ぴいちゃんの彼氏は俺なんだけど・・・。(3)
ぴいちゃんを送って家に帰ると、茜が着替えて階段を降りて来たところだった。
「お前、天文部に入るのか?」
と尋ねると、茜の親友が笹本のファンだから、という答え。
それって、俺たちが中学のときからってことなのか?
たしかに中学のとき、笹本はけっこう人気があったからな・・・。
「笹本先輩ってさあ、彼女、いるのかな?」
彼女?
妹みたいに思ってる相手ならいた・・・。
「さあ。クラスも部活も違うから・・・。ウワサも聞こえてこないし。」
でも、どうして急にそんなことを訊く?
天文部に見学に行って、気になることでも?
「何かあったのか?」
「何も。奈々が有望かどうかと思って、訊いてみただけ。」
返事が早すぎるような気がする。
何か隠してるんじゃ・・・?
茜の様子で、それ以上は話す気がないことがわかる。
気になるけど、今日の笹本の言葉を信じよう。
それに・・・ぴいちゃんが「大好き」って言ってくれたばっかりじゃないか!
誰が彼女を好きになっても、彼女は俺のことが好きなんだから。
夕飯のとき、母親の質問に茜がぴいちゃんのことを思い出して話してしまった。
こういうのってちょっと情けない感じがするけど・・・自分で話すのは照れくさかったから、ちょっと、ほっとした。
でも、笹本と俺が幼稚園のころにブランコを取り合ったっていう話に、なんとなく複雑な気分になる。
4つあるブランコの、なぜか同じ1つ。
もしかして今も・・・?
いや!
そんなことない!
笹本は「頼む」って言ったじゃないか!
翌土曜日の練習で、顧問から、来週の日曜の午前中に練習試合でK高に行くと言われた。
「藤野。」
練習後に声をかけられて振り向いたら岡田だった。
「来週の日曜日、ぴいちゃんがバイトかどうか、訊いておけよ。」
「なんで?」
「あのパン屋の制服姿を見るために決まってるだろ!」
K高はぴいちゃんの家がある駅から徒歩10分の学校だ。
その駅前のパン屋で、ぴいちゃんはアルバイトをしている。
去年の遠征で、K高の野球部員に誘われてその店に行った俺たちは、その店に彼女がいて驚いた。
でも、もっと驚いて、気が動転していたのは彼女の方だった。
「制服姿って・・・。」
コスプレじゃないんだから。
たしかに紺色のワンピースと帽子に白いエプロンの制服は似合っていたけど、たぶん彼女は、俺たちに見られるのは嫌なんだと思う。
「去年、一度見ただけなんだぞ。たまにしかチャンスがないんだから、逃さないようにしないとな。」
「あ、それって去年話してたやつか? ぴいちゃんのパン屋の制服? 俺、そのとき一緒にいなかったから、今回は見たい!」
池田の言葉に、篠崎が「俺も!」と手を挙げる。
この2人は去年の修学旅行のときから、ぴいちゃんと呼んでいる。
ほかにも野球部には何人か。
よく考えたら、けっこうたくさんいるのか?
だけど・・・、なんだよ、「見たい」っていうのは!
おかしくないか、この状況は?!
なんで俺が、自分の彼女のコスプレ・・・じゃない、バイトの制服姿を見せろって言われてるんだ?!
「・・・日曜にバイトがあるかどうか訊いておくよ。」
そうだ。
今のうちに言っておけば、俺たちの帰る時間に合わないようにできるかもしれない。
それにしても。
ぴいちゃん、いつの間に、こんなに人気者になっちゃったんだろう?
2年生になったばっかりのころは全然目立たなくて、1年のときから同じクラスだった岡田が一度も話したことがないほどだったのに。
その目立たないぴいちゃんを、ずっと見守って来たのは俺なのに・・・。
「藤野。もし店にいるなら写真撮りたいんだけど、OKしてくれるかな〜?」
「絶対無理だと思う。」
岡田!
お前、ぴいちゃんの性格、わかってるだろう?!
「そうかなあ。でも、友達なんだから、大丈夫かも・・・。」
「絶対ありえない。それに、店にいるとしたら仕事中だぞ。」
「お前に訊いてもしょうがないや。ぴいちゃんの父親だからな。直接、本人に訊こうっと!」
父親って言ったのか?!
俺は父親じゃなくて、彼氏だ!
そんな岡田にあきれた映司がひとこと。
「岡田。そんなに吉野のことばっかり言ってて、小暮が怒らないのか?」
「いいの♪ 小暮はぴいちゃんのことだけは大目に見てくれるから。」
小暮って華奢ではかなげな雰囲気なのに、けっこう腹が据わってるんだ・・・。
夜、ぴいちゃんに電話して野球部の遠征の話をすると、彼女は絶望的な声を出した。
『来週の日曜?! 12時からの時間に交代してって言われてOKしちゃった!』
「ってことは・・・。」
『もうOKしちゃったから断れないよ。その子に悪いもん。12時からだと、藤野くんたちが帰る時間に当たっちゃうよね?』
「うん、たぶん。」
『みんながあの店に寄らないようにするわけには・・・?』
「いやー、ちょっと難しいかな。一応、努力してみるけど・・・。」
岡田がものすごく楽しみにしてるしな・・・。
『うーん。藤野くんががんばっても、来たい人は勝手に来るよね。K高の人たちも来るだろうし、場所を知ってるんだから。』
そうだった。
もともとK高の運動部で、彼女のことがうわさになってたんだよな・・・。
ぴいちゃんの平日のバイトは、K高の部活の下校時間と重なっていて、部活帰りにパンを買いに寄る運動部員たちにかなり知られている。
・・・単に知られているんじゃなくて、彼女のファンがけっこういる。
去年の文化祭ではぴいちゃんに会うために、電車とバスを乗り継いでやってきた生徒もいるくらい。
『まさか藤野くんが、みんなを縄でつないで帰らせるわけにもいかないしね。・・・ププ。』
笑ってるよ。
俺が野球部員を縄でつないで連行してるところを想像してるんだな。
・・・たしかに変だけど。
『いいよ。しょうがないよね、お店なんだから。』
笑いがおさまって口が利けるようになると、ぴいちゃんがあきらめたように言った。
『先に教えてくれたから、心の準備をする時間ができたし。』
「なるべく行かないようにするけど・・・。」
『でも、ほかの人が来るなら、藤野くんも一緒に来てね。せっかくこっちに来るんだから、ちょっと顔を見たいな。』
「うん、わかった。」
嬉しいことを言ってくれるよね!
『でも、特殊なバイトじゃなくてよかった。』
「特殊なバイト?」
『メイドカフェとか・・・。』
「それって・・・。」
だめだ。
笑い出しそう。
『なに?』
「いや。そうだね。」
たぶん、岡田たちが考えてるのはそれとあんまり変わらないかも・・・。
『そういえばね、今年はうちのバイトの希望者が急に増えてね、店長がびっくりしてたよ。』
「へえ。何か特別なことがあったとか?」
『うん。新しく入った子たちに訊いたら、あそこの制服がかわいいからって言うの。あたしはちょっと恥ずかしかったけど、好きな人もいるんだね。』
なるほどね。
ああいう服を着てみたい人もいるんだろうな、ちょっとメイド服っぽいし。
『それに、K高が近くにあるから、そこの生徒を彼氏にできるかもって思ってる人がたくさんいるみたい。』
それって、ぴいちゃんのことが話題になってたんじゃないのか?
K高に自分のファンがいるって、相変わらずわかってないんだな・・・。
『でもね、店長が5倍の応募者のなかから選んだだけあって、2人ともかわいいよ〜。そうだ、藤野くんが来る日にあたしが入ることになっててよかったよ。』
「どうして?」
『だって、その子たちを見たら、藤野くんがその子を好きになるかも・・・。』
「ないね、そんなこと。」
『それに、あたしと比べられたら困る。』
「あり得ないよ。」
『ふうん、どうして言い切れるの?』
「俺、外見で選ぶようなことしないもん。」
『ああ! だからあたしなのか。』
「え? ぴいちゃんはぴいちゃんで・・・、」
『いいんだよ、気を遣わなくても。あたしが綺麗じゃないってことはわかってるから。』
「そんな意味じゃなくて。ぴいちゃんは可愛いよ。」
そのせいで、俺がどれほど心配していることか!
『あらまあ、ありがとう。』
ぴいちゃんが笑ってる気配がする。
お世辞だと思ってるよ・・・。
まあ、いいか。
「じゃあ、また月曜日に。」
『うん。おやすみなさい。』
「おやすみ。」
ぴいちゃんとの “おやすみ” のあいさつは、何回交わしてもやっぱり好きだな!