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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第一章 茜
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吉野先輩はお兄ちゃんの彼女だよ!(2)



4月6日、高校生活2日目。

2年生と3年生はおとといが初日で昨日は休みだったけど、今日から普通に登校。



初めての自転車登校。

新しい自転車で、奈々と一緒に颯爽と学校へ向かう。

気持ちいい!



・・・のは間違いないんだけど。


一つだけ憂うつなことが。

早瀬のこと。


昨日の夜、お兄ちゃんに早瀬のことを訊いたら、お兄ちゃんは渋い顔をして、


「あいつのことは放っておけ。そのうち俺が話をするから。」


って、それだけ。

理由も、どういう関係なのかも教えてくれない。


そりゃあ、睨まれるくらい、痛くも痒くもないけど・・・気分悪いよ。

お兄ちゃんが、早く話をつけてくれるといいけど。




学校が近付くと、信じられないような混雑だった!

正門に続く道に入る交差点がうちの生徒であふれかえっている。


入学説明会で、うちの生徒は95%以上が自転車通学だと聞いていた。

駅から遠いし、バスは遅れることが多いから。

中には30分以上かけてまで、自転車で来る人もいるらしい。(あたしは20分くらい。)

その人たちがほとんど一斉にやって来ると、こういう状態になるんだ・・・。


担任が教室に来るのが8時30分。

10分あれば十分に間に合うと思っていたけど・・・自転車置き場も校舎内の階段も渋滞していて、最後の廊下はダッシュ!

これからはもう少し早く来た方がいいかも。



今日は、午前中は健康診断とか、各教科のレクチャーとか、クラスの委員決めとか、そんなこと。

午後は生徒会主催で対面式と部活紹介がある。

校内をあちこち移動したり、LHRでやりとりをしたりするうちに、クラスメイトと話す機会もあって、みんな少し緊張が解けてきた感じ。

あたしも何人かと話して、仲良くできそうだと思ってほっとした。・・・早瀬以外は。


早瀬は今日も、あたしと目が合うと睨む。

一言も口をきかない。


でも、それはあたしだけに対してのことで、ほかの人とは普通に話してる。

べつに早瀬と話したいわけじゃないけど、やっぱり気分が悪い。

午後、対面式のために体育館に向かいながら、また出席番号順に座っていなくちゃいけないのかと、ため息が出た。




対面式のあとの部活紹介。

パイプ椅子に並んで座っている1年生を残して、2、3年生は解散。

壁際に、各部活の先輩たちが集まって話をしている。

先輩たちもふざけたりして、声をひそめているようではないのに、あたしたち1年生の甲高いざわめきとはどこか違うのが不思議。


「あーちゃん。ほら! 笹本先輩がいる!」


ななめ前に座っていた奈々が振り向いて、嬉しそうに話しかけてくる。

彼女の視線を追うと、たしかに笹本先輩だ。

笑顔でまわりの先輩たちと話してる。


「ホントだ。少しほっそりした?」


「やっぱりそう思う? ますますかっこよくなったよねぇ。」


奈々のうっとりした声に、思わず笑ってしまう。


よかったね・・・あれ? お兄ちゃんだ。

笹本先輩と話している中に混じってる。

学校で友達と一緒にいるお兄ちゃんを見るのは中学校以来だ。

家で見るのとは違うお兄ちゃんが、そこにいる。

なんか、変な感じ。



部活と同好会は、全部で24もある。

1グループごとに舞台にあがって、先輩たちが紹介のスピーチをする。

中には一曲披露する人たちや、コントや漫才調の掛け合いで楽しませてくれるところもあった。

楽しいけど・・・野球部の番が近付くにつれて、あたしが緊張してきてしまう。

お兄ちゃんは舞台の上でちゃんとしゃべれるんだろうか?


けど。


それは、あたしの取り越し苦労だった。

もう一人の先輩(キャプテンだと言ってた。)と2人で舞台にあがったお兄ちゃんは、特におかしなこともなく、普通にしゃべって、普通に退場して行った。

ウケを狙ったりしなかったし、変に熱血な雰囲気もなく、淡々と練習の日程や今までの成績を紹介して去って行った。

・・・ほっとした。


ただ、お兄ちゃんが名乗ったとき、うちのクラスの生徒が一斉にあたしを見たのは恥ずかしかった!


「あ、うちの兄です・・・。」


あたしはガラにもなく小さい声になってしまって。

そう言いながら、隣に座っている早瀬が、舞台上のお兄ちゃんを睨みつけていることに気付いた。




「ねえ、藤野さんのお兄さんって、けっこういい感じの人だね。」


教室に戻る途中、席が隣の利根さんが、奈々とあたしに話しかける。


「え? そう? 別に普通だよ。」


お世辞なんて言わなくていいのに。

一緒に出てた先輩の方が、ずっとかっこよかったし。


「そんなことないよ。優しそうだし、照れた感じの顔がいいな。」


「ああ、昔に比べれば優しくなったけど・・・。」


「ねえ。彼女はいるの?」


え?!

そこまで訊くの?!


「う、うん。いるよ。」


「そうか。残念。」


なんとなく視線を感じて後ろを振り向いたら、早瀬がまたすごい目つきであたしを睨んでた・・・。

なんだよ、も〜!!




放課後、早速、奈々と2人で天文部の部室へ。

天文部は、あたしたちのいる校舎から直角に伸びる棟の2階にある第一理科室で活動しているらしい。

小規模な部だって言ってたし、大きな声を出す必要もないから、その部屋に近付いても廊下はひっそりしている。


なんとなく足音を忍ばせて理科室の前まで行くと、入り口の横に小さく『天文部』の札が貼ってあった。なんだか張り紙まで控え目だ。

戸のガラス窓からそうっとのぞいてみると、5、6人の男子生徒が、真ん中の机に集まって話をしている。笹本先輩はいない。

奈々と顔を見合わせてうなずいて、そろそろと戸を開ける。

その音で、先輩たちがこっちを見た。


「あのう・・・、見学したいんですけど。」


人気がない部のせいか、女子2人だからか、先輩たちは一斉にニコニコ顔になり、「どうぞどうぞ」とあたしたちを招き入れてくれる。

親切そうな先輩たちでよかった!

奈々とあたしのために椅子を用意してくれて、自分たちは2年生だと言って、自己紹介してくれた。


「窪田奈々です。西中学から来ました。」


奈々が先にあいさつする。


「あれ? 西中って、笹本先輩と同じ?」


「あ、はい。」


「ふうん。きみも西中?」


「はい。藤野茜です。」


「え? 藤野?」


え?

どうして名字に反応するの?

この先輩たちって、2年生だって言ってたよね?

2年生に “藤野” っていう、目立つ人がいるのかな・・・?


「・・・野球部の藤野先輩って、関係ある?」


え〜?!

お兄ちゃん、そんなに有名なの?!

そりゃ、野球部の部長だけど・・・?


「はい・・・、妹です。」


意味ありげに視線を交わす先輩たち。

その中の一人、川村と名乗ったほっぺの赤い、ちょっとかわいらしい先輩が、訳ありな雰囲気であたしに尋ねた。


「えーと、吉野先輩のことは知ってる?」


「吉野先輩? いいえ。」


誰なんだろう?

こんなに用心深い感じだなんて、お兄ちゃんと仲が悪い人?

ここにも早瀬みたいな人がいるんだろうか?

お兄ちゃんって、どんだけ敵がいるんだ?


気まずそうに顔を見合わせる先輩たちを見ていたら、あたしも不安になってきた。

奈々も心配そうにあたしを見てる。

どうしよう?

天文部に入るのはやめた方がいいのかな。


「こんにちは。あれ? 女の子がいる?」


落ち着いた、明るい女の人の声。

声のした方を見ると、小柄な女子の先輩。

あたしたちの机に近付きながら、にっこりと笑う。

先輩たちの様子に不安になっていた奈々とあたしは、その先輩のやさしげな雰囲気にほっとした。


「1年生? 見学に来たのかな?」


あたしたちにちょっと話しかけたあと、2年生の先輩たちに、


「笹本くんとまーちゃんは、もう少しで来るって。ほかの3年生はまだ来てないんだね。」


と言った。

笹本先輩を「くん」付けで呼ぶってことは、3年生の先輩だ。

ショートカットかと思った髪は、うしろで長い三つ編みになっていた。

その髪型も、制服の着方も、 “まじめ” を絵にかいたような人なんだけど、落ち着いた話し方と笑顔が素直な人柄を表しているようで安心感がある。


その先輩がうしろから椅子を持って来て、奈々とあたしの方を向いてにこにこと座る。

視線が合ったとき、瞳が大きくてぱっちりとした目が印象に残る。

先輩は、お行儀よく膝で手を重ねて背筋を伸ばすと、


「3年生の吉野陽菜子(ひなこ)です。バイトがあって週に1回くらいしか出られないけど、よろしくお願いします。」


と、丁寧に頭を下げてくれた。


あれ?

「吉野」って言った?

男子の先輩じゃないんだ。

このやさしそうな先輩がお兄ちゃんの敵・・・?


「窪田奈々です。笹本先輩と同じ西中学出身です。」


あ、いけない。

あたしも。


「藤野茜です。あたしも同じ西中学・・・」


「ふっ、藤野? 茜・・・ちゃん?」


吉野先輩の裏返った声に、下げかけた頭をおそるおそる上げて先輩を見たら、両手を口元に当てて目を丸くしている。


ああ・・・。

そんなにショックですか・・・?


と、見る間に先輩は真っ赤になってパッと立ち上がると、さっきより深々と、あたしに頭を下げた。

背中の三つ編みが、頭の方に下がってくるほどに。


「は、初めまして! いつも藤野くんには、たいへんお世話になっております!」


何これ?!

なんでこんなに?!

まるで偉い人の家族に会ったみたいな?

もしかしてお兄ちゃん、この先輩がおとなしいからって、殿様みたいに威張ってるんじゃ・・・?


「あ、あの・・・?」


あたしもとにかく立ち上がってみたけど、どうしたらいいのかわからないよ!


誰か、理由を説明して!







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