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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第五章 藤野 青
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ぴいちゃんと俺(2)



ぴいちゃんと岡田と俺の3人で帰るのは、久しぶりで楽しかった。

それに岡田は、改札口まで送るのは俺に譲ってくれたし。(当然だ!)


「どうだった、天文部は?」


歩きながら俺が訊くと、ぴいちゃんが思い出し笑いをする。


「緊張したよ〜。部室に入る前から、なんとなくざわざわしてるのが聞こえてね、こんな中に出て行って、期待はずれだって怒られたらどうしようかと思って。」


「ぴいちゃんならそんなことあり得ないよ。」


「藤野くん、さすがにそれは褒め過ぎ。」


ぴいちゃんが俺の腕をぽんと叩く。

叩かれた所が温かい。


「部屋に入るときにまーちゃんが大きな声であたしの紹介をしたりするから、ますます注目されて、頭がくらくらしちゃった。前を向いたら1年生が大量に並んでこっち見てるし。1年生だけで18人もいるんだよ、今年は。」


そのうち、ぴいちゃん目当ては何人くらいなんだ?


「とにかく早く済ませようと思って、部屋に入ってすぐに『吉野陽菜子です。』って自己紹介したの。そうしたら、 “キャー” みたいな “わー” みたいな声がして、1年生が一斉に自己紹介し始めて、どうしたらいいかわからなくなっちゃった。そのうちに笹本くんが騒ぎを鎮めてくれたけど、あいさつだけで一気に疲れちゃったよ。」


「お疲れさま。大変だったね。」


と言うと、ぴいちゃんが嬉しそうに俺を見た。


「うん。頑張りました。」


彼女の満足気な笑顔がかわいくて、彼女の頭をぽんぽんと軽く叩く。


「いたた!」


え?

そんなに強く叩いてないけど・・・って、あれ? ボタンが?!


ぴいちゃんの耳の後ろの髪に、学生服の右の袖口のボタンが絡まってしまっている。

ぴいちゃんには見えないし、俺は慌てている上に、利き手が使えなくてなかなか外せない。

とりあえず通路のはしに寄りながら、落ち着こうとする。


「ご、ごめん。脱いだ方が取りやすいかな?」


「わからない。でも・・・いたたた。」


上着を脱ごうと右手を動かしたら、ぴいちゃんの髪をますます引っぱってしまったようだ。


どうしたらいいんだ?!


「どう絡まってるのか、よく見てくれる?」


先に落ち着きを取り戻したぴいちゃんが言う。


そうだな。

落ち着いて。


自分に言い聞かせながら、ぴいちゃんの横から、動かせない右腕の下をのぞき込む。

袖の2つのボタンにぴいちゃんの髪が絡まっている。

慌てて動かしたせいか、右からとか左からとか、そんな状態じゃなく、かなり滅茶苦茶に。


「簡単には取れそうにないよ。動かせないし。」


本当に、どうしよう?


「あ、ボタンを取っちゃおうか?」


それなら簡単だよね?


「え? そのボタンって縫い付けてあるんじゃないの?」


ぴいちゃんに指摘されて左袖を見ると、きちんと糸でつけられている。

だめか・・・。


「仕方ないな。髪をほどいてみるね。」


そう言うと、ぴいちゃんは三つ編みの先を留めていたゴムを抜いて、髪を解き始めた。

黒くてたっぷりした髪が、毛先の方から順に、彼女の指に沿って肩へと広がる。

根元まで全部の三つ編みが解けると、彼女のあごや頬にもふわふわと髪がかかる。


去年、一度だけ見たんだったな。

ほんの一瞬だったけど。


見とれていたら、ぴいちゃんが目を上げた。

大きな黒い瞳と頬にかかる黒髪。



―― 綺麗だ。



「どう?」


「すごく綺麗。」


「え?! ち、違うよ。そうじゃなくて、手は動く?!」


!!


恥ずかしい!

後ろはたくさん人が通ってるのに!

しかも、俺は右腕を中途半端に持ち上げた姿勢で、お世辞にも “決まってる” とは言えない。


ぴいちゃんも赤くなっている。

これじゃあ、周りの人たちに変な目で見られそう・・・。



髪を解いたので腕が少し動かせるようになって、多少無理に引っぱりながらも、ようやく袖のボタンは外れた。

それほど時間はかからなかったはずなのに、俺は焦りまくって汗だく。

ひとことも話さなかった彼女は、緊張を解いてほっとした顔をした。


「びっくりしたね。」


そう言いながら、手早く髪を束ね始めるぴいちゃん。

惜しいけど、ほかの人にさっきの彼女を見られるのは嫌だから、それでいい。


あ! いや、ちょっと待って!


「あの、ちょっと待って。写真。」


「え?」


「写真撮らせて、そのままで。」


普段は照れくさくて言えない言葉も、彼女が俺の前で髪を解くことなんてめったにないと思うと、大急ぎの勢いで口に出すことができた。


「え? 髪がぼさぼさだけど?」


「いいの。」


俺は好きだから。


「ここで?」


「どこかに移動する?」


「・・・それはそれで、恥ずかしい感じがする。」


携帯のカメラの設定をしている俺を見ながらぴいちゃんは首を傾げて考えたあと、恥ずかしそうに俺に耳打ちした。


「じゃあ、2人で一緒に。」





予定外に2ショット写真を手に入れることができて上機嫌で家に着いた俺を、茜が待ち受けていた。

岡田とぴいちゃんの関係が気になったらしい。


当たり障りのない部分だけ、かいつまんで説明すると、茜はなんとなく納得したような顔をした。

・・・と思ったら、今度は、ぴいちゃんは人気があるのかと訊いてきた。

理由を訊いたら、彼女を「ぴいちゃん」と呼ぶ男が何人もいるから、と言う。


真面目な顔をしてそんなことを訊くなんて、よっぽど彼女のことが気になるのか。

何故だろう?


でも。


ぴいちゃんのことを自慢するチャンス!


いつも、俺は彼女のことでは他人に遅れをとっているような気がしている。

岡田にも、早瀬にも、直くんにも、ほかのときも。

ほかの男がぴいちゃんを褒める言葉を聞いて、ハラハラして、ヤキモチを妬いたり、・・・ “たり” じゃなくて、“ 妬いてばっかり” だ。


たまには!




「べつに、そう呼ぶからみんなっていうわけじゃないだろうけど、吉野は人気があるんだぞ。まあ、『ぴいちゃん』って呼ぶだけなら野球部に5、6人いるし、それ以外も同じくらいいるな。天文部だってそうだろう?」


「うん。3年の先輩はみんな。」


それだけじゃないぞ!


「ほかにも、彼女のバイト先の近くの高校でも人気があって、そこでは『吉野ちゃん』で通ってるんだ。去年の文化祭には、K高生が10人くらい吉野に会いに来たんだから。」


他校からわざわざ来るなんて、すごいだろう?


さらに天文部の1年生のことを口に出すと、茜が後ろめたそうな顔をした。


「そ、それは、あたしも吉野先輩に謝ったよ。」


まあ、彼女はそのくらい気にしないと思うけど。


「人見知りなのに、どうしてそんなに人気があるんだろう? 恥ずかしがってるところが可愛いからかな?」


・・・茜。

ぴいちゃんとけっこう話をしてるのに、何を見てるんだ!


「吉野が苦手なのは対人関係だけなんだぞ。勉強も、将来のことも、毎日の生活も、俺たちよりしっかり考えてるし、努力してるんだ。人見知りだって、少しずつでも直そうとしてるし。そういうところを見たら、誰だって応援したくなるだろう?」 



そう。

彼女は何でも努力している。

よく彼女は、俺に助けられてるって言うけど、俺は彼女のことを尊敬している。

そして、彼女に相応しい男でありたいと思っている。


ソファで考え込んでいる茜を残して部屋へと階段を上る。

上りながら、ぴいちゃんのいいところを声に出して言えたことが気持ちよくなって、大きな声で笑ってしまった。


ああ、すっきりした!









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