吉野先輩は人気者?(2)
4月14日、土曜日。
奈々と一緒に買い物に出かけた。
高校生になってから賑やかなところに出かけるのは初めてで、洋服屋さんも、中学生じゃなく “高校生らしい” 気分で見て回るのが楽しい!
家のある駅まで戻って、帰る前にもうひとしゃべりしようとハンバーガーショップに入る。
飲みものとデザートを買って2階の座席へと階段を上ると・・・。
「あれ?」
思わず、いやな思いが声に出てしまった。
早瀬が見たことのない男の子と話していた。
短く刈り込んだ髪(お兄ちゃんよりは長いけど)にぱっちりした目元の、ちょっとかわいい感じの男の子。
あたしの声に、2人がこっちを見る。
あーあ。
休みの日にまで、あいつに睨まれるなんて。
すぐに向きを変えて、離れた席へ。
あたしは早瀬に背を向けて座る。
「ねえ、早瀬くんだよね?」
と奈々。
「そうだった。」
間違いなく。
睨まれたもん。
「あの一緒にいる人、見たことある?」
「知らない。」
「うちの学校じゃないのかな?」
「さあ。・・・なんでそんなに気にするの?」
「だって、あーちゃん。かっこいいよ、あの人。」
そう言いながら、奈々はチラチラと向こうの2人を見ている。
「そうだった?」
「もう! あーちゃん、ちょっと見てみてよ!」
「いいよ、あたしは。」
「ああん、名前知りたい!」
「え?! 本気?!」
「あーちゃん、ついて来て。」
うそ?!
なんでこんなに積極的に?!
「奈々、ちょっと落ち着いてよ。どうしたの?」
「知り合いになりたいの!」
「どうして?」
「だって・・・かっこいいんだもん。」
「見るだけじゃダメなの?」
「だめ。知り合いたい。」
信じられない・・・。
「ええと、奈々、笹本先輩は・・・?」
笹本先輩に会うために、あの学校に入って、天文部に入部したんじゃなかったの?
「ああ、笹本先輩? あーちゃんに譲るよ。」
「は?」
「笹本先輩、たぶん吉野先輩の次にあーちゃんのこと好きだよ。だから、あーちゃんが頑張ったらいいよ。」
なんだ、その理屈は?
あたしの気持ちに関係なく、ただ頑張れと?
しかも、 “吉野先輩の次” って、どこにそんな根拠があるんだ?
「ねえ、あーちゃん、ついて来てよ。一人じゃ行けない。」
うそばっかり!
さっきの勢いだったら、一人でも十分行けると思うけど?
「お願い。」
そう言って手を合わせる奈々。
どうしたらいいんだろう?
「こんなことしてる間に帰っちゃったら、あーちゃんのこと一生恨むよ!」
恨むって・・・。
そんなこと言われたら断れないじゃん。
大きなため息が出た。
「わかったよ。でも、あたしはついて行くだけだからね。」
仕方なく立ち上がって、いそいそと早瀬たちの席に向かう奈々の後ろに続く。
「早瀬くん、ちょっといい?」
奈々が早瀬に声をかけ、不審そうな顔をして振り向いた早瀬を部屋のすみに連れて行く。
とりあえず、あたしも移動。
奈々が、連れの男の子を紹介してほしいと頼むと、早瀬がおどろいた顔をした。
そりゃあ、びっくりするよね。
「一目惚れなの! お願い!」
奈々が頑張る。
困惑顔で早瀬がこっちを見たので、あたしは肩をすくめてみせる。
この奈々の勢いは、あたしには止められない。
「ええと、あいつ、1対1じゃ無理だと思う・・・。」
早瀬が困ったように言う。
「そんな。どうして?」
「て、照れ屋なんだ、・・・ものすごく。」
へえ。
男の子で、めずらしいね。
しかも早瀬の友達で。
奈々に “あきらめたら?” って言おうとしたら、奈々がとんでもないことを言い出した。
「じゃあ、あーちゃんと早瀬くんも含めてのお友達ってことなら?」
ええっ?!
「奈々! あたしは関係ないよ!」
「いいじゃん、ただのお友達なんだから。」
奈々はあの人と知り合いになることしか頭にないらしい。
早瀬は、と見ると、やっぱり気の進まない顔をしている。
「ねえ、お願い!」
恋の力ってすごい・・・。
とうとう早瀬が折れて、
「あいつに訊いてくるから、席で待ってて。」
と。
少しすると、早瀬があの男の子を連れて来た。
奈々が勢いよく立ち上がって自己紹介をする。
本当に嬉しそう・・・。
あたしは気が向かないのを態度に表したまま、とりあえず名乗る。
結局、あたしも巻き込まれてしまった。
ああ・・・。
なんか、面倒なことになりそう。
早瀬の友達は「吉田真悟です。」と名乗った。
その様子を見て、何かひっかかる。
早瀬と吉田くんがあたしたちの隣のテーブルに移ってきて、4人で話をした。
張り切った奈々が話題をつないで、けっこう楽しく会話がつづく。
その間じゅう、あたしの中で、何かが変だという感じが消えなかった。
しばらく話して早瀬と吉田くんが帰ったあと、携帯を見ていた奈々が「あれ?」と変な顔をした。
「どうしたの?」
「ねえ、さっきの人、吉田くんだよね?」
「うん。そう言ってたよ。」
話をするときも、何度もそう呼んだけど?
「あのね、帰る前にアドレス交換したんだけど、『吉野真悟』ってなってるの。」
アドレス交換してたなんて、気付かなかったなあ。
さすが素早い。
チャンスは逃さないってわけか。
「奈々が入力間違えたんじゃないの?」
「違うよ。赤外線でもらったんだもん。あ、あーちゃんのもあげておいたからね。」
勝手に?
もう!
まあ、変な人ではなさそうだったけど。
でも、名前が違うって・・・?
「何て入ってるんだっけ?」
「『吉野真悟』。」
吉野?
吉田。
・・・吉野って、まさか?!
「奈々。早瀬って、吉野先輩の弟さんと仲がいいって聞かなかったっけ?」
「え? ・・・うそ! そういえば先輩が言ってた気がする。双子みたいに育ったって。」
「名前も言ってた気がするけど、覚えてないや。吉田くんに、どこに住んでるかとか、学校とか聞いた?」
あたしは適当に相槌うってただけだから・・・。
「訊いたけど、ちょっと遠いってことしか言わなかった・・・。」
たぶん、間違いなく吉野先輩の弟さんだ。
どうして偽名なんて?
・・・早瀬がいたからか。それと、あたし。
早瀬とお兄ちゃんが、吉野先輩をめぐって対立関係にあるから。
早瀬が吉野先輩の弟と一緒にいるところを、あたしたちに知られたくなかったんだ。
でも、わざわざ偽名を使ってまで奈々の頼みを受けたのはどうして?
「ねえ、吉野先輩の弟じゃ、照れ屋なのも仕方ないよね。」
奈々がのんきに言う。
今、問題なのはそこじゃないと思うけど。
・・・あ! それだ!
話してるあいだ、ずっと気になっていたこと。
「奈々。吉田くん・・・吉野くんか、全然照れ屋じゃなかったじゃん! 気付かなかった?」
そうだよ。
ブスっとしてた早瀬と違って、あの人はずっと楽しそうに話してた。
楽しそうっていうより、テンション高かったよ!
何か企んでるのかもしれない。
「ねえ、奈々。吉田くん・・・吉野くん・・・めんどくさいな、下の名前で真悟くんってことにしよう、早瀬もそう呼んでたし。真悟くんが何かあたしたちのことを訊いて来ても、余計なことは言わないでね。」
「余計なことって?」
「ほら、あたしたちが早瀬の邪魔をしようとしてることとか。」
「ああ、大丈夫。だいたい、今、早瀬くんのことは特に何もやってないじゃん。」
そういえば、そうか。
「それにしても、吉野先輩の弟さんがあんなに素敵な人だったなんてね・・・。」
奈々がうっとりと言う。
一目惚れって本当にあるんだ。
今まで笹本先輩ひとすじだったのに、ほんの一瞬で心が移っちゃうんだもんね。
それに、偽名を使われたことも全然気にしてないなんて。
・・・すごいや。
夕飯のとき、お兄ちゃんに吉野先輩の弟さんの名前を知ってるかと訊いてみた。
「真悟くんと将太くんだよ。真悟くんはお前と同じ高1、将太くんは中1。」
やっぱり。
奈々にも知らせておこう。
夜、知らないアドレスからメールが来て、迷惑メールかと思ったら真悟くんだった。
『今日はありがとう。楽しかった。そのうちゆっくり遊びに行きたいね。吉田真悟』
どこが照れ屋なんだ!
早瀬もよく言ったものだ。
奈々との打ち合わせで、あたしたちは気付いてないことにしてある。
呼ぶときに考えるのが面倒だから、「真悟くん」で統一することも決めた。
今ごろ奈々が嬉々として返信を書いてるだろうな。
あたしも一応、ひとこと返すべきかな・・・?
そういえば、ぱっちりした目が吉野先輩と似てるかも。
それにしても、「吉田真悟」って・・・笑える! ばれてるとも知らないで。
自分の情報は入力したらもう見ることはほとんどないけど、それで偽名がばれるって気付かないなんて、男の子って詰めが甘いね!