ぴいちゃんと俺(5)
カシャ。
雨降りの月曜日。
廊下や屋根つきの場所での部活が終わり、部室で着替えようとしていたとき、写真を撮る音がした。
誰だ、こんなところで?
「おお! バッチリ!」
岡田?
携帯の画面を確認しながら、満足そうな表情。
周りの部員が何を撮ったのかと、笑いながら尋ねる。
「藤野。」
俺?!
「なんで?!」
「秘密。」
にやにやしているのが気持ち悪い。
何に使おうっていうのか・・・。
「教えろ。」
「えー? 言っちゃっていいの?」
ますます気持ち悪い。
「理由によっては消してもらう。」
少しのあいだ、岡田は考えていたけど、
「まあいいか。藤野が話せって言うんだから。」
と言う。
当たり前だ。俺を写したんだから。
「ぴいちゃんに頼まれた。」
?!
「「「おおおおぉ?!」」」
部員がどよめく。
ああ・・・バカだった!
あとで人がいない場所で聞けばよかった!
自分の顔が赤くなるのがわかる。
「今朝さあ、バスでぴいちゃんと一緒になったときに頼まれたんだよ。」
もういいよ!
そんなにペラペラしゃべらなくても・・・。
「お、岡田。もう、」
「最初は『着替えてるときとか、写真撮れる?』って訊かれたから、どんな写真が欲しいのかと思ってあせったけど、」
やめろーーーー!
ぴいちゃんがそんなセクシーショットを欲しがるわけがないじゃないか!
「よく訊いたら、藤野の白い野球の服って言われてほっとしたよ。」
“俺の” っていうのをそこで認識したってことは、その前は誰のだと思ってたんだ?!
まさか、部員全員とか? それとも自分か? あり得ない!
ああ、もう・・・。
そういえば、欲しいって言ってたよな。
だけど、どうして岡田なんかに頼んだんだ?
そりゃあ、ぴいちゃんが自分で撮るチャンスはなさそうだけど、せめて映司に頼んでくれれば、もう少しひっそりと・・・。
「お、そうだ。俺の写真も一緒に送ろうかな?」
楽しそうだな、岡田。
「なんでだよ?」
「なんとなく。」
意味分からん。
「あ、俺も一緒に写る。」
は?
篠崎、お前まで?
「え? 篠崎が一緒なら、俺も。」
根岸も?
毎日、教室で顔を合わせてるだろ?
「OK。何人でもいいぞ。」
「そうだ。1年にも訊いてみよう。おーい。」
池田が外で着替えている1年に声をかける。
俺には誰も声をかけないのか?
「なんで1年?」
「藤野、知らないのか?」
映司が笑いながら俺を見た。
「1年の中にも吉野のファンがいるんだぜ。この前、吉野のバイト先に行ったときから。」
知らなかった・・・。
いそいそとやってきた1年生たちを見たら、その中に近藤がいる。
今日の昼休み、図書室でぴいちゃんと話してた。
そうでしたか。
邪魔して悪かったな!
総勢9人の写真を撮ってくれと、岡田が俺に携帯を差し出す。
俺に頼むって、なんとなく変じゃないか?
よく見たら、上半身裸のヤツが・・・。
「服を着ろ。」
わざとピンボケにしてやろうか!
そんな気持ちで撮った写真は、逆にくっきりときれいに撮れた。
まあ、9人が写った写真なら、ぴいちゃんが持ってても、誰も誤解はしないだろう。
だけど・・・、俺が写ってないし。
やっぱりおかしくないか?!
夜、ぴいちゃんに電話をすると、写真のことで笑っていた。
『さっき、なっちゃんからも電話が来たよ。ずいぶん大騒ぎになったみたいで。』
なっちゃんというのは彼女の親友、和久井夏海のこと。映司の彼女でもある。
「ぴいちゃんが岡田なんかに頼むから。」
苦情めいた言い方になってしまうのは許してほしい。
『ごめんね。 “できたらでいいから” って言ったんだけど。岡田くん、親切だからね。』
“親切” っていうより、面白がってたと思う。
ぴいちゃんだって、笑ってるじゃないか。
『でも、藤野くん、かっこよく撮れてたよ。カメラ目線じゃないところが気に入ってるの。』
・・・そう言ってくれるなら、まあ、いいか。
『一緒に送られてきた写真には驚いたけど。』
「そうだと思ってた。」
『根岸くんもいるね。どういう団体?』
「・・・希望者、みたいな。」
ぴいちゃんに写真を持っていてもらいたい、っていう希望者か?
『ふうん。・・・・・あ! そうだ! 今日ね、・・・あ、ダメだ。』
「なに?」
『うーーーん、言っちゃいけないような気がする。たぶん。』
「誰か、ほかの人のこと?」
『そうなの。今日、偶然知ったんだけどね、藤野くんには言わない方がいいと思う。』
「そう言われると、ますます気になる。」
『ごめん。大丈夫。』
何が大丈夫なんだか・・・。
『あ、あのね! ゴールデンウィークの予定は?』
そうだった!
来週だよ!
「ええと・・・、野球部は5月3日と4日が休みだな。」
『よかった! 3日ならあたしもバイトがお休みだよ。』
「じゃあ、3日に出かけよう。」
『うん。』
嬉しそうな声。
俺も嬉しい。
「ああ、そういえば、将太くんからメールが来てたよ。」
将太くんは、この前会ったすぐあとは、毎日のようにメールを送って来ていた。
でも、最近は飽きたのか、ネタがなくなって来たのか、だいぶ少なくなった。
『何て言ってる?』
「来月から塾に行くことになったって。」
『ああ! そのこと! ふふ。』
「将太くんは、直くんを見張るためにって言ってたけど。」
『違うよ! 英語の小テストで10点しかとれなくて、お母さんに叱られたの。そしたら、直くんのいる塾なら行くって言って。きっと、藤野くんにそういう言い訳をしたかったんだよ。』
「なるほどね。」
男のプライドだな。
「そういえば、将太くんのメールに、真悟くんの様子が変だって書いてあったよ。」
『真悟の? 真悟まで見張ってるのかしら?』
たぶん、早瀬の情報を得るために・・・だな。
「携帯を見ながら、ニコニコしてたり、イライラしてたりしてるって。」
『携帯でイライラ・・・?』
「誰か、好きな相手でもできたんじゃないのか?」
去年の俺がそうだったし。
『好きな相手って・・・まさか! もしかして?!』
「心当たりあるんだ?」
『確実じゃないんだけど、もしかしたら・・・ね。本当にもしかしたら、だけど。』
ぴいちゃんがこんなに勘が働くなんて、ちょっと意外だな。
まあ、正解かどうかは別として。
「見かけたとか?」
『ううん、違うの。ちょっと、ほかで聞いた情報から・・・。』
ふうん。
早瀬と同じくらい態度が大きい真悟くんが、恋をしたらどうなるんだろう?
なんとなく、ものすごく真っ直ぐに突き進んで行くような気がするけど。
ちょっと見てみたい。