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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第五章 藤野 青
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ぴいちゃんと俺(4)



土曜日の午前中は特別講習。

俺もぴいちゃんも、4科目の講習を取っている。

4月21日の今日は2回目。



昨日の夜、ぴいちゃんに電話をかけた。

これから土曜日の朝は、駅まで迎えに行くからって。

それと、昼飯を一緒に食べようって。

午後は部活に出るから、一緒に帰れないけど。


それから・・・昇降口での別れ際が、あまりにも後味が悪くて。



『気にしてないよ。』


ぴいちゃんが言う。


『だって、お礼だって言ってたし。』


そう。

お礼。


「でも・・・。」


ぴいちゃんの前で渡してくれなくてもよかったのに。

・・・隠れてっていうのも、嫌だけど。


そもそも、いらないよ。


『中身は何だったの?』


「え? アメが入ってた。」


『ほらね。じゃあ、大丈夫。』


「どうして?」


ぴいちゃんが『ふふふ。』と笑う。


『あのね、食べてなくなっちゃうものだから。』


「そうなのか?」


『うーん、まあ、あたしの中ではそうなの。』


「よくわからないけど・・・?」


『まあ、食べたらおしまい! みたいな? あとに残らないものだから。』


「ふうん。」


だから、ヤキモチを妬いてくれないってこと?


ほっとしたのと、残念なのと、気持ちは半分ずつ。

・・・複雑だ。



電話を切ってから思い出した。

去年、俺が彼女にあげたストラップ。


“お礼” って言ったのに、最初、彼女は受け取るのを拒んだ。

そのあともずっと使ってくれなくて、俺は内心傷ついていた。

でも、今はぴいちゃんの携帯にぶらさがっている。


あれは、彼女の論理で言えば “あとに残るもの” だから、簡単には使うことができなかったのか。

今、ぴいちゃんは俺の “彼女” だから、 “あとに残るもの” も使うことができるってこと?


そういえば、去年、タオルをくれたとき、 “こういうものを、自分があげていいかどうかわからない” とも言ってた。

意味がわからなかったけど、要するにこういう理屈だったわけか。

でも、くれたってことは、あの時点で、ぴいちゃんは俺のことを・・・? やだな、もう!

あのときのぴいちゃん、ものすごく恥ずかしがってて、かわいかった。





土曜日の特別講習の教室は、どこも3分の1から半分くらいしか埋まっていない。

単位に関係がないから、席も自由。


ぴいちゃんと一緒の授業では、俺が彼女の後ろに座る。

隣よりも近いってこともあるけど、ぴいちゃんと俺のあいだでは、それがなんとなく落ち着くのだ。

もしかしたら、初めて話したときがそうだったからかも知れない。

実は、俺が彼女に近づこうとする男を見張るためだったりして。


4時間目の前の休み時間。

3時間目は別々だったぴいちゃんと合流するため、次の教室の前の廊下で待つ。


隣の教室から八木が出て来た。

その後ろからぴいちゃんが・・・。


ぴいちゃんは一言二言、八木と言葉を交わしてからこちらを向き、俺を見つけて微笑んだ。

今日は生徒が少ないから、彼女はいつもより落ち着いている。


「お待たせしました。」


と言ったあと、反対側に歩いて行く八木の後ろ姿を気にしている俺に気付いたらしい。くすくすと笑う。


「八木くんだよ。」


知ってるよ、それは。

だから、何?


「八木くんはそういうのとは違う人なんだよ。」


教室に入りながら、ぴいちゃんが言う。

またもや、俺の気持ちはお見通しらしい。


「どう違うの?」


「ちょっと説明しにくいんだけど、女の子の仲間みたいな感じの人なの。」


「・・・・?」


廊下側の席を縦に2つ確保して、ぴいちゃんが横向きに座った状態で、八木のことを説明しようとする。


「小学校とかで、女の子の中に一人で入ってても平気な男の子っていなかった?」


「ああ。そういえば、いたな、そういうヤツ。」


「八木くんって、そういうタイプの人なの。あたしも、あんまり緊張しないで話せるんだよね。」


へえ。

たしかに、男と一緒に騒いでるところはあんまり記憶にないな。


「お隣、いい?」


声の主を見上げると、田所さんだった。

ぴいちゃんの隣の席に荷物を置いている。


「うん、どうぞ。」


ぴいちゃんがにこにこしながら言うと、「ありがとう。」と席に着いた田所さんが、ぴいちゃんに話しかけた。


「ねえ、あたしも “ぴいちゃん” って呼んでもいい? そのあだ名、かわいいんだもん。」


「え、あ、はい。いいよ。どうぞ。」


かわいいと言われて慌てた様子をしながら、ぴいちゃんが頷く。


「あたしのことは下の名前で呼んでくれる? 名字は堅苦しいから。 “朱莉(あかり)” っていうの。」


「朱莉ちゃん。」


「 “ちゃん” はなくていいよ。」


「うん、わかりました。じゃあ、朱莉、よろしくお願いします。」


「ぴいちゃんって、礼儀正しいんだね!」


笑い出した田所さん(さすがに俺は名前では呼ばない。)に、ぴいちゃんが恥ずかしそうに微笑む。


人見知りなぴいちゃんに友達が増えるのが、俺は嬉しい。

彼女の味方が増えると思えてほっとするっていうこともある。


こんな俺の気持ちを岡田が知ったら、また「父親みたい」って笑うだろうけど。




さあ、昼飯だ!

今日はぴいちゃんと2人で♪

どこで食べよう?


結局、自分たちの教室ということになり、荷物を持って8組へ。

廊下はまだバタバタしていたけど、8組の教室は端の方なので、ここまで来るとけっこう静か。

俺の席で、ぴいちゃんは長谷川の椅子を後ろに向けて座る。

足がぶつかって、「ごめん。」なんて言うのも楽しい。


弁当箱は、昨日、ぴいちゃんにもらった風呂敷で包んできた。

水色に白い波と鳥が飛んでいる方。

ぴいちゃんがカバンから出したのは、黄色っぽいみかん色の包み。

広げたのを見たら、こっちもお揃いだった。

同じ柄でも、ぴいちゃんの方は夕焼けの海だ。

ぴいちゃんが俺を見て、楽しそうに笑った。


手を合わせて「いただきます。」と言ったところに・・・。


「あれ? ご、ごめん!」


井上?


「ち、ちょっと忘れ物しちゃって。」


井上のあからさまな “お邪魔しました!” な態度に、ぴいちゃんが真っ赤になってうつむく。

俺としては、こういうところをほかの生徒に見せておけたってことで、心の中でガッツポーズ。

でも、お揃いの風呂敷は、指摘されたらちょっと恥ずかしいな・・・。




井上が出て行ったと思ったら、戸口からまた誰かが顔を出した。


「いた! 陽菜子!」


早瀬?!


「響希?! どうして?!」


ぴいちゃんが質問を発する間に早瀬は走ってきて、ぴいちゃんに抱きつく。


「土曜日も会えるなんて!」


嬉しいのはわかるけど、いい加減に、いちいち抱きつくのはやめろ!


ぴいちゃんに重いと言われて離れた早瀬が、隣の椅子をこちらに向けてさっさと座る。


「吹奏楽部は土曜日は一日練習なんだ。今、田所先輩が来て、陽菜子が講習に来てたって言ったから、もしかしたら会えるかもと思って見に来た。」


「お前、自分の弁当は?」


望みを託して尋ねる。


「俺? もう食べ終わった。1時半まで昼休み。」


俺も1時半から部活だ。

しかも、俺は着替えがあるから、15分前には行かないと・・・。


早瀬が勝ち誇った表情で俺を見た。


結局、弁当は3人で食べたのと同じだった。

早瀬はそのまま居座り、一人で元気よくしゃべり続けた。

そして、とどめは。


「ねえ。来週は俺もここに弁当持ってくるよ。」



田所さん。

ちょっと・・・、いや、たくさん恨むよ。








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