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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第五章 藤野 青
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ぴいちゃんと俺(3)


「藤野くん。悪いけど、シャーペン貸してくれない? 筆箱忘れちゃって。」


金曜日、1時間目の化学の授業。

右隣から申し訳なさそうに声をかけられた。


ええと、田所さん、だっけ。

この授業のときに、1、2回、話したな。


選択科目で教室の移動があると、それぞれの教室で席が違う。

3クラス合同で分けられている今は、俺は窓側の一番前。

ぴいちゃんが同じ列の後ろの方にいる。

長谷川が彼女の隣に。


「ああ。どうぞ。」


芯が入っているか確かめてから田所さんに渡す。



「ありがとう。今日一日、借りてもいい?」


「いいよ。消しゴムも余分に持ってるけど?」


「わあ、助かる。ありがとう。」


気さくで感じのいい人だ。

まっすぐな長い髪を後ろでまとめている。

きちんとした雰囲気。


きちんとしてても、忘れ物はするんだな。




授業が終わって教室に戻る廊下。

ぴいちゃんが長谷川と並んで俺の前を歩いている。


長谷川が一緒なら、俺が声をかけても大丈夫。


「吉野。」・・・と声が出かかった瞬間、後ろから「吉野さん!」と、明るい声がかかった。


ぴいちゃんが振り返って、目をパチパチしている俺を一瞬見てから、さらに後ろの誰かに視線を移す。

そして・・・かすかに微笑んだ。


「八木くん。」


・・・八木?

8組では俺の左隣に座ってる。

俺の左隣、つまり、ぴいちゃんの前。


八木が俺を追い抜いて、ぴいちゃんの隣に並ぶ。

長谷川も一緒に3人で話している様子が慣れている。



いつの間に?

八木って、どんなヤツだっけ?


そう思うってことは、目立たない生徒だ。


何度か話はした。

でも、間宮や根岸と話しているときに、一緒に混ざっていたことはない。

休み時間には席にいないことが多いな。


授業中とか、ぴいちゃんとチラッと話してることはあった。

でも、しょっちゅうじゃない。


・・・なんて考えているうちに、あっという間に教室。

俺の前をぴいちゃんと八木が、相変わらず話しながら歩いて行く。


席が近くなんだから仕方ないけど!!

その後ろを、ぴいちゃんの彼氏である俺が一人で歩いてるのって、どうなんだ?!


そんなことを考えていたら、席の前で立ち止まった長谷川が振り向いて、俺の顔を見て吹き出した。


「あはは! そんな情けない顔してるの見たら、茜ちゃんに話したくなっちゃうよ!」


それだけは、絶対にやめてほしい・・・。




次の授業中も、そのあとの休み時間も、八木とぴいちゃんのことが気になってしまう。

席が近いせいもあって、自分の体全体が、2人の会話をキャッチしようと緊張しているのがわかる。



何やってんだ、俺?

そんなに気になるなら、自分がぴいちゃんに話しかければいいじゃないか!



4時間目に再び選択科目の教室移動。

こんどは社会科。ぴいちゃんとは別々だ。

俺は隣の7組へ。彼女はもう少し先の5組。

ほんの少しでも・・・。


「藤野くん。」


ぴいちゃんの方を向こうとした瞬間、横から声が。

田所さん?


「世界史の宿題のプリント、やってきた?」


「あ・・・うん。」


「問題が多くて厄介だったよね、あれ。」


見せてほしいって言われなくてよかった!

俺のノートや宿題は、ぴいちゃん以外には見せたくない。

・・・けど、言われたら断れないと思うから、言われると困る。


へんなところでほっとしている俺の横を、ぴいちゃんがすり抜けていく。

俺のことなんかまったく意にかけない様子で、前を向いて。


悲しい・・・。


「 ― ・・ だよね。」


田所さんの声?

ちゃんと聞いてなかった。


「う、うん。」


「行かないの、7組?」


「あ、行くよ。」


用意していた授業の道具を持って歩き出した俺の隣を田所さんが歩く。

何か話しているけど、頭に入って来ない。


どうして、俺の隣にいるのがぴいちゃんじゃないんだ?



廊下の前方にはぴいちゃんと長谷川・・・それと、八木?


と思う間に、3人の姿は5組の教室へと消えた。



どうして、ぴいちゃんの隣にいるのが俺じゃないんだ?




昼休み。

今度こそ、ぴいちゃんと話を!


教卓の前のあたりに固まって、4人で弁当を食べているぴいちゃんに注意を向ける。

食べ終わったところを見計らって、声をかけよう。

何て言うかは、4時間目にじっくり考えてある。


「図書室で本を探したいんだけど、手伝ってもらえるかな。」


彼女にはこれで通じるはず。

きっと、にっこり笑って、


「いいよ。」


って言ってくれるはずだ。



「藤野。ちょっといい?」


映司?


ぴいちゃんは・・・まだ食事中。


急いで廊下の映司のところへ。

すぐ終わる用事だといいけど。


「何?」


「なんか、1年のあいだで内輪もめがあるらしくて。藤野、何か聞いてる?」


内輪もめ・・・。


こういう話はキャプテンの映司と部長の俺で対処しなくちゃならない。


「はっきり聞いたわけじゃないけど、中学の仲間どうしで固まってるあれか?」


「ああ、そう、それ。どっちにも入ってない2人から、困ってるって相談されたんだよ。」


「どんな様子だって?」


仕方ない。

やっぱりこっちが優先だよな。


そのまま廊下で映司と話しているうちに、ぴいちゃんが教室から出てきた。


ああ・・・、昼休みは無理か。


と、ぴいちゃんが俺に気付いて、ちょっと笑って手を振ってくれた。


「お、吉野。元気?」


映司が気付いて話しかける。


映司も2年のときに同じクラスで、ぴいちゃんの親友が映司の彼女だから、一緒に過ごした時間も多かった。

ぴいちゃんが比較的話しやすい相手だ。


「うん。梶山くんも元気そうだね。」


話しやすいといっても、しばらく会ってないから恥ずかしいらしい。すぐに、


「またね。」


と言って、走り去ってしまった。


「さっきの話、どうする?」


ああ、そうだ。

野球部の1年の話だったよな。


人間関係って難しいな・・・。




放課後。


部活が始まる前に話せるだろうか?


教室を出ていくクラスメイトにあいさつをしながら、ゆっくりと仕度をする。

帰りのラッシュが過ぎてから教室を出るぴいちゃんに合わせるために。


「あのう、藤野くん。」


ぴいちゃん?!


信じられない気持ちで、左に振り返る。

すぐ後ろに、控え目に微笑む彼女の姿。


ぴいちゃんの方から話しかけてくれるなんて!


教室に残っている生徒はもう4、5人。

このくらいの人数なら(みんな離れてるし)、どうにか大丈夫なんだ。


「ちょっと、こっちに来て。」


そう言って、腕を引っぱる。

できれば手を・・・っていうのは贅沢?


なんとなく、内緒の雰囲気。

ぴいちゃんの席の前で、教室に背を向けるように並ぶ。


「あのね。」


と言いながら、彼女は自分のカバンの中に手を入れて、出て来たのはリボンのシールがついた紙袋。


「お誕生日、おめでとう。」


!!


誕生日?

今日だっけ?


「あの・・・、俺・・・。」


あんまり思いがけなかったのと、嬉しいので、ちょっと気が動転してる。


「開けてみて。」


楽しそうな表情で、ぴいちゃんが言う。

何かおもしろいもの?


紙袋の中から出て来たのは、布が2枚。

なんだろう?


1枚は濃い緑色で白い渦巻き。


「泥棒・・・?」


「お弁当用の風呂敷なの。それ、唐草模様って言うんだよ。あたしも色違いを買ったの。」


ぴいちゃんが笑いながら、自分の弁当箱を出して見せる。

彼女のは赤地に白抜きの唐草模様。

俺も楽しくなる。


もう1枚は水色で、白い波と小鳥が飛んでいた。


「かわいいでしょう?」


にこにこと、本当に楽しそうなぴいちゃん。

そんな彼女そのものも、俺にとってはプレゼントと同じくらい嬉しい。


「ありがとう。」


俺、いったいどんな顔してる?

ぴいちゃんの目に映るときには、できればかっこよく・・・と思うけど、幸せすぎて、顔の筋肉が緩みっぱなしだ。


「うん。そろそろ行かなくていいの?」


ああ、そうだ。

行かなくちゃ。


ぴいちゃんと並んで昇降口へ向かう。

彼女と2人きりのやさしい時間。

今日一日、ずっとモヤモヤした気持ちだったけど、締めくくりがこれなら言うことなしだ!




昇降口で靴を履き替えているとき、誰かが走り込んできた。


「藤野くん! よかった、間に合って!」


田所さん?


「今日はシャーペンと消しゴムを貸してくれてありがとう。これ、お礼です。」


そう言って、貸したシャーペンと一緒に差し出されたのは、リボンがかかった箱。

なんで、今、このタイミングで?!


「ええと、べつにお礼とかは。」


「いいの。あたしの気持ちだから、受け取って。」


「あの、藤野くん、じゃあね。」


ぴいちゃんの小さい声。

しかも、こっちを見てくれない。


ああ、待って・・・。


目の前には元気な田所さん。

俺が受け取るまで、退くつもりはないらしい。


油断大敵。

全然、いい締めくくりじゃなかった!








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