吉野先輩は人気者?(6)
奈々と笹本先輩を見送った交差点で、吉野先輩が楽しそうにあたしを見た。
「ねえ、茜ちゃん。そこのコンビニで何か食べて帰らない?」
「いいんですか? 先輩、おうちが遠いのに。」
「大丈夫。今日は早く終わったから。」
吉野先輩の楽しそうな様子にあたしもウキウキしてきた。
さっきまでの心配事も消えてしまう。
そう。
吉野先輩には後ろめたいことなんて何もないんだ。
そして、笹本先輩にも。
コンビニの入り口前に自転車を停めて中へ。
「今は肉まんの季節じゃないよね・・・。アイスかな?」
楽しそうにあたしに話しかけながら、アイスの冷凍庫へ進む先輩。本当に楽しそう。
「先輩、よく帰りに寄るんですか?」
「ううん。実は、高校に入ってからまだ3回目。」
3回目?
今まで2度しか、こういうことをしたことがなかったの?
ずいぶん真面目な高校生活・・・。
『よかったらアイスでも食べて行く?』
おとといの笹本先輩の声がよみがえる。
まさか、吉野先輩が一緒に来たのって、
「もしかして笹本先輩と一緒とか・・・?」
「笹本くん? 笹本くんとは、もっと前でバイバイだけど?」
吉野先輩、不思議そうな顔。
なんか・・・ほっとした。
「そっ、そうですよね! ってことは誰と・・・?」
「え? あれ? 訊くの? あの、えっと・・・。」
しまった!
この反応は。
「・・・・・藤野くん、です。」
聞こえないくらいの声。
「すみません! 余計なこと訊いちゃって!」
思いっきり頭を下げる。
それに、疑っちゃって・・・。
いいんだよ、と慌てる先輩。
本当にごめんなさい!
でも・・・お兄ちゃんとは肉まんだったんですね。
2人ともソフトクリーム型のアイスを選んで外に出る。
お店の横のベンチには先客がいて、あたしたちは自分たちの自転車の荷台に腰かけた。
道路から丸見え!
でも、そんなことも笑って済ませるのが高校生ってことで。
「部活の前に響希が来てね。」
今日の部活の様子を笑ったあと、吉野先輩が話し始める。
「大慌てで教室まで走り込んで来て、いきなり『ごめん!』って言うからびっくりしちゃった。理由を訊いたら、自分のせいで天文部に興味半分の生徒が集まってるって言って、落ち込んじゃっててね。なぐさめるのが大変だったよ。」
早瀬にもそんなところがあるのか・・・。
「響希をなぐさめながら、まーちゃんにも昨日までの様子を訊いて、どうしたらいいか相談したの。結局、一気にあいさつしちゃうことしか思い付かなかったんだけどね。」
あいさつのときのことを思い出したのか、吉野先輩がくすくすと笑う。
「笹本くんに相談してみたら、じゃあ、みんなが揃ったころに来ればいいよって言ってくれたから、そうしたの。」
みんな笹本先輩に相談するんだな・・・。
「響希が帰ったあと、まーちゃんが『響希があんなに落ち込んだところ見たの、久しぶりだ。』って言って大笑いしちゃって。いつも生意気なことばっかり言ってるからね。」
吉野先輩はやさしい顔をしてる。
早瀬のことを考えているのかな。
弟みたいってことは、かわいがって、心配するってことなんだ。
・・・お兄ちゃんがあたしをそう思ってるかどうかは疑問だけど。
そうだ!
「あの、三浦さんたちのことは、あたしのせいなんです。すみません。」
「え?」
「早瀬、くんが先輩のことを話したのは男子だけで、三浦さんたちは、あたしが先輩のことを自慢したせいで集まって来ちゃって。」
あたしの話に吉野先輩がくくっと笑った。
「自慢って、何を材料にしたのかわからないけど、どうもありがとう。大丈夫だよ。新しい雰囲気にもだんだん慣れると思うし、みんなも落ち着いてくるだろうから。それにね、」
先輩はくすくす笑い続けながら言う。
「女子が増えたら、合宿のきもだめしが安心してできるようになるもんね。」
合宿のきもだめし・・・?
ああ!
長谷川先輩が教えてくれた、あれか!
去年、うちのお兄ちゃんに叱られたっていう。
「1年の男の子たちには、絶対に言っちゃダメだからね。」
吉野先輩が念を押す。
なるほどね。
合宿が楽しみ!!
「あれ? ぴいちゃん?」
コンビニの前に自転車を停めた学生服姿の2人。
お兄ちゃんじゃない。
テニスラケットが自転車のかごに入っている。
「あ、東くん。」
「あれ? 俺のことは忘れちゃった?」
吉野先輩が一人の名前しか呼ばなかったのをからかうように、もう一人が言う。
2人ともよく日焼けしてて、さわやかな感じの人。
「・・・と、内田くん、です。」
吉野先輩、笑顔だけど、ちょっと緊張してる?
なんとなく困った様子。
大丈夫かな?
「茜ちゃん、同じクラスの東くんと、どこかのクラスの内田くん。2人とも藤野くんのお友達だよ。」
へえ。
お兄ちゃんの知り合いか。
でも、「どこかのクラス」って・・・吉野先輩、適当過ぎない?
「茜ちゃん? 3年じゃないよね?」
内田先輩が吉野先輩に問いかける。
「うん。1年生の藤野茜ちゃん。藤野くんの妹さんなの。」
先輩、ちょっと得意気?
あたしが吉野先輩に自慢されるって、なんとなく変な感じがするけど。
「藤野の妹?! こんなにかわいいのに?!」
かわいいだって!
男の人に言われたら、お世辞でも嬉しいな!
「ぴいちゃんがこんなところにいるの、珍しいよね?」
と、東先輩。
さっきから「ぴいちゃん」って呼んでる。
「今日は部活が早く終わったし、茜ちゃんが一緒にいるから。」
「じゃあ、ぴいちゃん、今度、うちの部が早く終わったら一緒にアイス食べようよ。」
あれ?
内田先輩も「ぴいちゃん」なの?
吉野先輩がくすくす笑いながら答える。
「あたしはバイトであんまり部活は出られないの。今日は特別。それに、運動部が早く終わることなんてないでしょう?」
やんわりとお断りか。
「じゃあ、せっかく特別な日に会ったんだから、たくさん話そうっと!」
「そうだよな。教室じゃ、藤野が見張ってるから。」
「え? あの。」
吉野先輩の困惑をよそに、2人の先輩は次々と話題を持ち出す。
2人とも明るくて楽しい人で、あたしにも気軽に話しかけてくれる。
吉野先輩は笑顔で聞いてはいるけど、タイミング良く笑ったり、「うん。」とか「そうなの?」とか言うだけで、自分からは話さない。
礼儀正しく話を合わせてるだけ。
少し緊張してるみたいだし。
大丈夫かな・・・?
「あれ? ぴいちゃん?」
また?!
男の人だよね?
これで3人目だよ?!
「あ! 岡田くん!」
あ。
吉野先輩、ほっとした顔してる?
・・・野球部の先輩だ。
「吉野? あれ? 茜もか?」
お兄ちゃんも?
よかった!
「残念。本命登場か。」
「東くん、内田くん、ありがとう。またね。行こう、茜ちゃん。」
「は、はい。失礼します。」
2人の先輩に頭を下げて、急いで吉野先輩と一緒に自転車を出す。
「じゃあねー♪」
先輩たちはあたしたちの態度に動じることなく、機嫌良く手を振っている。
めげない人たち・・・。
「よかった、2人が通りかかってくれて。帰るって言うタイミングが見つからなくて。」
お兄ちゃんたちに近付くと、吉野先輩が小声で言った。
「あの2人相手なら、気を遣わないでビシッと言っても平気だぞ。」
「岡田くんなら言えるかもしれないけど・・・。」
「ぴいちゃんの苦手なタイプだな、あいつらは。」
やっぱり「ぴいちゃん」だ。
「誰?」
自転車で走りだしたあと、大きな先輩・・・岡田先輩? があたしに向かって訊く。
「ええと、藤野茜です。あの、」
「うちの妹。」
お兄ちゃんが横から付け加える。
「藤野の妹?! うちの生徒?! そんなの初めて聞いたぞ!」
驚いた声も大きいな。
「そうだっけ?」
「ぴいちゃんも知り合いか?」
「部活が一緒なの。」
吉野先輩、さっきよりずっとリラックスしてる。
岡田先輩は、吉野先輩にとって安心できる相手なんだ。
「藤野。今日は俺がぴいちゃんを送って行く! 久しぶりなんだから、いいだろ?」
え?
送って行くって?
久しぶりって?
「だめ。行くのはいいけど、俺も一緒。」
「お前、妹を連れて帰れよ。」
「茜は大丈夫。」
「いや、危ないかもしれないぞ。」
「じゃあ、岡田が送って行けば。」
「藤野と帰る場所が一緒なのに、なんで俺が送るんだよ?」
2人のやりとりがなんとなく笑える。
吉野先輩も笑ってるし。
一応、お兄ちゃんのために、ひとこと言わなくちゃ。
「あの、大丈夫です。空手がありますから。」
「空手?」
「はい。小学生からずっと。」
「空手かあ・・・。これ以上言っても無理か。まあ、いいや。ぴいちゃん、久しぶりに一緒に帰ろうね〜。」
明るい先輩だなあ・・・。
吉野先輩は楽しそう。
お兄ちゃんの前でこういうことを言われても大丈夫な人ってこと?
お兄ちゃんも気にしてないみたいだし。
「岡田くんて、おもしろい人でしょう? ずっとああなんだよ。すごく美人の彼女がいるのに。」
「彼女がいるんですか?」
「うん。あたしと仲良しなの。岡田くんはその前からのお友達なんだけど。」
へえ。
いろんな関係があるんだなあ。
吉野先輩の男のお友達か・・・。
分かれ道のところで3人を振り返ったら、冗談を言い合って、すごく楽しそうだった。
お兄ちゃんと吉野先輩に混ざっても大丈夫な人。
岡田先輩って、ほかの人とは違う存在なんだ。
でも。
岡田先輩、吉野先輩のこと好きみたいだけど・・・。
彼女がいるのにあんなにおおらかに言うなんて、なんか笑っちゃう。
好きっていうか、ファンみたいなもの?
そういえば、内田先輩も東先輩も、そんな感じだったな。
彼氏であるお兄ちゃんが来ても、平気な顔してたし。
吉野先輩って、もしかして3年生のあいだでも人気があるのかな?