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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第四章 茜
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吉野先輩は人気者?(5)


火曜日にも新しく1年生の男子がやって来て、天文部の1年生は女子7人、男子11人という大人数になった。

2年と3年の先輩を、幽霊部員まで合わせたのと同じくらい。

その1年生の半分以上は吉野先輩目当てで来た生徒だ。


金曜日からずっと吉野先輩はいなかったから、期待してきた生徒もそのうち飽きて来なくなるかと思ったけど、みんなそれぞれに入部する理由を見つけていた。

今日はとうとう吉野先輩が部活に出るということで、昨日の帰りにミュウたちが盛り上がっていた。


あたしは先輩のことが心配でしかたない。

ミュウたちのテンションの高さも、相沢やほかの男子の視線も、人見知りな吉野先輩には辛いかもしれない。

昨日からずっとそのことばかり考えている。

ミュウたち女子に関しては、先輩のことを考えなしに自慢したあたしに責任がある。

でも、男子に関しては・・・。


休み時間のたびに、何も知らずにクラスの男子と楽しげに話している早瀬に、だんだんと腹が立ってきた。

あたしはこんなに心配しているのに!


どうしても黙っていられなくて、5時間目の予鈴で席に戻って来た早瀬の背中をつついて呼ぶ。


「あんた、自分が何したかわかってる?」


「え?」


小声ではあるものの、あたしの剣幕に驚く早瀬。


「吉野先輩のこと、みんなに自慢したでしょう? それでおかしなことになってるんだからね!」


「おかしなことって・・・?」


急に心配そうな顔になる。


「天文部に吉野先輩目当ての男子が何人も来ちゃってるんだよ!」


「え? そんな・・・。」


うろたえてる。

やっぱり考えてなかったんだね。


「吉野先輩、今日、久しぶりに部活に来るんだけど、来たらびっくりすると思うよ!」


あたしの責める口調にしょんぼりする早瀬。

ちょっと言い過ぎた?


ちょうど先生が来て、早瀬が前に向き直る。

なんとなく背中が元気がないかも。


早瀬は本当に吉野先輩のことが大事なんだな・・・。

そういえば、この前、お兄ちゃんも吉野先輩を困らせちゃったときに後悔した顔をしてたっけ。


なんとなく、ちょっと・・・さびしい?

あたしのことをこんなふうに大切に思ってくれる人はいるんだろうか・・・。




天文部は大盛況という有様だった。


1年生はみんな早々にやって来ていた。

あたしも先輩のことが心配で、急いで来た。

でも、みんなの方がさらに早かった。

みんな少しテンションが上がってて、そのせいか早口で甲高い声で話してる。

理科室の廊下にも、中の熱気がもれてきているような感じ。


ああ。

吉野先輩は大丈夫だろうか。


それに。


この子たち、吉野先輩の地味な雰囲気を見て、先輩を傷つけるようなことを言わないだろうか?

ミュウたちが面白がって、先輩にうちのお兄ちゃんの話題を出したりしないだろうか?

こういうことがプレッシャーになって、先輩が天文部に出たくなくなったらどうしよう?


とにかく心配・・・。



2年や3年の先輩たちがやって来て、異様な雰囲気にちょっとたじろぐ。

笹本先輩が来て、部屋の様子を見てくすくすと笑った。

何か知ってるみたい・・・?


そして、ようやく廊下に長谷川先輩の元気な声がして、引き戸がガラリと開く。


「お待たせ〜。吉野陽菜子ちゃんの登場だよ〜。」


「もう! まーちゃん、やめてよ!」


長谷川先輩が大きな声で吉野先輩を紹介しながら入って来て、そのうしろから恥ずかしそうな顔をした吉野先輩。


吉野先輩は部屋に入ったところで足を止め、居並ぶ初対面の1年生をちらりと見ると、意を決したようにまっすぐに向き直る。


「吉野陽菜子です! 初めまして! よろしくお願いします!」


それからペコリと頭を下げた。

どっちが新入生かわからないよね、これじゃ。


頭を上げても彼らの方をまともに見ることができないまま、赤い顔をして長谷川先輩のあとを追おうとする吉野先輩にミュウたちの興奮した声がかかる。


「よろしくお願いしま〜す♪ かわいい〜!!!」


そのあとから男子の声が。


「よろしくお願いします。」

「相沢です。」

「中野です。」

「あの、俺・・」

「津田といいます。」

「ええと。」


掛けられる声にちらちらと視線とひきつった微笑みを向けながら、緊張した会釈を返す吉野先輩。

長谷川先輩のうしろに半分隠れてしまっている。

その態度に、1年生のテンションがますます上がる。


「はいはい。あいさつが済んだらいつもの通りで頼むよ。」


「はーい。」


笹本先輩がよく通る声で言い、みんながそれぞれに動き出した。


吉野先輩は長谷川先輩の肩に手をかけて、寄りかかっている。きっと緊張して疲れてしまったんだ。

その2人のところに笹本先輩が近寄って、笑いながら話しかける。

吉野先輩もほっとした表情でそれに答えて。


やっぱり仲良しだな・・・。


「あーちゃん?」


奈々に声をかけられてハッとする。

あたしたちも、いつもの観測しなくちゃね。




活動中はみんな一応、まじめにやっていた。

ミュウたちの声は相変わらずきゃあきゃあと響いてるけど。


吉野先輩目当ての男子たちは、今日は質問のときに吉野先輩のところに行っている。

吉野先輩は一人ずつなら大丈夫らしい。それぞれに丁寧に教えてあげている。


うちのクラスの相沢と中野(もう「くん」は付けないことにした。)が奈々とあたしのところに来て言った。


「吉野先輩って、ほんとうに癒し系だよな〜。」


「美人を期待してきたみたいだったけど、満足?」


「美人なのは長谷川先輩の方だけど、吉野先輩はちゃんと先輩っぽいのにかわいい! 俺、守ってあげたくなっちゃう。」


「守るのはうちの兄の役目です。」


これははっきりさせておかなくちゃ!


「え? 早瀬じゃなくて?」


「吉野先輩はうちの兄の彼女だよ。早瀬は弟みたいって、先輩は言ってるよ。」


「うわ〜。早瀬、かわいそう。」


「けっこう本気っぽかったけどなあ。」


相沢と中野の言葉に、早瀬のことがちょっと気の毒になった。

けど、しょうがないよね?


それにしても、本当にみんな吉野先輩のファンになっちゃったよ・・・。

この人たちからも、吉野先輩を守ってあげなくちゃいけないのかな?

なんか、ものすごく忙しくなりそうなんだけど・・・。




「あ! メール!」


早めに終了になった部活の帰り、昇降口に向かう廊下で、吉野先輩が携帯を取り出した。


メール?

今?


吉野先輩はにこにこしながらメールを打って、携帯を閉じた。

短いメール。


あ。もしかして。


「お兄ちゃんですか?」


小声で尋ねると、先輩は恥ずかしそうに笑ってうなずいた。


「『先に帰る』って送った。まだ運動部は終わらない時間だから。」


「あー! 吉野先輩が恥ずかしそうな顔してる〜! もう! か〜わいい!」


里佳と真琴が先輩の前にまわり込んで歓声をあげる。

まるで、今にも抱きついて頬ずりしそう。

それを聞いた1年男子も、振り向いて先輩を見る。

吉野先輩は真っ赤になって、おろおろしてる。


里佳や真琴たちのことはあたしに責任があるんだよね・・・。

早瀬にはあんなこと言ったけど、あたしは?


「ほら、ぴいちゃんが困ってるからやめなさい。」


後ろから、笹本先輩の落ち着いた声。


「はーい。」


あれ。

こんなに素直に言うことを聞くのか。

たしかに笹本先輩に言われたら、そうかもね。


吉野先輩がほっとした顔で笹本先輩を振り返り、笹本先輩がそれに笑顔で応える。


・・・・・。


なんだか、胸がざわつく。

―― どうして?


吉野先輩の彼氏はお兄ちゃんだよ?

吉野先輩、どうして笹本先輩にそんなに安心した顔を向けるの?

吉野先輩にとって、笹本先輩はどんな存在なの?


「あーちゃん? どうしたの?」


奈々の声に我に返った。

あたし、何を考えてたんだろう?


「何でもない。大丈夫。」


あたし、吉野先輩を疑っているんだろうか?

あんなに嬉しそうに、お兄ちゃんにメールしていた先輩を?




今日の帰りは大勢だ。

女子が増えたという情報を聞いたと言って顔を出していた牧村先輩と笹本先輩、それに吉野先輩とあたしたち1年女子が4人。


今日は奈々が、一番うしろで吉野先輩と話している。

あたしを見ると、手で笹本先輩のところに行けと合図した。

先頭を行く里佳と真琴に面白い話を披露している牧村先輩、その後ろに笹本先輩、そして、あたし。


話しかけるのは簡単だ。すぐ前にいるんだから。

でも、あたしはべつに笹本先輩を好きなわけじゃなくて、吉野先輩と笹本先輩が離れていればいいだけだよ。

奈々が笹本先輩を好きだったから、・・・だから、頑張ればいいと思っただけで。

奈々が真悟くんに乗り換えたからって、あたしが笹本先輩に近付く必要なんて・・・。


「茜ちゃん?」


赤信号で止まって下に向けていた顔を上げたら、笹本先輩が隣でやさしく微笑んでいた。

今日のメガネのフレームは透明。

そのせいかな、いつもより柔らかい感じに見えるのは?


牧村先輩と里佳と真琴は、交差点を先に渡って行ってしまったみたい。

後ろで奈々と吉野先輩が話す声が聞こえる。


「今日は元気がなかったけど、何かあった?」


「あれ? そんな風に見えますか?」


「うん。茜ちゃん、今日はぼんやりしてる回数が多かったよ。」


今、あたしを「茜ちゃん」と呼ぶのは笹本先輩と吉野先輩だけだ・・・。


―― 笹本先輩と吉野先輩 ――。


あたしは何を考えてるんだろう?


「茜ちゃん?」


先輩の声で我に返る。


本当だ。

またぼんやりしてる。


「何か心配事なら、相談に乗るよ。」


そう言って、学生服の胸ポケットから取り出して差し出したのは・・・名刺?


「天文関係のイベントとかで交換したりするんで作ったんだ。あ、青だよ。」


そう言って走りだした先輩のあとに続く。

受け取った名刺を急いでポケットに入れて。


笹本先輩は誰にでもやさしい。

吉野先輩だけが特別なんじゃないんだ。









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