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『吉野先輩を守る会』  作者: 虹色
第二章 藤野 青
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ぴいちゃんの彼氏は俺なんだけど・・・。(2)



4月6日午後。

体育館のステージでは、部活や同好会の代表が、順番に自分たちの活動をPRしている。

俺も野球部の宣伝をしなくちゃいけなくて、映司と一緒に順番を待ってるところ。

大勢の前でマイクに向かってしゃべらなくちゃいけないのは気が重い。しかも、目の前の一年生の中には、妹の茜もいる。

しかたないけど、気が重い。


ステージの下の壁際で、ほかの部長たちと話をしながら時間をつぶす。

その中に笹本もいた。


「ぴいちゃんとうまくいったって聞いたよ。」


小声でささやかれて、ちょっとあせる。

笹本も「ぴいちゃん」と呼ぶ一人。

天文部ではみんなそうだと聞いた。長谷川のことは「まーちゃん」だ。


去年、夏休み前に話したとき、笹本はたぶん、ぴいちゃんのことが好きだった。

でも、そのあとはどうだったんだろう?

今の様子では、特にわだかまりはなさそうだけど・・・。


「ああ、うん、まだ最近だけど。」


俺の答えに、笹本がくすくすと笑う。


「天文部でまーちゃん・・あ、長谷川が大々的に発表して、みんなに拍手されて、ぴいちゃんがものすごく恥ずかしがっちゃってね。」


ああ。

発表している長谷川と、それを止めようとしているぴいちゃんの姿が目に浮かぶ。


「天文部って本当に仲がいいんだな。」


「そうだなあ。うん、確かに仲間っていう感じは強いね。」


笹本は・・・、とは訊けないよな。


「ぴいちゃんのこと、頼むよ。」


え?


「俺にとっては妹みたいなものだから。」


「妹?」


「そう。妹。藤野にもいるだろう?」


「ああ、うん、いるけど・・・。」


笹本はたださわやかに微笑んで俺を見ているだけ。

嫉妬も、悲しみも、憎しみも、その表情からはわからない。


「うん。大丈夫。」


笹本の目を見返してうなずく。

ぴいちゃんが笑顔でいられることは、俺にとっても大切なことだから。


「藤野。次だぞ。」


映司の声。


笹本にちょっと手を上げて合図すると、笹本が「がんばれよ」と言ってくれた。

ぴいちゃんのこと? 部活の宣伝? どっちのことだろう?

ステージに上がりながら振り返ると、笹本はすでに部長の顔で、長谷川と打ち合わせをしていた。




教室に戻ると、部活待ちの生徒が何人か残っているだけ。

まだクラス替えをしたばかりだから、みんな、ほかのクラスの友達のところに行ってるのかもしれない。


ぴいちゃんは、今日は部活に出るって言ってたけど、どこにいるんだ?

長谷川はさっきまで体育館にいた。


・・・ああ、あそこかも。


急いで荷物をまとめて、教室を出る。

部活の開始時間まで30分くらい。

いつもよりちょっと時間はあるけど、それほどじゃないな。



階段を降りて、校庭に面した校舎に向かう。


うちの学校は、校舎がカタカナの「ユ」の形になっている。

下の部分が左右に長くて、俺たちの教室がある校舎。正門に面している。

上のかぎ型の校舎は特別教室が入っていて、その外側に沿って自転車置き場。

3方を囲まれたところが中庭、上側の校舎は校庭に面している。

長い校舎の左に延びた部分の上に体育館。

体育館といってもそれは2階部分で、1階は武道場と倉庫、2階の上にロフトのような張り出しがあって卓球場。

おれたちのいる校舎から体育館へは、2階から行けるようになっている。


校庭側の校舎の2階。

静かな廊下を、足音を立てないようにそうっと歩く。


[ 図書室 ]


ぴいちゃんが一人でよく来る場所。

そろそろと引き戸を開けて、大きな野球部のバッグがぶつからないように滑り込む。


いた。

やっぱりね。


本棚の手前に並んでいる6人掛けの机の窓に近いところに座って、一人で本を読んでいる。

・・・違う。

寝てるんだ。


去年もこんなことがあった。

朝練がないのを忘れて早く登校した日、ぴいちゃんが朝の教室で、頬杖をついて眠ってた。


そうっと近付いて、ぴいちゃんの向かいの席に座る・・・と、人の気配を感じたのか、ぴいちゃんがパチパチとまばたきをして目を上げた。


「あらら。」


小声でそう言って、可笑しそうに笑う彼女。つられて俺も。


「教室にいないから、ここだと思った。」


からだを乗りだして、なるべく小さい声で話す。


「部活紹介は、うまくできた?」


彼女も小声で。

図書館に来る生徒は少ないし、俺たちに注意を払うような生徒もいない。

ぴいちゃんにとっては、教室よりもずっと気楽な場所だ。

ただ、静かにしないといけないから、普通にしゃべれないのが難点だけど。


「なんとかね。」


そう言いながら、向かい合った席は話しにくいことに気付いて、ぴいちゃんの隣に移動する。


「まーちゃんも行ってたでしょう?」


「うん。笹本と長谷川の組み合わせだと、いかにも秀才が集まりそうな部に見えたよ。」


「ああ、わかる。」


彼女がまたくすくすと笑う。

それを見ながら、笹本の言葉を思い出した。


去年の初めに彼女が笹本が苦手だと和久井に話していたのを聞いて以来、ぴいちゃんから笹本の名前が出たことはなかった。

合宿では、みんなで楽しそうにしていたところを見ただけ。


笹本は、自分の気持ちを封印したんだろうか?

それともだんだんと変わった?

それとも、最初から、俺の勝手な想像だったのか。



・・・そんなこと、どうでもいいか。



笹本は俺に、ぴいちゃんのことを頼む、と言った。

その理由が何であったとしても、笹本にとって、ぴいちゃんは大事な存在だったってことだ。

その彼女を守ることを、笹本は俺に託した。

俺はそれに応えるだけ。


部活紹介の様子を小声で話ながら、ぴいちゃんが俺の隣で安心していることにほっとする。

ぴいちゃんはバイト、俺は部活で忙しくて、さらに家も遠い俺たちが、2人で気兼ねなく話せる時間は貴重だ。


ぴいちゃんの携帯に長谷川からメールが届いて、俺も時計を見たら、もう行かなきゃいけない時間。

図書室の前で、手を振って別れる。

今日は金曜日だから、 “また来週” だ。さびしいね。




と思ったら!


部活から帰る途中で、ぴいちゃんに追いついた。

今までで初めてのこと。

もしかして、今日はラッキーな日か?


「吉野?」


と声をかけたら・・・一緒にいるのは茜?! なんで?!


こんなことなら、追い付かないようにすればよかった!

ちょっと距離を開けておいて、茜とぴいちゃんが別れたあとに声をかければよかったのに、嬉しくてつい・・・。


茜に、天文部に見学に行ったと言われ、自分がまた失敗したことに気付いた。

茜にはぴいちゃんのことを何も教えてなかった。

いきなり現れた茜に、ぴいちゃんはきっと、すごく驚いただろう。


それにしても、妹と自分の彼女と一緒にいるっていうことが、こんなに落ち着かない気分だとは思わなかった。

先月、ぴいちゃんの家に呼ばれて、彼女のお母さんやお祖母さん、それに弟たちと一緒に夕飯を食べたときには、そんなふうには感じなかったのに。

・・・ぴいちゃんは感じてたのか?


ようやくうちへの分かれ道に来て、茜だけが家へと向かう。

ぴいちゃんは俺に、茜と一緒に帰るように言ったけど、茜にそんなことをする必要はない。なにしろ空手の心得があるんだから。

それに、せっかくぴいちゃんと一緒にいられる時間だから。


ぴいちゃんが預けている自転車置き場から改札口まで歩きながら、天文部でのいきさつを聞いた。

彼女の家はここから電車を乗り継いで50分くらいかかる。

ゆっくりしていたら、遅くなってしまう。


「『藤野茜です。』って言われたときには、びっくりして慌てちゃって。」


ぴいちゃんが笑いながら話す。


「椅子から飛び上がって、『いつも藤野くんにはお世話になっております。』って思いっきり頭を下げたんだよ。その前で、茜ちゃんはどうしていいか分からない顔をしてて。」


「ごめん。茜には何も言っておかなかったから。」


なんだか俺って、ぴいちゃんを困らせてばかりいるのは相変わらずだ。

いつも反省するのに、全然進歩がない。


「違うの。ねえ、そんな顔しないで笑ってよ。」


そう言って、ぴいちゃんが俺の顔をのぞき込む。


「去年、藤野くんがあたしのことを心配してくれたとき、あたしが『ごめんなさい。』って言ったら、藤野くんは『あやまらなくていい。』って言ってくれたでしょう?」


ああ。そんなこともあったかも。


「それと同じ。藤野くんも謝らなくていいよ。あたしたちの間で失敗があっても笑おうよ。・・・まあ、一言くらいはあやまる言葉が必要なときもあるかもしれないけどね。でも、今回は・・・ホントに可笑しかったの!」


そう言って笑う彼女がものすごく愛しくて、隣を歩く彼女の肩をきゅっと引き寄せる・・・ほんの一瞬だけ。顔は前を向いたまま。

驚いた彼女がちょっとだけ俺を見上げて、すぐに視線を戻して、またくすくすと笑う。


「ねえ、藤野くん。」


改札口の手前で振り向いたぴいちゃんに小声で呼ばれてちょっとかがむと、俺の耳元に手をかざして、


「あのね、大好き。」


と。


思いがけない言葉に驚いているうちに、彼女はさっさと改札口を抜けて行ってしまった。


教室ではあんまり話せなくても、俺たちはちゃんと心がつながっている。

そう思って、幸せな気分になった。









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