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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第三章 響希
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俺が陽菜子と結婚する!(1)



あの話は順調に広まっている。

昨日も体育のときに、2組の榎本に訊かれた。


「早瀬。お前、この学校に婚約者がいるって本当か?」


こう言われたとき、本当はちょっとあせった。

俺は “婚約者” とは言わなかったはずだから。

“婚約者” っていうと、もう両方の親も認めていて、結婚の時期も決まってるみたいな感じがする。


(もしかして、陽菜子が怒るかも・・・。)


という思いが一瞬、浮かんだ。


「婚約はまだしてないけど、結婚するつもり。」


「何言ってんだよ。結婚するつもりなら、婚約者と同じだろ?」


同じじゃないんだよ。

相手がそう思ってないんだから・・・。


でも、まあいいか。


「どんな人なんだよ?」


「え? 美人で、やさしくて、かわいいところがあって・・・でも、芯が強いって感じかな。」


陽菜子のことならいくらでも自慢できる。


「へえ・・・。名前、何て言ったっけ? 3年生だったよな?」


「陽菜子だよ。吉野陽菜子。」


こうやってウワサが広まれば、陽菜子の周りから男を追い払うことができるし、陽菜子をいじめようとする女には、俺がついているってことをアピールできる。

陽菜子だって、ウワサが広まってみんなから言われれば、俺のことを “弟” じゃなくて “男” として見てくれるようになるだろう。


毎朝、陽菜子に会いに行くのはそれを確認するためでもある。

もちろん、朝一番に会いたいっていうのも本当だけど。


今はどんなに俺が抱きしめても、俺の腕をたたきながら「苦しい。」って言うだけ。

そして、「いい加減にしなさい。」なんて、親みたいな口調で言う。

でもいつかは、俺の胸に顔をうずめて「響希、好き。」って言ってくれるかもしれない。

・・・さすがに校内でそれは無理かもしれないけど、ちょっと抱きしめ返してくれるとか、微笑んでくれるとか。


それを期待しながら、毎朝、陽菜子のところに行く。

陽菜子は俺が行くのを待ってるみたいに、たいてい一人で教室にいる。

陽菜子は、電車が遅れると困るから早めに来てるだけって言うけど、俺は、陽菜子が俺を拒否していない証拠だと思ってる。


あの “結婚相手” のウワサと毎朝の抱擁(って言葉、なんか恥ずかしいな)っていう事実があれば、俺の立場はあっという間に安泰だ。

すごくいい作戦じゃないか!


ただ、あいつ、藤野・・先輩(「先輩」なんて付けたくないけど、陽菜子にさんざん言われた。)にだけは、この作戦も効かないってことはわかってる。

陽菜子が俺のことを話してるはずだから。

それに、あいつはこういう興味本位のウワサを信じるようなタイプじゃない。

初めて会ったときに、あの真面目そうな顔を見てすぐわかった。

あいつとは、直接対決しなくちゃならない。


でも、今はまだだ。

もう少し様子を見て。




「N高ってどんな感じ?」


真悟がポテトをつまみながら訊く。

吉野真悟。

俺の親友で陽菜子の弟。


高校に入学して2回目の土曜日。駅前のハンバーガー屋の2階。

3月中に真悟の家族と一緒に花見に行って以来だから、会うのは3週間ぶりくらいかな。


4月に入ってから、真悟は引越し屋でアルバイトを始めている。

春休み中は毎日。学校が始まってからは、土曜か日曜のどちらか週一回。

でも、今週は空いたからって、久しぶりにこっちにやって来た。


「N高? そうだなあ、のんびりした感じがする。いかにも陽菜子が通ってそうな学校だな。そっちは?」


「うちの学校はのんびりっていうより、 “遊ぶぜ!” みたいな雰囲気があるかな。駅が近いからすぐに遊びに出かけられるってことで、やたらとカラオケとかボウリングとかって言ってる。」


「へえ。」


「でも、運動部はどこもけっこう真面目だな。俺もずいぶん走らされてるよ。」


真悟は水泳部だ。

小学校のころに俺と一緒に通い始めたスイミングスクールで、真悟は何度も選手に選ばれていた。

中学校には水泳部がなかったから、真悟は部活には入らないで、去年引っ越すまで、そのままスイミングスクールに所属していた。

中3になるときに引っ越してからは公営プールでときどき泳いでいただけだったけど、この春、高校に入学して水泳部に入ったのだ。


引越し屋みたいな力仕事のアルバイトはトレーニングにもなっていいと、真悟は言っている。

でも、春休み中は夜に電話すると、話しているあいだに眠ってたこともあったし、陽菜子も、真悟がバイトから帰ると玄関にしばらく座り込んでいるって言ってた。

それでも真悟は弱音を吐かない。

自分の弱味を絶対に、幼馴染みで親友の俺にも見せない。

だから、俺も気付かないふりをする。


「それよりもさ、響希。思ったよりたくさんいたんだよ。」


「何が?」


「陽菜子を目当てにパン屋に通ってるヤツら。」


そうだった。

真悟はそうやって陽菜子の周りをうろつく男を追い払うためにK高に入ったようなものだ。


「なんでだ? 陽菜子じゃあ、男に愛想をふりまいたりしそうにないのに。」


「逆に、それが人気の源らしい。 “奥ゆかしい” っていうのが、陽菜子の代名詞みたいになってた。」


なるほどね・・・。


「それが笑っちゃうんだよ! 1年の女子のあいだで、『あのパン屋でバイトをすると、かっこいい彼氏ができる』っていう話が流れててさ。」


真悟が笑いながら続ける。


「よく聞いたら、 “店の制服で、見た目の印象がアップ” っていうのと、 “あの店にはK高の男子生徒がたくさん来るから、その中から選び放題” ってことだったんだよ。」


そうか。

陽菜子みたいな地味な女子でも、あの服で店に出ただけで人気急上昇ってことか。


「だけどさ、今回、あの店に入ったバイトがあまりにも積極的過ぎて、評判が悪いったらないんだよ! 陽菜子から聞いた話だと10人から選ばれた2人ってことだから、見た目はそれなりにかわいいんだ。だけど、もともと奥ゆかしさを求めて通ってる男に色目使ったら、逆に引かれるに決まってるじゃないか! ははははは!」


真悟が言うのはたしかに笑える話だけど、実は陽菜子の良さを、ますます印象付けてるってことにならないか? 陽菜子みたいな女の子は、そうそういるもんじゃないって。

真悟は自分の姉が、その辺の女子より人気があることがわかって嬉しいかもしれないけど・・・。いや、俺だって自慢に思うけど。


陽菜子はあんな髪型だし、服装も、性格も控え目だから、普段は注目されない。

・・・ “注目されない” じゃなくて、 “わざと注目されないようにしている” んだ。

中学のときに、酷い目に遭ったから。


でも、本当は美人だ。

特に目と口元、それと・・・あとは秘密。

そして、なによりも笑顔。


「真悟。お前の作戦はどうなんだ?」


「え? ああ、それが案外難しくてさ・・・。」


「難しいって・・・?」


「俺が先輩たちに凄んでみせても、『結婚相手が決まってる。』って言っても、一年坊主の俺が言うことなんか『ふうん。それが?』みたいな感じなんだよ。」


そうか。

俺も入学して気付いたけど、高校って1年と3年では、何かが決定的に違う感じがするもんな。


「それに、『顔見るくらい、べつにいいだろ?』なんて言われると、それ以上は言っても無駄だって思っちゃうよ。」


真悟がため息をつく。


そうだよな・・・。

陽菜子が店に出ている限り、あの店に行けば誰でもお客ってことだ。

まさか、店の前で追い払うわけにもいかないし。

さすがに陽菜子の帰りを待ち伏せするような男は、今のところはいない。


「しょうがないな。でも、きっと何人かはあきらめた生徒もいるんじゃないのか?」


「そうだよな! そういえば、今日、直くんに会ったぜ、うちの駅で。」


「え? 直くんの家って、隣の駅だろ? 大学はもっと遠くだし。」


「今度、駅前の塾でバイトするって言ってた。」


「わざわざ、そこの駅前の塾で?」


「うん。もしかしたら・・・。」


「陽菜子のこと、あきらめてない?」


「うん・・・。ほら、この前の花見のとき。」


「ああ。俺もちょっと心配になったけど。」


俺たちの卒業式のあと、真悟の家族と直くんの家族で花見に行った。俺も家族の一員として一緒に。

真悟の親は(今はお母さんしかいないけど。)社交的な人で、うちも家族ぐるみのつきあいだ。

直くん一家は7年前に引っ越してしまってつきあいが止まっていたけど、冬に直くんがあのパン屋に来たのがきっかけで、また復活した。

直くんは陽菜子のことが好きだったけど、陽菜子は藤野・・先輩を選んで、直くんを断ったんだ。

(どうやってかわからないけど、真悟はこういう情報をちゃんと知ってる。)


その花見のとき、陽菜子は最初、直くんとどう接していいかわからなくて困った顔をしていた。

直くんのお母さんと懐かしそうに話していたけど、直くんの方は見ないようにしているのがわかった。

でも、そのうち直くんが陽菜子にちょっとずつ話しかけ始めて、帰るころには、陽菜子は直くんと普通に話して笑えるようになっていた。


何か、陽菜子が納得して安心できるようなことがあったに違いない。


真悟がさりげなく(?)聞き出したところでは、「響希と同じだよ」という答えだったそうだ。

要するに、 “幼馴染み” 。

陽菜子が直くんに告白される前に信じていたとおりのこと。


でも、直くんは?

そんなに簡単にあきらめられるのか?

バイト先に、あの駅にある塾を選んだのは偶然なのか?


「俺、K高の方はもう放っておくことにするよ。店に行くだけなら特に害はなさそうだし。その分、直くんに気をつけることにする。」


「・・・その方がいいかもな。」


「わかったことは響希に知らせるから、やってほしいことがあったら何でも言えよ。」


「悪いな、真悟。」


「何言ってんだよ! 俺たち『陽菜子ガーディアン』だろ! 遠慮するな!」


ありがたいけど・・・。


「真悟。その名前、そろそろやめないか? 中1のときにつけた名前だぞ。」


「なんで? かっこいいじゃないか。」


「俺たち、もう高校生だぜ。」


「べつに誰かに名乗ってるわけじゃないんだから、かまわないだろ? もともと響希が考えたんだぞ。」


真悟、すごく気に入ってるんだな・・・。









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