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第65話:痛みによる矯正

※迂闊視点(回想)


闇の向こうから、熱を帯びた放課後の空気が蘇る。

中学二年の秋。赤く染まった屋上のフェンス際で、俺と陸は肩で息をしながら睨み合っていた。


「……っ、ふざけんなよ陸! お前、さっきの彼女に言ったこと、何とも思わねーのかよ!」

俺の拳は、陸の胸ぐらをきつく掴んでいた。


陸は口角に滲んだ血を親指で拭い、冷めた目で俺を見返した。

「……本当のことだろ。あの子が俺に告白したのは事実だし、俺が気持ちに応えられねーのも事実だ。『ごめん、タイプじゃない』って断って、何が悪いんだよ」


「言い方があるだろ……! あいつ、陰でボロボロ泣いてたんだぞ!」

俺の拳が、再び陸の頬を弾いた。

陸も負けじと俺の腹に拳を叩き込む。

痛い。脳が揺れる。

でも、この痛みがなければ、俺たちは互いの「ズレ」を直せなかった。


陸は地面に転がった俺を見下ろし、吐き捨てるように言った。

「……お前は甘いんだよ、迂闊。他人の感情なんて気に病んでたら、俺たちの夢はどうなる。アメリカへ行くチャンスを掴むんじゃなかったのかよ」


その言葉に、俺は仰向けに寝転んだまま、茜色の空を仰いだ。


二人の夢。

ネットに上げた、お粗末なアクション動画。それがまさか、海の向こうの監督の目に留まって、高校を卒業したら「修行に来ないか」なんて誘われるとは思ってもみなかった。


「……分かってるよ。だからこそだ」

俺は立ち上がり、砂を払った。


「間違った道に行きそうになったら、こうして殴ってでも直す。それが俺たちのルールだろ。……『痛みによる矯正』。忘れてねーよ」

陸はふっと短く笑い、差し出された俺の手を取った。


俺たちは拳の痛みを通じて、同じ方向を向いていることを確認し合った。



(回想:高校入学後の図書室へ)

高校に入り、俺はのぞみと出会った。

放課後の教室。窓の外を見ながら、俺は陸にだけ本音を漏らした。

『……陸。この夢のこと、のぞみにはまだ言わないつもりだ。あいつの家族の時間を奪いたくないし、期待させて裏切るのも怖い。中途半端なうちは、隠し通す。いいな』


陸は少しだけ呆れたように、でもどこか納得したように頷いた。

「……勝手にしろ。お前のそういうクソ真面目なところが、一番の『遅延』の原因だって気づけよ、馬鹿」


あの日、俺は自分に誓った。

のぞみの隣にふさわしい男になるまで、この秘密は守り通すと。

けれど。


「お前らしくない」


そんな、「自分にとって都合のいい言葉に逃げる癖や弱さ」が、今日、最悪の形で彼女を傷つける言葉になって溢れ出してしまった。


秘密があるからじゃない。


夢があるからでもない。


結局は、ただ俺が、彼女の真っ直ぐな問いかけに向き合う勇気がなくて、一番手近にあった「都合のいい言葉」に逃げて誤魔化しただだけだ。


陸の無神経さを殴ったあの日から、俺は一歩も進んでいなかった。


守りたかったはずの絆を、一番無様に、一番卑怯なやり方で壊したのは、他の誰でもない──俺自身だった。



次回予告

次回、第66話「現実への帰還、深まる断絶」

回想から覚めた俺を待っていたのは、冷たい座席と、のぞみの静かな拒絶。

「もうすぐ、新羽駅です。……お疲れ様でした、余裕院さん」

陸からのメッセージの意味を噛みしめながら、俺は自分の卑怯さに打ちひしがれる──。

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