろ!


・・・うわ!

ぴいちゃん、動かないで!


「藤野くん。」


俺を見上げる顔が・・・近い。

ちょっと動いたら、おでこにキスできるかも。


「は、はい?」


声が裏返りそうになる。

深呼吸、ひとつ。


「もう少し、離れた方がいい?」


え?!


焦ってるのを見透かされてる?

こんなことを自分の彼女に言われるなんて、なんだか情けない。


それに。

焦ってる・・・けど、嫌なわけじゃない。


「そ・・・んな必要は、ないけど。」


精一杯のポーカーフェイス。

うまくいったか自信がないよ。


ぴいちゃんは海に視線を戻して小さく笑った。

それから。



え?


あの。

そんなにすり寄ってきたら・・・やっぱりダメかも!!

どうして今日はそんなに?!

もしかして、誘惑されてるのか?

いや、まさか、ぴいちゃんに限ってそんなこと・・・。


なんだか、息が苦しい!

深呼吸、深呼吸、深呼吸・・・・・。



動けない。

でも・・・・・幸せ。



脚の力が抜けて倒れたりしないように、それと、手が勝手に動き出さないように、手すりを握る手に力が入る。

ぴいちゃんが海を指差して何か言ったけど、それが頭の中で意味を成さない。

いろいろな “もしかして?” が次々と頭に浮かび、それらは全部、 “人前では無理!” のものばかり。


それから何分間か、ぴいちゃんが「行こうか。」と言うまで、もう波の音も動きも、俺の心を静めてはくれなかった。








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