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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第二章 藤野 青
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ぴいちゃんの彼氏は俺なんだけど・・・。(6)



4月15日、日曜日。

野球部の練習試合のため、K高に来た。


昨日の土曜日から3年生の特別講習がはじまって、今年から土曜日もぴいちゃんに会えるようになった。

希望者だけの講習で、受験科目が多い生徒や、塾に通っていない生徒が多く来ている。

勉強は好きじゃないけど、ぴいちゃんに会える日が増えたから、全然苦にならない。


それに、今日はこの練習試合の帰りに、またぴいちゃんに会える。

会うっていっても、彼女はバイト中だから、そんなに話はできないけど。




朝9時から練習試合がはじまり、そのあとの合同練習も12時半に終わり。

校庭のすみに置いておいた荷物のところに戻って、みんなと話しながら帰り支度を始める。


「藤野くん!」


男の子の声?

顔をあげると、学校のフェンスの向こうにイガグリ頭の男の子。


「将太くん?」


ぴいちゃんの下の弟だ。

今年、中学1年生。

野球が好きな子で、先月、ぴいちゃんの家に呼ばれたときにキャッチボールをして仲良くなった。

野球という共通点のおかげで、将太くんは俺になついてくれている。


「もしかして、見に来たのか?」


フェンスに近付いて尋ねると、将太くんがニコニコしながら答える。


「うん。姉ちゃんが、N高が練習試合で来るって言ってたから。藤野くん、本当に足が速いんだね。盗塁3つも決めるなんてさ。」


「ずいぶん長い間、見てたんだな。」


「うん。野球はいっくら見てても平気だから。」


その気持ち、わかるなあ。


「藤野。知り合い? 中学生か?」


映司がうしろから声をかけてくる。

説明しようと振り向くと、俺より先に、野球部で鍛えたらしい将太くんの大きな声が響いた。


「初めまして! 吉野将太です! 姉がいつもお世話になってます!」


いきなりそこまで言うのか?!

いや、しっかりしてるって言えばそうなんだけど!!


あせって将太くんを見ると、すごく嬉しそう。

きっと、高校生の野球部と知り合えて嬉しいんだ・・・。


「吉野って・・・え? 吉野の弟?」


映司が目をパチパチさせてつぶやく。

一瞬後、


「ええええええぇ?!」


という声が、周りにいた部員から一斉にあがった。


「ぴいちゃんの弟って・・・」

「『藤野くん』って呼んだよな?」

「家族公認?!」

「いつのまに・・・」


みんなが思い付いたことを次々に俺に尋ねてくる。

周囲のあまりの騒ぎに、将太くんは不思議そうな顔。


「昼飯はまだなのか?」


うるさい部員を無視して将太くんに訊く。


「うん。藤野くん、姉ちゃんのパン屋に行くよね? 俺も一緒に行ってもいい?」


「いいよ。これから仕度するから、もうすこし時間がかかるけど。」


「わかった。俺、門の方で待ってるから。」


そう言って手を振りながら、将太くんは走って行った。

仕度をしようと振り向くと、みんなの視線が・・・。


わかったよ。

説明すればいいんだろ?




うちの3年と1年の部員10人ちょっとと、K高の俺たちと親しい5人で駅へ向かう。・・・駅というか、ぴいちゃんがバイトをしているパン屋へ。

将太くんも一緒。


将太くんは俺たちに混じって歩きながら、みんなと野球の話をしている。

はつらつとした将太くんの性格は、部員たちに受けがいい。

スキップをするような彼の足取りが、嬉しさを表しているようだ。

ときおり上がる笑い声も。


「吉野ちゃんが藤野とそんな関係になるなんて・・・ショックだ。」


K高の後藤がため息をつく。

ぴいちゃんは、K高の運動部のあいだでは「吉野ちゃん」で通っている。

名札に書いてある名字以外、何も知られていなかったからだ。


「吉野が、あの店の新しいバイトに可愛い子が入ったって言ってたけど?」


だから、ぴいちゃんにこだわることないじゃないか。


「知ってるよ、もう見たから。でも、あれじゃ・・・。」


後藤はまたため息をついた。

それを引き継いで中川が説明する。


「たしかに見た目はかわいいんだけど、吉野ちゃんと違って積極的でさあ。まるで、俺たちに名刺でも配りそうな勢いなんだぜ。」


「そうそう。吉野ちゃんみたいな “奥ゆかしさ” のかけらもないんだよ。」


ああ。

そういえば、ぴいちゃんが言ってたな。新しい子たちが「K高の生徒を彼氏に」とかって。


「でも、そういう子が好みのヤツもいるんじゃないのか?」


「少なくとも、吉野ちゃん目当てであの店に通ってる男で、そういう子が好きっていうのはいないんじゃないかな。」


そりゃそうか。

ぴいちゃんがK高で話題になったのも、彼女が話しかけられても余分なことは答えなかったことが理由なんだから。

それにしても、ぴいちゃん目当てのK高の生徒って、何人くらいいるんだろう?


「そういえば! 今年さあ、吉野ちゃんの弟がK高に入って来たんだよ。」


「ああ、真悟くん?」


俺がさらっと答えたことに、また悔しそうな目を向ける後藤。

なんか、気分がいい!


「そう。その吉野真悟が、『姉ちゃんに近付くな!』って、すごい勢いでさあ。俺たちファンにつっかかるのなんのって。」


たぶん、それが目的でK高に入学したんだろうな。


「まあ、俺たちはそのくらいで諦めたりしないけどね。あいつ、『うちの姉には決まった結婚相手がいる。』って言ってたけど、それ、藤野のことか?」


「ああ・・・、違うな。真悟くんが言ってるのは、真悟くんの親友のことだ。」


ぴいちゃん本人はそんなこと考えてないけど。


「なんだ。藤野なら、俺にも勝ち目がありそうだと思ったのに。」


早瀬より俺が劣ってるっていうのか?

あいつに会ったこともないくせに。


「無理だな。俺たち、うまく行ってるもん。」


たまには自慢しなきゃ!

いつも心配ばっかりしてたら、また父親とか言われて・・・ん?



ぴいちゃんの店のガラス窓から中が見えた。

そこには、パンの並んだ棚の奥で、背の高い男と楽しそうに話すぴいちゃんが。

たしかK高では、話しかけられても話さないってことで人気が出たはずだったけど・・・?


なんとなく店に入るのをためらって、ドアの前でちょっと立ち止まった俺の前に、その男がぴいちゃんに手を振りながら出て来た。


「あれ? 直くん?」


うしろから将太くんの声。

それに気付いて、その男がこっちを向いた。


「よお、将太。」


うわ!

かっこいい・・・。

どうしてこんな人が、こんな場所を歩いてるんだ?


身長は俺より高い。185cmくらいか?

背が高いだけじゃなくて、脚が長い!

くるくるとパーマをかけたこげ茶色の髪が、色白で細面の顔にやさしい印象を添えている。

きりっとした目元と少し大きめの口の笑顔はさわやかで、何の変哲もない水色のボタンダウンのシャツが特別製に見える。

それに加えて、その落ち着いた大人っぽさ。


これが “直くん” 。

絶対、かなわない・・・。









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