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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第一章 茜
3/95

吉野先輩はお兄ちゃんの彼女だよ!(3)


初めてのぞいた天文部の部室で、親切そうな女子の先輩に深々と頭を下げられて、あたしはどうしたらいいかわからない。

理由を知っていそうな2年の先輩たちは固まっちゃってるし、奈々もあたしもただ混乱するだけ。


「あの・・・、吉野先輩、ですよね?」


恐るおそる声をかけてみる。


先輩は頭を上げてくれたけど、小さい声で「はい。」と言ったきり、下を向いて赤い顔をしたまま。


どうしたらいいんだろう?

気まずい沈黙・・・。



「あれ? もう見学の子が来た?」


男の人の声? ・・・笹本先輩!

さっきの部活紹介のときに見た女子の先輩と一緒だ。


よかったー!


吉野先輩もそっちを見て、


「まーちゃん・・・。」


と、情けない声で呼びかけた。


あの先輩のことを「まーちゃん」って呼んでるのか。

あたしは「あーちゃん」だから、ちょっと似てる。


「あらら? 赤い顔してどうしたの、ぴいちゃん?」



!!



“ぴいちゃん” って言った、今?!

じゃあ、じゃあ、吉野先輩って?!

そういえば、たしかに長い髪・・・。


もう一度、吉野先輩に目を向ける。

吉野先輩はまーちゃん先輩に何か言おうとして声にならず、困った顔でまた下を向いた。

あたしも何か言わなくちゃと思うけど、言葉を思い付かない。


奈々と2年の先輩たちは緊張してあたしと吉野先輩を見守り、笹本先輩とまーちゃん先輩は机の間をのんびりと近付いてくる。

いったい何分かかったのかと思うほど長く感じたけど、本当はきっと1分くらい?


「あれ? もしかして、茜ちゃん?」


笹本先輩の声。


その場の緊張が一気に緩む。

それくらい安心感のある声。


それに、覚えててくれた・・・。


「あの、お久しぶりです。」


ちょっと照れくさい。

笹本先輩はにこにこと、


「大人っぽくなったねえ。」


と声をかけてくれて、赤くなったまま立っている吉野先輩を見て、「ああ、そうか。」と笑った。


「藤野から聞いてない? 藤野の彼女だけど。」


笹本先輩のわかりやすい説明に、ますます赤くなる吉野先輩。

すごい恥ずかしがり屋?


「いるのは知ってたんですけど、名前も部活もなにも・・・。」


「しょうがないなぁ、藤野は。」


そう言って、あきれた様子でまた笑う。


落ち着いてて、お兄ちゃんよりもっと大人っぽい。

黒いフレームのメガネがすっきりとした顔の輪郭に似合ってる。

カットしたままセットしていないらしい髪がさらさらと額にかかって、秀才っぽいのにやさしそうな感じは、前と変わらない。


「あの、窪田奈々です! わたしも西中から。」


奈々が懸命にアピール。

当然だよね。

笹本先輩にあこがれて、ここまで来たんだから。


「ああ、中学の後輩なんだね。部長の笹本です。どうぞよろしく。」


「副部長の長谷川万紀(まき)。よろしくね。」


長谷川先輩・・・キビキビしてて、かっこいい。

ショートカットに赤いフレームのメガネの奥の切れ長の目は、いかにも理系女子って感じ。

白衣が似合いそう。


「こんなにすぐに見学の子が来るなんて初めてだなあ。」


笹本先輩が嬉しそうに言う。


笹本先輩って、こんな声だっけ?

ちょっと低めで弦楽器を思い出させるような声。・・・チェロ、とか?

それと、くっきりした発音の、歯切れのいい話し方。


電話で聞いたとしても、きっと最初のひとことで笹本先輩だってわかる。


「まずはいつもの観測をやってしまうから、窪田さんと茜ちゃんは適当に見てて。そのあと、今までの活動の紹介をするよ。」


笹本先輩がそう言うと、長谷川先輩と2年の先輩が動き出した。

吉野先輩も頼りなげに一歩踏み出したけど、笹本先輩が近付いてそれを止める。


「ぴいちゃんは落ち着くまで、ちょっとゆっくりしてなさい。」


・・・ドキン。


あたしの鼓動?

どうしたの?


「でも。」


と吉野先輩。


「大丈夫だよ。もうすぐほかの3年も来るから。ほらほら。」


笹本先輩がそう言って、隅の机へと吉野先輩の肩をやさしく押して行く。

その姿から・・・目が離せない。


( どうして? )



“どうして?” って、なんでそんなこと思うの?

何が “どうして?” なの?


「ぴいちゃん」って呼んだこと?

吉野先輩を気遣ったこと?

あんなにやさしい声と表情で・・・。



どうして?



だって、吉野先輩はお兄ちゃんの彼女だって。

吉野先輩が好きなのはお兄ちゃんのはず。

なのに・・・。



「あーちゃん。」


奈々の声?

そうだ。

見学に来たんだっけ。


「あ、とりあえず長谷川先輩にくっついていようか?」


「え? あたしは笹本先輩がいいんだけど。」


そうでした。

奈々の目的は笹本先輩。


「わかった。そうしよう。」


奈々って本当に一途だよね!


感心するあたしに、奈々がちょっとふてくされた様子でささやく。


「あーちゃん、笹本先輩と知り合いだって言ってなかったよね?」


え?


「だ、だって、中1のときに、塾で何回か会ったことがあるだけだよ。お兄ちゃんの妹だから知ってるだけで、仲が良かったわけじゃ。」


「ふうん。」


やだなあ。ヤキモチなの?

そんな必要ないのに。

笹本先輩が、あたしなんかを相手にするわけないでしょう?




「ごめんね、茜ちゃん。ちょっと予想外だったから慌てちゃって。」


ようやく落ち着いた吉野先輩が話しかけてくれた。


先輩たちが、今までに撮った星空や月の写真、カメラや望遠鏡なんかを見せてくれている。

その頃にはあたしたちのほかに、1年生の男子が3人来ていた。


最初のあいさつでパニクッた吉野先輩は、しばらく部屋の隅でぼんやりしていた。

この部屋に入って来たときは落ち着いていて先輩らしい雰囲気だったのに、さっきの慌てぶりには本当に驚いた。

でも・・・、なんとなくかわいい。ウソがつけない感じで。


「いいんです。こちらこそ、すみません。お兄ちゃんがちゃんと教えておいてくれればよかったのに。」


ホントに、いくら照れくさくても、同じ学校に通うことになったんだから、最低限のことは教えといてよね!

吉野先輩は、あたしの名前を知ってたのに。


「帰ったら叱っておきます!」


そう言うと、先輩は


「いっ、いいんだよ、そんなことしなくて!」


と慌てた。

それから、


「星とか、興味あるの?」


と、お姉さんっぽく訊いてくれた。

すっかり元気になったみたい。

よかった。


吉野先輩もほかの先輩たちに混じって、観察や写真を撮ったときの苦労話なんかをいろいろしてくれた。

あたしたち1年は笑ったり、感心したり、とても興味深く話を聞いていたんだけど、その途中でちょっと・・・何度か、胸がドキンとする。

奈々は気付かない?

あたしの思い過ごしなのかな・・・?








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