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最終話:大幅遅延、そのあとの始発駅

※迂闊視点


「のぞみっ!!」

夜の新羽駅周辺。

俺は息を切らしながら、閑散とした歩道を全力で走り抜ける。

俺の視界の端では、居酒屋の明かりが線になって流れていく。


(……このまま、行かせていいわけねーだろ!)


手の中には、のぞみが綺麗に畳んでくれた「鯛めしの空き箱」。

その紙の感触が、俺の情けなさを叱咤するように手のひらに刺さる。

自分を守るための嘘。自分を守るための「お前らしくない」という拒絶。

そんな泥のようなプライドを抱えたまま、俺はどこへも行けるはずがない。


雑踏の向こう、一人でタクシーを下りようとしていた、あの細い背中を見つけた。

「のぞみっ!!」

叫んだ俺の声に、のぞみが足を止めた。


ゆっくりと振り返った彼女の瞳は、街明かりを反射して、見たこともないほど冷たく、そして潤んでいた。

「……何ですか。忘れ物なら、駅の窓口に……」


「ハアハア、ハア……お前だっ! 俺の忘れ物は、お前の心だ!」

なりふり構わず叫んだ俺に、周囲の視線が刺さる。

でも、今そんなのはどうでもよかった。


俺は彼女の目の前で、肩で息をしながら、喉の奥に詰まっていた「本当」を吐き出した。

「ごめん! あの時の言葉……『お前らしくない』なんて、最低な嘘だ。

本当は、あんな風に真っ直ぐぶつかってきてくれたお前が、眩しすぎて……向き合うのが怖かっただけなんだ!

俺が弱くて情けなくて、自分を守るために、お前を傷つける言葉に逃げた。……本当に、俺は最低だった!」


のぞみは唇を噛み、俺を見つめたまま動かない。


俺は震える手で、手の中の「鯛めしの空き箱」を突き出した。

「これ、……ありがとな。こんなに酷いこと言った俺のゴミを、お前はこんなに綺麗に畳んでくれた。……それを見た時、俺、自分がどれだけお前に甘えて、踏みにじってたか、やっと分かったんだ。

お前の『優しさ』が、俺には何よりの救いで……一番の希望なんだ」


「…………」


「のぞみ。実は俺、今はまだ言えないことがある。でも、だからと言ってお前の気持ちを適当にあしらいたいと思ったことなんて、一度も、一瞬もない。だからこそ……大切なお前を、傷つけた俺自身が許せないんだ……っ!」


沈黙が流れる。


のぞみの瞳から、溜まっていた雫が頬を伝って零れ落ちた。

彼女は一歩、また一歩と距離を詰めると、俺の胸ぐらを力いっぱい掴んだ。


「……バカっ! 究極のバカ! 大遅延の大バカ野郎っ!!」

のぞみは俺の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣き出した。


俺のシャツが、彼女の涙で熱くなっていく。

「……あんなの、言うのにどれだけ勇気がいったと思ってるのよ……。それを、向き合うのが怖いなんて……。かっこつけないで、最初からそう言いなさいよ……!」


「……ああ。ごめん。本当に、ごめん」

俺は、震える彼女の肩を、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。


「余裕院さん」という敬語の壁が、夜の風に溶けて消えていく。


「……もう、許さないから。一生かけて、今の『遅延』を取り戻しなさい」


「ああ。……一生かかっても、必ず」


のぞみは涙を拭い、ポケットから小さな包みを俺の手のひらに押し付けた。

それは小田原で、俺を想って買ってくれた限定のキーホルダー。


「これ、迂闊……あんたにあげるわ。もう……次は、絶対に遅れないでよ」

顔を上げたのぞみは、泣き顔のまま、ひまわりが咲いたような、最高に眩しい笑顔を見せた。


その笑顔を見た瞬間、俺の心にこびりついていた影が、すべて光に変わった気がした。


静かな街の夜の喧騒に、二人の笑い声が潮風に乗って響き渡る。

大幅な遅延を経て、最悪の脱線を乗り越えて。

俺たちは今、ようやく同じホームで、同じ景色を見ている。


今はただ、この小さな手の温もりを、世界中の何よりも大切にしたいと、そう思った。



※エピローグに続きます。


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