吉野先輩は人気者?(7)
吉野先輩を送って帰って来たお兄ちゃんをつかまえて、岡田先輩のことを訊いてみた。
どうして岡田先輩には、吉野先輩があんなに遠慮しないで話せるのか。
「岡田はちょっと特別なんだ。去年、俺たち3人でよく一緒にいたから。」
「3人で一緒に?」
「吉野にとって、岡田は仲良しの友達なんだ。俺の次・・・っていうか、俺以外では唯一、だな。それ以外は、話はできるけど、男はあんまり得意じゃないから。」
ああ、だから東先輩たちのときはあんなに緊張してたのか。
「ねえ。もしかして、吉野先輩って人気がある?」
「どうしてそんなこと訊く?」
「だって・・・先輩のこと、『ぴいちゃん』って呼ぶ人が・・・。」
「ああ、それか。」
お兄ちゃんがにやりと笑う。
「べつに、そう呼ぶからみんなっていうわけじゃないだろうけど、吉野は人気があるんだぞ。まあ、『ぴいちゃん』って呼ぶだけなら野球部に5、6人いるし、それ以外も同じくらいいるな。天文部だってそうだろう?」
「うん。3年の先輩はみんな。」
それで17、8人か。
近藤くんたち野球部の1年にもファンはいる。
「ほかにも、彼女のバイト先の近くの高校でも人気があって、そこでは『吉野ちゃん』で通ってるんだ。去年の文化祭には、K高生が10人くらい吉野に会いに来たんだぜ。それに、天文部の1年生はどうなんだ? 吉野目当てで集まってるらしいけど?」
「あれ? 知ってるの?」
「今日、早瀬が大慌てで謝りに来てたからな。」
そうか。
同じクラスなんだっけ。
お兄ちゃんがちょっと恐い顔をしてあたしを見る。
「長谷川の話だと、お前もからんでるらしいな?」
しまった!
「そ、それは、もう吉野先輩に謝ったよ。」
吉野先輩って、他校の生徒からも注目されてるのか。
おとなしい人なのにすごいね。
「人見知りなのに、どうしてそんなに人気があるんだろう? 恥ずかしがってるところが可愛いからかな?」
首をかしげるあたしに、お兄ちゃんが呆れた顔をする。
「吉野が苦手なのは対人関係だけなんだぞ。勉強も、将来のことも、毎日の生活も、俺たちよりしっかり考えてるし、努力してるんだ。人見知りだって、少しずつでも直そうとしてるし。そういうところを見たら、誰だって応援したくなるだろう?」
・・・ふうん。
感心しながら考え込んでいたら、階段を上って行くお兄ちゃんの笑い声が聞こえた。
あれ?
もしかして、今、自慢された?
お兄ちゃんだって、早瀬やあたしと変わりないじゃん!
部屋に戻って、ハンガーに下げた制服に手をかけたら・・・ポケットに何か?
笹本先輩の名刺。
携帯の番号と携帯とパソコンのメールアドレス。パソコンで印刷したもの?
『何か心配事なら、相談に乗るよ。』
先輩の声を思い出す。
まさか、心配事の原因に相談するわけにはいきません・・・。
あれ?
たいへん!
お兄ちゃん!
吉野先輩が安心できる人って、岡田先輩以外にもう一人いるよ!
お兄ちゃんは知らないみたいだけど・・・。
お風呂からあがったら、携帯にメールが来ていた。
真悟くんだ。
『ゴールデンウィークにどこか行かない? バイトの日程を調整するから連絡ください。吉田真悟』
名前を見て、思わず笑ってしまった。
いったい、吉野先輩の前でどんな顔をしているんだろう?
やっぱり全然照れ屋じゃないし。
それにしても・・・これ、どうしよう?
ああ。
奈々から連絡してもらえばいいか!
『どうしたの? 宿題のことなら、あたしに訊いても・・・。』
電話に出た奈々はちょっと警戒気味。
あたしが普段、授業についていけないと愚痴ってるから。
「やだなあ、違うよ。今まで、勉強のことで奈々に電話したりしなかったでしょ?」
『そうだね。じゃあ、なあに?』
「あのさあ、ゴールデンウィークのことなんだけど、真悟くんから・・・」
『あ! そうだよね! 1回くらい出かけなくちゃ! あーちゃんの予定はどう?』
あれ?
奈々には連絡行ってなかった?
「あたしは今のところ、何もないよ。空手教室はゴールデンウィークは自由参加だから。」
『OK、わかった。あたしから連絡しとくね。』
「ねえ。もしよかったら、奈々と真悟くん、2人だけで出かけてもいいよ。」
だって・・・、なんとなく・・・。
『どうして? あーちゃんから言い出したのに?』
う・・・。
あたしからじゃないんだよね・・・。
でも、そんなこと言えないな。
「あ・・・あの、だって、早瀬と一緒っていうのがちょっと。それに、お邪魔でしょ?」
『邪魔なんかじゃないよ。まだ1回話しただけだから、人数が多い方が気楽だもん。それに、早瀬くんだって、そんなに意地悪な人じゃないよ。』
「まあ、そうだけど・・・。」
『あ。それとも笹本先輩以外と出かけるのは嫌だとか?』
「は?! なんで急に笹本先輩?!」
『今日の帰り、見てたよ。笹本先輩から連絡先もらってたでしょう?』
「え? べつに・・・いいじゃん、同じ部活なんだから、緊急の連絡もあるし。」
『でも、笹本先輩、あたしにはくれなかったよ。あーちゃんより一緒に帰る時間が長いのに。』
そんなこと言われても・・・!
『それに、部の緊急連絡網はもらったのに、わざわざ手渡しで連絡先くれるなんて。』
「奈々! それは。」
あたしが元気がないからって、先輩が心配して・・・。
だめ。
深呼吸、ひとつ。
「奈々。もしかしてヤキモチ? 本当はまだ笹本先輩が好きなんじゃないの?」
攻守逆転・・・のつもり。
『そりゃあ、笹本先輩はかっこいいって今でも思うけど、真悟くんの方が本気。先輩は憧れの人。』
全然効いてないや。
「じゃあ、とにかく真悟くんのこと、頑張ってよ。あたしはダシでも何でも協力するからさ。」
『うん! ありがと♪ じゃあ、早速電話しようっと! 決まったら連絡するね!』
・・・疲れた。
笹本先輩の連絡先をもらったことで、あんなに言われるなんて。
奈々、やっぱり妬いてるんじゃないの?
笹本先輩はいつも吉野先輩を見て・・・そういえば。
去年から、吉野先輩が部活に出たときには、笹本先輩と一緒に帰ってたんだよね?
でも、帰りにどこかに寄ったりはしてなかったんだ。
だって、さっきアイスを食べに寄ったとき、吉野先輩はあたしの質問に不思議そうな顔で、
『笹本くんとは、もっと前でバイバイだけど?』
って言った。
じゃあ、笹本先輩と吉野先輩って、本当に部活仲間っていうだけの間柄なの?
でも、あの信頼感は?
あれ?
だけど、あたしはおととい誘われたよね?
あれ?
連絡先も、奈々はもらわなかった?
いや!
それは、奈々が悩んでなかったからだよ!
うん、そうだよ。
吉野先輩は家が遠いから、帰りに誘われたりしなかった。
お兄ちゃんだってそうしてるし。
しかも、誘われたって言ったって、単にコンビニでアイス食べるだけの話。
部活帰りに、友達同士で普通にやるよね?
連絡先をくれたのは、たまたま、あたしがぼんやりしてるのに気付いたから。
奈々にあんなこと言われたからって、余計なこと考えないようにしなくちゃ!
あくまでも、あたしの役目は、笹本先輩を吉野先輩から引き離すことなんだから!