ぴいちゃんの彼氏は俺なんだけど・・・。(5)
4月12日、木曜日。
部活のあと、着替えているときに携帯が鳴った。・・・茜?
なんだろう、こんな時間に?
まさか、何か困ったことに巻き込まれたんじゃないだろうな?
高校生になって、新しいことばっかりだから・・・。
『お兄ちゃん、今どこ?』
なんだ。
この様子だと、何かあったわけじゃないな。
母親から何か買って来いっていう指令か?
「学校。」
当たり前じゃないか、この時間なら。
『学校のどこ?』
なんだよ、もう。
「部室で着替え中だけど。」
もしかして、校内からか?
「お前、どこからかけてるんだよ?」
『中庭。吉野先輩も一緒。』
「え? 吉野って・・・なんで?」
家が遠いんだから、引き留めてないで、早く帰らせてやらなきゃダメじゃないか。
『一緒に帰るから、早く来てよね!』
そう強く言って、茜は電話を切ってしまった。
そんなこと言われても、すぐに行けるわけじゃないのに。
片付け、点検、ミーティング・・・。
とりあえず今日はスムーズに終わって、ほっとしながら大急ぎで中庭に向かう。
自転車置き場とは違う方向に向かう俺を、事情を察した部員たちが冷やかす。
中庭に行くと、茜と一緒にぴいちゃんが待っていた。
生徒がたくさん通っている中で俺を待っていることが恥ずかしくて、ぴいちゃんは困り切っている。かわいそうに。
茜は親切でやってるつもりなんだろうけど、ぴいちゃんにしてみたら、ひたすら恥ずかしいだけだ。
それに、俺を待っていたら、帰るのが遅くなってしまう。
とりあえず3人で自転車置き場に向かう。
ぴいちゃんは茜と並んで、俺の後ろを歩いている。
俺がぴいちゃんと茜を引き連れて歩いているのを見て、知り合いがみんな面白がって声をかけてくる。
俺はかまわないけど、ぴいちゃんはますます恥ずかしそう。
「大丈夫か?」
茜が自分の自転車置き場に向かったのを見て、ぴいちゃんに声をかけると、彼女はこくりとうなずいた。
自転車を出して正門へ向かう。
茜を待っているうちにだんだんと周りの生徒が減ってきて、ぴいちゃんが落ち着いてきたのがわかる。
それとも少し慣れたのか。
「ごめん。遅くなっちゃったな。」
駅の自転車置き場から改札口に向かいながら、ぴいちゃんに申し訳なくてあやまった。
その言葉に、ぴいちゃんが微笑む。
「気にしないで。茜ちゃんが、藤野くんと帰れる日は一緒に帰らなくちゃダメだって言ってくれてね。きっと、藤野くんとあたしのことを心配してくれてるんだよ。」
心配されなくても、ちゃんと仲良くしてるけど。
「この調子だと、あたしが人前で堂々と藤野くんと話せるようになるのも、そう遠くないかもね。」
ぴいちゃんはそう言って、くすくす笑った。
「今日はあんまり待たせないで済んだけど、野球部が終わる時間はその日によってわからないから、いつも待っててとは言えなくて。」
「うん。うちの部も早く終わる日が多いから、部活のときは今までどおり、別々でいいよ。」
そうあっさり言われると、ちょっとさびしいな。
「じゃあ、天文部が遅くなるときにはメールしてくれよ。3分たって返事がなければ、そのまま帰っていいから。」
「そうだね。・・・うん! これからは、部活のときは、いつも帰るときにメールするよ。『これから帰ります。』って。あ、そういえばね。」
そう言って、ぴいちゃんが思い出し笑いを始める。
「茜ちゃんと奈々ちゃんね、笹本くんのことが好きみたいなの。2人とも、あたしが笹本くんと話してると、一生懸命、入ってこようとするんだよ。かわいいの。」
「茜も? 茜は奈々ちゃんの方が笹本のファンだって言ってたけど。」
「え?! 藤野くん、『奈々ちゃん』って呼んでるの?!」
「え?」
まさか、そこを指摘されるとは思わなかった!
「で、でも、茜がずっとそう呼んでるし、名字は知らないし、それに直接話したことは・・・。」
「そんなに慌てるなんて、怪しいよ。」
そんな!
「奈々ちゃん、かわいいもんね! 胸も大きいし!」
「見たことないよ!!」
ぴいちゃんのいきなりの指摘に、思わず彼女の胸元を見てしまう。
たしかにあんまり目立たないかな・・・。
べつに俺はそのくらいでもかまわないけど?
あ・・・いけない!
慌てて彼女の顔に視線を戻す・・・と、彼女が笑いだした。
俺の視線には気付かなかった?
「いいよ、べつに『奈々ちゃん』でも。あたしだって、響希も、直くんも、名前で呼んでるんだもんね。」
それって、違ってるよ!
俺は直接呼んだことはないんだから。
それに、響希は知ってたけど、直くんって、俺と付き合うって決めたときに断ったんじゃないのか?
「呼んでる」って、現在進行形なのはなぜ?
俺があせっているあいだに、ぴいちゃんは「じゃあね。」と言って、改札口を抜けて行ってしまった。
訊くタイミングが・・・。
家に帰ると茜が待ち構えていて、どうして今まで部活の帰りにぴいちゃんと一緒に帰っていなかったのかと問い詰めるような口調。
「天文部は俺たちより早く終わる日が多いからな。吉野は遠くから通ってるから早く帰らせてやりたいし、一人で待たせておくのは心配だし。それに、俺たちまだ1か月だぞ。吉野が部活に出た日だって、そんなに何度もなかったよ。」
理由を説明しながら、ぴいちゃんの言葉を思い出した。
茜が笹本を・・・?
ぴいちゃんの恋愛ごとの推測って、当てになるのか?
自分のそういうことには、ものすごく疎いのに。
「そうか・・・。それなりに理由があるんだね。で?」
「なにが?」
「これからだよ。一緒に帰るの?」
「吉野が終わった時間によって決めることにした。・・・なんで茜にこんなこと説明しなきゃいけないんだよ。」
「心配してるんだよ。いいじゃん、これからのことを話すきっかけになったんだから。」
こんなに熱心にぴいちゃんを俺と帰らせようとするなんて、ぴいちゃんの想像が当たってるのかも。
ぴいちゃんがいなければ、自分たちが笹本を独占できるから?
茜が笹本をね・・・。
そういえば、中3のときに通ってた塾で、何度か一緒に話したことがあったっけ。
あのころから気に入っていたのか?
それとも、再会してみたら、なのか?
奈々ちゃん・・・(しょうがないじゃないか、ほかに呼びようがないんだから)が笹本を好きっていうのは、本当なのか? それとも言い訳?
ちょっと面白いかも。
これからどうなるのか楽しみだ♪